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駅のトイレで160円?「無料」を当然と思うのは危険かも

BittensorMan 名古屋で一人でAIプロダクトを作っています。ここに書くのは個人の意見です。

この話題の本質は、あなたが無意識のうちに「作れないから借りているもの」に対して支払っているコストの構造にある。身近な公共インフラに限らず、ビジネスにおけるSaaSの月額費用や制度対応のためのシステム維持費も同じだ。これらはすべて、「自前で構築・運用する技術がない」という前提があるからこそ発生する固定費である。この構造を理解していないと、気づかぬうちに「当たり前」という言葉で正当化されたコストに搾取られ続けることになる。

私は1995年から業務システムを作ってきた。現場の基幹システム開発やパッケージの販売、オフショア開発の会社経営を経て、現在はAI事業を行っている。これまでの経験から断言できるのは、多くの企業が「作れないから借りている」システムに高い月額費用を払い続けているという事実だ。私はあえてSaaSを追わず、買い切り・ソース同梱・自社サーバーで動くものを作ることにこだわっている。理由は単純で、作れるなら借りる必要がないからだ。自分で仕組みを構築できれば、外部への依存による固定費を最小化できる。

駅のトイレの料金についても同様の論理が適用される。コメントにある通り、水道代、紙、洗剤、そして掃除の人件費といったコストは確実に存在する。それらが無料なのは、他でコストを回収しているか、あるいは誰かの善意によって賄われているに過ぎない。「無料」という状態はシステムとして維持されているのではなく、例外的な配慮や補填の上に成立している場合が多い。

私たちが向き合うべきは、「なぜこれは無料なのか」と嘆くことではなく、「このサービスの裏にあるコスト構造をどう最適化できるか」という視点だ。技術で解決できる範囲の固定費は、自前で構築する技術を磨くことで削り取ることができる。一方で、税金や社会保険料のように自分の技術では介入できない領域があることも正直に認める必要がある。しかし、少なくとも「作れるなら作らない理由をコストとして受け入れる」という姿勢を捨てることは、個人の自由と中小企業の生存戦略において極めて重要だ。

この記事は、次の動画をつくったときに考えたことです。

動画: https://kurage.exbridge.jp/kuragev.php?id=f6cbf909cd924a14

出典: https://news.yahoo.co.jp/articles/64ff0af32d1b6de0ac60927c83d77ff534d73afd/comments

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