Kurage 質問主意書アシスト

ことばで探す › 参議院 第143回

戦時遭難船舶犠牲者の洋上慰霊祭・遺族補償等に関する質問

参議院 第143回 第2号承知していない ×1検討してまいりたい ×2

提出者
参議院
提出日
1998年8月12日
内閣転送 1998年8月17日
答弁書受領日
1998年9月8日
提出から27日
答弁の項目数
5
質問 1,650字/答弁 1,526字

質問本文

戦時遭難船舶犠牲者の洋上慰霊祭・遺族補償等に関する質問主意書

一九四四年八月二十二日、学童疎開船・対馬丸は、トカラ列島悪石島沖で米潜水艦の魚雷攻撃を受け沈没し、学童ら乗客及び乗組員千五百八人が犠牲となった。対馬丸遭難の惨劇の悪夢から五十四回目の夏を迎えんとする今日、犠牲者の遺骨は船体とともに海の底に眠ったままである。

戦時遭難船舶遺族会(島袋林功会長代行)の資料によると、対馬丸を含め嘉義丸、赤城丸、湖南丸等戦時遭難船舶は二十六隻、犠牲者は三千四百二十七人となっている。以下「戦時遭難船舶」と言う場合は、太平洋戦争中に米軍の攻撃を受けて沖縄近海等で遭難した船舶を呼ぶこととする。

戦時遭難船舶は、(1)南洋群島から本邦へ引き上げる船舶、(2)沖縄から南九州や台湾へ向かう疎開船、(3)本土から沖縄への帰郷者を乗せ航路の途中で遭難した輸送船の三つに大別される。

この戦時遭難船舶による犠牲の実相について、本年六月二十三日に行われた戦時遭難船舶慰霊祭で採択された内閣総理大臣宛の要請決議は、次のように指摘する。

「沖縄・本土間の定期航路では客船六隻で犠牲になった県民は二千六百五十三人、沖縄から本土への強制疎開、沖縄から本土の軍需工場へ赴く徴用工及び女子挺身隊であります。本土から沖縄への犠牲者の多くは、阪神方面で働いていた県民が召集令状を受けて、自宅から出征しようと帰省の途上犠牲になりました。少年航空兵も定期客船に便乗して犠牲になっています。南洋諸島からは十六隻、七百六十三人が、戦争遂行のため足手まといになるとして沖縄や本土に強制送還される途上、老若男女が犠牲になりました。これらの船舶は、すべて船舶運営会の使用船であり、国の徴用船でありました。戦時中、本土・沖縄間の定期航路の客船は単独航行は行われず、常時軍人輸送船などと船団を組んでの航行でありました。そのため、定期航路の客船は米潜水艦の標的になり、非戦闘員であった県民多数が犠牲になりました。」右要請決議の指摘は、正鵠を得たものと考える。戦時遭難船舶犠牲者は、被害の特殊性等に照らし、国が戦争を遂行する過程で強いた「特別の犠牲」であり、その遺族等に対しては、国の責任において現行法令上、または新規特別立法等の措置により、十分な補償がなされるべきものと思慮する。

よって、次の点について質問する。

一、本年三月七日、対馬丸の洋上慰霊祭が行われたが、この慰霊祭には船の定員との関係で、多くの遺族が参加できなかった。小泉純一郎厚生大臣(当時)は、本年三月二十四日の参議院予算委員会における私の質疑に対し、「ご遺族のご希望が強いので、できれば今年中に二回目の洋上慰霊祭を行いたい」と答弁している。対馬丸の第二回洋上慰霊祭はいっ行うのか、また、その規模を明らかにされたい。

二、対馬丸のご遺族は、犠牲者の遺骨収集を強く希望している。政府は、対馬丸の船体引き揚げと遺骨収集について技術的な検討をしたことがあるか。検討したならその内容を明らかにされたい。また、検討していないなら船体工学、海洋工学、気象学等の専門分野の調査・検討を速やかに行うべきであると考えるが、所信を明らかにされたい。

三、嘉義丸、赤城丸、湖南丸等の戦時遭難船舶二十六隻の沈没地点を示されたい。

四、対馬丸以外の戦時遭難船舶の犠牲者についても、洋上慰霊祭の開催、その他の慰霊事業等を実施すべきと考えるが、所信を明らかにされたい。

五、去る大戦で、わが国において唯一地上戦が戦われた沖縄では、二十万人余の尊い命が犠牲になった。沖縄戦で犠牲になった県民に対しては、厚生省による遺骨収集、遺族補償についても、六歳未満の戦闘協力者に対する援護法の適用拡大等によって戦後処理は相当進展したが、戦時遭難船舶によって犠牲になった人々に対する補償等の戦後処理は進んでいない。戦時遭難船舶犠牲者に対する補償について、「対馬丸方式」による遺族補償をすべきと考えるが、政府の見解を示されたい。

