Kurage 質問主意書アシスト

ことばで探す › 衆議院 第142回

学童疎開船対馬丸に関する質問主意書

衆議院 第142回 第69号お答えすることは困難 ×1承知していない ×1

提出者
衆議院
提出日
1998年6月18日
内閣転送 1998年6月18日
答弁書受領日
1998年7月28日
提出から40日
答弁の項目数
15
質問 2,407字/答弁 3,142字

質問本文

平成九年十二月三日に学童疎開船「対馬丸」の沈没位置が確認されたことを受けて、平成十年三月七日には、洋上慰霊祭が執り行われた。本件に係わる遺族はじめ、関係者の取り組みに敬意を表するが、他の同様事例に対する政府の対応をみるとき、両者の間には大きな差があると言わざるをえない。ついては、戦傷病者・戦没者に対する援護施策の充実を願う立場から、以下の質問を行う。

一 沈没艦船の位置確認について

1 政府は、太平洋戦争に係わる沈没艦船は何隻であると把握しているのか。

2 これまで政府は沈没艦船の位置確認に、どのような姿勢で対応してきたのか。積極的に位置確認を行ってはこなかったと理解してよいか。

3 今回の対馬丸の位置確認は、沈没艦船の位置確認を行わないとしてきたそれまでの政府の姿勢を変更したものと考えてよいのか。

4 今回の対馬丸の沈没位置確認作業は、これまでの厚生省の姿勢と比べて、行政のバランスを欠いているのではないか。欠いていないとすれば、その理由を明示せよ。

5 今回、なぜ対馬丸の位置確認を行うこととなったのか。沈没位置に関するより正確な情報が入手できたからか。あるいは、遺族等の強い要望があったからか。理由を明らかにされたい。

6 九十四年七月二十三日付、朝日新聞「論壇」によれば、潮岬沖に沈没している空母「信濃」の位置確認を遺族が厚生省等に求めた際も、拒否したとされるが、事実か。事実とすれば、その理由はいかなるものか。

7 他の沈没艦船の位置確認のために、米国内に所在する関係資料や、当時の関係者への聞き取り調査などを行う考えはないのか。

8 厚生大臣は、本年三月十三日の衆議院厚生委員会で、「遺骨収集とかあるいは慰霊事業等は、厚生省の仕事でありますし、(中略)そういう点に対する情報収集あるいはこれからの問題点についても、鋭意努力していきたい」と答弁されたが、その後、沈没艦船の位置確認や水没遺骨の収集のために、どのような取り組みをしてきたのか。具体的な取り組みの状況を明らかにされたい。

9 橋本総理は、本年三月十二日の本会議で、「(対馬丸は)その船体の所在すら確認のできない状況が続きましたことを、遺族の方々のお気持ちも考え、何とか捜せないものかという思いでまいりました」と答弁されている。総理のそのお気持ちは、対馬丸以外の沈没艦船の遺族もお持ちである。しからば、政府は、これらの遺族の気持ちにも応えるよう努力すべきではないか。

10 今後、より正確な沈没位置に関する情報が入手され、遺族の要望があれば、沈没位置確認作業を行う考えはあるか。

11 対馬丸と同様に、沈没艦船の調査を行ったことはあるのか。あれば、沈没位置、船名、調査期間、調査主体、ならびに調査実施に至る経緯を明らかにされたい。

12 沈没地点の特定されている沈没艦船はあるか。あれば、船名と沈没年月日、その位置を明らかにされたい。

13 先般、米国地理学協会がミッドウェー海戦で沈んだ米国空母ヨークタウンの船体を発見した。その際、日本側空母も捜索したが発見できなかったという報道に接した。なぜ、同協会は、日本側空母も捜索対象としたのか。日本側からの働きかけはあったのか。また、事前に日本側への通告はあったのか。あったとすれば、どのように回答したのか。

二 対馬丸の沈没位置確認作業について

1 どのような経緯で、海洋科学技術センターが、対馬丸の沈没位置確認作業に携わることとなったのか。依頼主体、依頼のなされ方、センターの組織内における実施決定の手順等を明らかにされたい。

2 作業に要した経費はいくらか。その経費はいかにして調達したのか。また、国費はどのように係わっているのか。

3 今後同様の依頼を関係大臣から受けた場合、科学技術庁や海洋科学技術センターは、戦時における沈没艦船の位置確認を行うと理解してよいか。

三 戦時遭難船舶被害者の遺族に対する援護施策について

1 対馬丸遭難学童の遺族に対して、沖縄開発庁予算から「特別支出金」が支給されている。これまでの支給対象人員数と支給総額はどのようになっているか。

2 対馬丸遭難学童の遺族に対し「特別支出金」を支給している法的根拠はなにか。

3 昭和五十一年五月六日の社会労働委員会において、橋本※(注)太郎委員(当時)は、本件に関し、鋭い質問をされている。当該質問と本件は係わりがあるのか。あるとすれば、どのように係わっているのか。

