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吉國内閣法制局長官の「わが国の国土が侵され国民の生命等が侵されることがないようにする」答弁の論理構成等に関する質問主意書
参議院 第192回 第105号
質問本文
一 政府は、いわゆる昭和四十七年政府見解の作成要求がなされた昭和四十七年九月十四日の参議院決算委員会での吉國内閣法制局長官の答弁「政策論として申し上げているわけではなくて、第九条の解釈として自衛のため必要な措置をとり得るという説明のしかた――先ほど何回も申し上げましたが、その論理では、わが国の国土が侵されて、その結果国民の生命、自由及び幸福追求に関する権利が侵されるということがないようにする、そのないようにするというのは非常に手前の段階で、昔の自衛権なり生命線なんていう説明は、そういう説明でございましたけれども、いまの憲法で考えられておりますような自衛というのは最小限度の問題でございまして、いよいよ日本が侵されるという段階になって初めて自衛のための自衛権が発動できるという、自衛のための措置がとり得るということでございますので、かりにわが国と緊密な関係にある国があったとして、その国が侵略をされたとしても、まだわが国に対する侵略は生じていない、わが国に対する侵略が発生して初めて自衛のための措置をとり得るのだということからいたしまして、集団的自衛のための行動はとれないと、これは私ども政治論として申し上げているわけでなくて、憲法第九条の法律的な憲法的な解釈として考えておるわけでございます。」のうち、「わが国の国土が侵されて、その結果国民の生命、自由及び幸福追求に関する権利が侵されるということがないようにする」の箇所について、平成二十七年八月十日付内閣法制局作成による政府見解において、昭和四十七年政府見解における「この(1)及び(2)の基本的な論理と(3)の結論を区分することなく一体として述べているもの」としているが、この答弁の全体の論旨からなぜそのような理解ができるのか、論理的に説明されたい。
二 前記「一」の吉國内閣法制局長官の答弁は、我が国に対する外国の武力攻撃が発生しない限り我が国は武力の行使が許されず、それ故に、限定的な集団的自衛権行使を含むあらゆる集団的自衛権行使が違憲であることを法理として示すものであると理解してよいか。そのような理解が正しくないのであれば、具体的な理由を論理的に示されたい。
三 前記「一」の吉國内閣法制局長官の答弁中「いよいよ日本が侵されるという段階になって初めて自衛のための自衛権が発動できるという、自衛のための措置がとり得るということでございます」、「かりにわが国と緊密な関係にある国があったとして、その国が侵略をされたとしても、まだわが国に対する侵略は生じていない、わが国に対する侵略が発生して初めて自衛のための措置をとり得るのだということからいたしまして、集団的自衛のための行動はとれないと、これは私ども政治論として申し上げているわけでなくて、憲法第九条の法律的な憲法的な解釈として考えておるわけでございます。」との箇所は、限定的な集団的自衛権行使を含むあらゆる集団的自衛権行使が違憲であることを法理として示すものであると理解してよいか。そのような理解が正しくないのであれば、具体的な理由を論理的に示されたい。
右質問する。
政府答弁書
一について
御指摘の答弁を含め昭和四十七年九月十四日の参議院決算委員会における吉國内閣法制局長官(当時)の答弁と御指摘の「昭和四十七年政府見解」との関係については、先の答弁書(平成二十七年十月六日内閣参質一八九第三六四号)においてお答えしたとおりである。
二及び三について
憲法第九条の下において「武力の行使」の三要件を満たす場合の限定的な集団的自衛権の行使が許されるという考え方は、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」(平成二十六年七月一日閣議決定)でお示ししたものであり、それ以前の御指摘の吉國内閣法制局長官(当時)の答弁は、その当時の政府の憲法の解釈について述べたものであると理解される。
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件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。