右質問する。

参議院の原文・経過

政府答弁書

一について

お尋ねの二回目の洋上慰霊については、本年中に実施することとし、台風を避け、できるだけ天候の安定した波の穏やかな時期を選び、その規模については本年三月に実施した対馬丸沈没海域における洋上慰霊と同程度とすることを検討しているところであり、具体的な時期及び規模については、今後速やかに決定してまいりたい。

二について

沈没艦船内の遺骨収集については、遺骨が人目にさらされていて遺骨の尊厳が損なわれるような特別な状況にあり、かつ、その沈没艦船内の遺骨収集が技術的にも可能な場合に限ってこれを行うこととしている。対馬丸については、水深約八百七十メートルの深海にあるため遺骨が人目にさらされておらず、遺骨収集を行う場合には当たらないと考えている。したがって、現在まで対馬丸の船体引揚げ及び遺骨収集の技術的な可能性について個別に精査したことはない。

しかしながら、対馬丸については、その遭難が沖縄戦が目前に迫った時期に政府の軍事政策に協力するという形で学童疎開が行われた途中に生じたという特別の事情があり、また、昨年、沖縄開発庁長官から沈没位置確認についての要請が関係省庁に対してなされ、その正確な沈没地点が特定されたこと等の経緯にかんがみ、船体引揚げの技術的な可能性については、今後、沖縄開発庁において、各分野の専門家による調査検討を行うこととしている。

三について

お尋ねの戦時遭難船舶遺族会の資料「沖縄関係戦時遭難船舶一覧表」に掲げられた戦時遭難船舶二十六隻のうち、対馬丸の沈没地点は、北緯二十九度三十一・九三分、東経百二十九度三十二・九〇分であり、その他の二十五隻の正確な沈没地点については、把握していない。

四について

沈没艦船に係る洋上慰霊については、海域ごとにその海域で亡くなられた方々を対象としてこれを行ってきたところであるが、対馬丸については、その遭難が沖縄戦が目前に迫った時期に政府の軍事政策に協力するという形で学童疎開が行われた途中に生じたという特別の事情があり、また、二についてで述べたようにその正確な沈没地点が昨年特定されたこと等の経緯にかんがみ、その沈没地点において洋上慰霊を行ったところである。他の戦時遭難船舶については、既に過去に洋上慰霊の対象となったものもあると考えられるが、今後関係遺族の要望等を踏まえながら、海域ごとに行う方式による洋上慰霊の実施を検討してまいりたい。

五について

戦傷病者戦没者遺族等援護法(昭和二十七年法律第百二十七号)は、国家補償の精神に基づき、国と雇用関係又は雇用類似の関係にあった軍人等が戦争公務により死亡又は障害の状態になった場合に、当該戦傷病者や戦没者遺族等に対し年金等を支給することを規定している。 沖縄戦においては、我が国で唯一民間人を巻き込んだ地上戦が行われ、その際、民間人が軍の要請により戦闘に参加したことから、これらの者は同法第二条第三項第二号の戦闘参加者として同法に基づく年金給付等(以下「年金給付等」という。)の対象とされているところであるが、御指摘の戦時遭難船舶犠牲者については、このような事情がないことから、年金給付等の支給対象とはされていないものである。

また、対馬丸遭難学童遺族特別支出金の支給は、沖縄戦が目前に迫った時期に政府の軍事政策に協力するという形で対馬丸による学童疎開が行われ、その途中で遭難したという特別の事情を考慮して、このような特別な状況下で死亡した対馬丸遭難学童の遺族に対し、国として弔意を表す措置として支給しているものであるが、御指摘の戦時遭難船舶犠牲者については、対馬丸遭難学童を除き、特別支出金を支給すべき特別の事情はないものと考えている。

参議院の原文

この答弁書に出てくる定型句

承知していない ×1検討してまいりたい ×2

語の一致で数えたものです。答弁の評価ではありません。同じ型の答弁が過去にどれだけあるかは、型を押すと出ます。

似た質問主意書

件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。

提出 1987年2月4日 喜屋武 眞榮 答弁 1987年2月13日
参議院 第108回 第5号
提出 1975年1月6日 喜屋武 眞榮 答弁 1975年1月17日
参議院 第75回 第1号
提出 1984年12月8日 喜屋武 眞榮 答弁 1984年12月18日
参議院 第102回 第2号お答えすることは困難 ×2
提出 1975年2月4日 喜屋武 眞榮 答弁 1975年2月21日
参議院 第75回 第3号
提出 1987年4月2日 喜屋武 眞榮 答弁 1987年4月17日
参議院 第108回 第14号
提出 1961年4月6日 片島港 答弁 1961年4月14日
衆議院 第38回 第14号

この論点で次の質問を書くなら

アシストで並べる