4 本業務は、遺族援護の担当部局である厚生省ではなく、なぜ沖縄開発庁の業務になっているのか。

5 沖縄開発庁の設置法の中に、本業務は含まれるのか。どのように規定されているのか示されたい。

6 対馬丸遭難学童に対して叙勲がなされたと聞くが、事実か。事実であれば、いかなる理由によって叙勲がなされたのか。「痛ましい」ということ、遺族に対する特別の配慮を表すことを根拠に、叙勲をするという考えは妥当と考えているのか。

四 太平洋戦争中の学童疎開途上の被害について

1 学童疎開の途上で米国軍等の攻撃を受け、死亡・負傷した学童・引率教師・付添者はいないのか。政府が把握しているそれぞれの数を示せ。

2 もし該当者がいるのであれば、それらの者に対する見舞金の支給はなされているのか。支給の有無と、支給されている場合はその法的根拠を、支給されていない場合はその理由を示されたい。

3 対馬丸遭難学童に対する「特別支出金」は、他の同様の状況にある遺族に対する援護施策と比べて、行政のバランスを欠いているのではないか。欠いていないとすれば、その理由を明らかにされたい。

4 戦闘参加者という類型に依って、沖縄地上戦の犠牲者に対する援護措置を講じてこられたと理解するが、これらの者と、日本本土で空襲によって犠牲となった者を区別する根拠はなにか。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一の1について

お尋ねの沈没艦船の数は、厚生省が旧海軍省から引き継ぎ、保管している資料によれば、三千二百六十隻であると承知している。

一の2から5まで及び7から9までについて

遺骨収集が不可能な場合及び慰霊巡拝を実施する場合においては、個々の沈没艦船の正確な沈没地点を確認することは必要ないものと考えており、この考え方は従来から変わっていない。

御指摘の学童疎開船対馬丸については、関係遺族等からの沈没地点の確認を求める要望を踏まえ、厚生省においては、昭和六十年に同省の保管資料によって推定される四か所の沈没地点の存在を明らかにしたところであるが、その後、関係遺族等から、正確な沈没地点の特定を求める強い要望及びアメリカ合衆国公文書館が保管する資料の存在についての示唆があったことから、更に資料調査等による協力を行ったところである。

今回の対馬丸の沈没位置確認については、厚生省が、関係遺族等からの要望も踏まえ、沈没地点の特定に有力な手掛かりとなる資料をアメリカ合衆国において入手したこと、科学技術庁及び海洋科学技術センターにおける技術的な検討等を踏まえて実施に至ったものである。

本年三月以降、他の沈没艦船の関係遺族等から、沈没地点の確認を求める具体的な要望は聞いていないが、今後、要望があれば、沈没地点の確認について必要な資料調査等の協力をしてまいりたい。

一の6について

御指摘の空母信濃の沈没地点の確認については、平成六年六月頃に関係遺族等から厚生省及び科学技術庁に対し要望があった。その際、厚生省においては、応接の記録は確認できないが、従来から遺骨収集が不可能な場合及び慰霊巡拝を実施する場合において、個々の沈没艦船の正確な沈没地点を確認することは必要ないものと考えており、その旨回答したものと考えられる。また、科学技術庁においては、沈没艦船の調査を行う場合は関係省庁との調整等が必要な旨回答したところである。

一の10及び二の3について

沈没艦船の位置確認については、関係者との調整が必要であり、また、個別に技術的な検討等を行う必要があるので、他の沈没艦船について位置確認の要望あるいは要請があった場合においては、慎重に検討して判断してまいりたい。

一の11について

平成四年三月に科学技術庁及び海洋科学技術センターが高知沖の海底地形及び地質の調査を行った際、その一環として、昭和十九年五月三十日に高知沖で沈没したとされる滋賀丸についての調査も行ったが、船体の一部と考えられるようなものは見つかっていない。

一の12について

一般的に、遺骨収集が不可能な場合及び慰霊巡拝を実施する場合においては、個々の沈没艦船の正確な沈没地点は確認していないところから、対馬丸と同様に正確な沈没地点が特定されている沈没艦船はないところである。

一の13について

御指摘の米国地理学協会が本年五月に行った調査は、ミッドウェー海戦にかかわったすべての艦船の船体の探索を目的としており、この一環として日本側の空母も捜索されたと承知している。同協会による本件調査については、日本国政府からのアメリカ合衆国政府への働きかけやアメリカ合衆国政府からの日本国政府への事前通告はなかった。

二の1について

対馬丸の沈没位置確認作業については、厚生省において、一の2から5まで及び7から9までについてで述べたとおり、遺骨収集が不可能な場合及び慰霊巡拝を実施する場合においては、個々の沈没艦船の正確な沈没地点を確認する必要はないという原則的な考え方に立ちつつも、沈没地点の特定に有力な手掛かりとなる資料を入手したこと、沖縄開発庁長官から科学技術庁にその実施につき要請があったこと等の経緯を踏まえ、防衛庁等の協力を得て、科学技術庁が海洋科学技術センターにその実施を要請したものである。海洋科学技術センターでは、要請を受け、実施方法、日程の検討等を行い、その実施を決定した。

二の2について

対馬丸の沈没位置確認作業は、海洋科学技術センターが実施したものであり、海洋科学技術センターの事業の実施のための経費のほとんどが政府からの国庫支出金によるものである。また、お尋ねの本作業に要した経費については、本作業が海洋科学技術センターが行う一連の調査業務の一環として行われたものであるので、本作業に要した部分のみを分離してお示しすることは困難である。

三の1について

第一回の支給が行われた昭和五十二年度から平成九年度までの間の対馬丸遭難学童遺族特別支出金(以下「特別支出金」という。)の支給対象者の総数は四百四十六人であり、支給総額は、四十九億九千二十三万三千円である。

三の2について

特別支出金は、沖縄開発庁において、毎年度、対馬丸遭難学童遺族給付経費を予算に計上し、対馬丸遭難学童の遺族に対する特別支出金の支給に関する要綱に基づき支給しているものである。

三の3について

一般論として政策立案を行うに当たっては国会での議論も十分念頭に置くべきものと考えており、御指摘の国会質問と本件とのかかわりについても同様である。

三の4及び5について

特別支出金の支給業務は、対馬丸の遭難学童の遺族が戦傷病者戦没者遺族等援護法(昭和二十七年法律第百二十七号)の対象とならないこと、同船の学童等の遺族に対し、見舞金支給要綱に基づいて支給した見舞金の支給業務を昭和三十七年度は総理府本府において、昭和四十七年度は沖縄開発庁において実施したこと、及び同船の遭難が、沖縄戦が目前に迫った時期に政府の軍事政策に協力するという形で学童疎開が行われた途中に生じたものであるという沖縄の特殊事情に基因する事項として考えられることから、沖縄開発庁設置法(昭和四十七年法律第二十九号)附則第三条第一項に基づき、沖縄開発庁において経費の配分計画に関する事務を行う事業等を定める政令(昭和四十七年政令第百八十三号)第三条第一号の事項として沖縄開発庁が行っている。

三の6について

対馬丸遭難死没者については、昭和四十七年五月以降合計千百十四人に対して叙勲が行われている。これらの者については、今次の戦争に関連して死没した者として叙勲の対象としたものである。

四の1から3までについて

御指摘の学童疎開の途上で、アメリカ合衆国軍等の攻撃により死傷した学童、引率教師及び付添者(以下「学童疎開途上死傷学童等」という。)の数については、対馬丸に関するもの以外は把握していない。

また、見舞金についても、三の4及び5についてで述べた対馬丸の遭難学童等の遺族に対するもの以外は支給していない。

特別支出金の支給は、沖縄戦が目前に迫った時期に政府の軍事政策に協力するという形で対馬丸による学童疎開が行われ、その途中で遭難したという特別の事情を考慮して、このような特別な状況下で死亡した対馬丸遭難学童の遺族に対し、国として弔慰を表す措置として支給しているものである。

対馬丸遭難学童以外の学童疎開途上死傷学童等については、このような事情がないことから、見舞金及び特別支出金の支給は行っていないところである。

四の4について

戦傷病者戦没者遺族等援護法においては、国と雇用関係又は雇用類似の関係にあった軍人等が戦争公務により死亡又は障害の状態となった場合、国家補償の精神に基づき、当該戦傷病者や戦没者遺族等に対し年金等を支給するものである。沖縄戦においては、我が国で唯一民間人を巻き込んだ地上戦が行われ、その際、民間人が軍の要請により戦闘に参加したことから、これらの者を同法第二条第三項第二号の戦闘参加者として同法に基づく年金給付等の対象としているところである。

衆議院の原文

この答弁書に出てくる定型句

お答えすることは困難 ×1承知していない ×1

語の一致で数えたものです。答弁の評価ではありません。同じ型の答弁が過去にどれだけあるかは、型を押すと出ます。

似た質問主意書

件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。

提出 1987年2月4日 喜屋武 眞榮 答弁 1987年2月13日
参議院 第108回 第5号
提出 1975年1月6日 喜屋武 眞榮 答弁 1975年1月17日
参議院 第75回 第1号
提出 1987年4月2日 喜屋武 眞榮 答弁 1987年4月17日
参議院 第108回 第14号
提出 1975年2月4日 喜屋武 眞榮 答弁 1975年2月21日
参議院 第75回 第3号
提出 1984年12月8日 喜屋武 眞榮 答弁 1984年12月18日
参議院 第102回 第2号お答えすることは困難 ×2

この論点で次の質問を書くなら

アシストで並べる