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「大東亜戦争」と靖国神社に関する質問主意書
衆議院 第152回 第15号お答えすることは困難 ×9趣旨が明らかではない ×1承知していない ×3個別の事案 ×1
質問本文
日本政府がかつて「大東亜戦争」と命名した戦争や日中戦争について、現在の歴史認識などを問う。その中で、扶桑社の「新しい歴史教科書」(以下「扶桑社本」とする)についてもただす。さらに、小泉純一郎総理が公式参拝しようとしている宗教法人靖国神社のあり方なども質問する。
一 戦争
(1) 一九二八年に中国で蒋介石が国民党政権を樹立した後、満州などで起こった中国人による排日運動について、政府が確認している事実を具体的に示されたい。
(2) 扶桑社本は、五・一五事件の後「世論の支持のもと、軍人や役人を中心とした内閣が任命されるようになった。」と記述しているが、日本政府の歴史認識も同じか。
(3) 国際連盟が派遣したリットン調査団の報告書に「満州における不法行為によって日本の安全がおびやかされていたこと」や「満州における日本の権益」を認める記述はあるか。
(4) 扶桑社本は二・二六事件後、「政治家は絶えずテロによる生命の危険にさらされることになり、陸軍が支持しない内閣の成立も困難となった。言論の自由も、しだいにせばめられていった。」と記述しているが、日本政府の歴史認識も同じか。
(5) 盧溝橋事件について、政府の歴史認識を明らかにされたい。
(6) 一九三七年十二月の南京大虐殺について、政府の歴史認識を示されたい。
(7) 扶桑社本は日米開戦について「日本の海軍機動部隊が、ハワイの真珠湾に停泊する米太平洋艦隊を空襲した。艦は次々に沈没し、飛行機も片端から炎上して大戦果をあげた。このことが報道されると、日本国民の気分は一気に高まり、長い日中戦争の陰うつな気分が一変した。第一次世界大戦以降、力をつけてきた日本とアメリカがついに対決することになったのである」と記述しているが、政府の歴史認識も同じか。
(8) 扶桑社本は日米開戦と同じ日に「日本の陸軍部隊はマレー半島に上陸し、イギリス軍との戦いを開始した。自転車に乗った銀輪部隊を先頭に、日本軍は、ジャングルとゴムの林の間をぬって英軍を撃退しながら、五五日間でマレー半島約一〇〇〇キロを縦断し、翌年二月には、わずか七〇日でシンガポールを陥落させ、ついに日本はイギリスの東南アジア支配を崩した。フィリピン・ジャワ・ビルマなどでも、日本は米・蘭・英軍を破り、結局一〇〇日ほどで、大勝利のうちに緒戦を制した。これは、数百年にわたる白人の植民地支配にあえいでいた、現地の人々の協力があってこその勝利だった。この日本の緒戦の勝利は、東南アジアやインドの多くの人々に独立への夢と勇気を育んだ」と記述しているが、政府も同じ歴史認識か。自発的な「現地の人々の協力」について、政府が把握している事実を具体的に示されたい。同様に「東南アジアやインドの多くの人々に独立への夢と勇気を育んだ」とされる具体的な事実は確認しているか。自発的な行動などを明らかにされたい。
(9) 扶桑社本は「大東亜戦争」について、カッコ書きで「戦後、アメリカ側がこの名称を禁止したので太平洋戦争という用語が一般的になった。」と記述しているが、政府の歴史認識は同じか。一般的でない名称が主に記載され、一般的な名称がカッコ書きされているのは適当と考えるか。
(10) 扶桑社本は「緒戦の勝利に日本国民は酔っていた」と記述しているが、日本政府の歴史認識も同じか。同じとすれば、どの程度の国民が「酔っていた」と考えるか。
(11) 扶桑社本は「アリューシャン列島のアッツ島では、わずか二〇〇〇名の日本軍守備隊が二万の米軍を相手に一歩も引かず、弾丸や米の補給が途絶えても抵抗を続け、玉砕していった。こうして、南太平洋からニューギニアをへて中部太平洋のマリアナ諸島の島々で、日本軍は降伏することなく、次々と玉砕していったのである。」と記述しているが、政府は降伏せずに玉砕したことについて、正しかったと考えるか。
(12) 「神風特別攻撃隊」(特攻隊)はどのような経緯で、だれが発案し、実行されたのか。特攻で亡くなった人は何人か。出撃した飛行機は何機で、迎撃されずに敵艦に命中した飛行機は何機か。政府は特攻隊について、どのように考えるか。
(13) 扶桑社本は「沖縄では、鉄血勤皇隊の少年やひめゆり部隊の少女たちまでが勇敢に戦って、一般住民約九万四〇〇〇人が生命を失い、一〇万人近い兵士が戦死した。」と記述しているが、政府は沖縄戦について、どのように考えるか。
(14) 政府は(7)(8)(11)で引用した戦争の記述は、中学生の教科書として適当と考えるか。
(15) 一九四三年十一月の「大東亜会議」について、開催の経緯、出席者とその戦後各国での地位、共同宣言の内容などを示されたい。
(16) 扶桑社本は前述のように「東南アジアやインドの多くの人々に独立への夢と勇気を育んだ」などと記述する一方で「しかし、大東亜共栄圏のもとでは、日本語教育や神社参拝が強要されたので、現地の人の反発が強まった。また、戦局が悪化し、日本軍によって現地の人々が苛酷な労働に従事させられる場合もしばしばおきた。そして、フィリピンやマレーなどのように、連合軍と結んだ抗日ゲリラ活動がさかんになる地域も出てきた。日本はこれにきびしく対処し、また日本軍によって死傷する人々の数も多数にのぼった」と書いている。政府は日本語教育や神社参拝の強要について、どのように考えるか。日本軍によって死傷した人々は何人か。国別で示されたい。
(17) 扶桑社本は「戦時中、日本によって訓練されたインドネシアの軍隊が中心となって独立戦争を開始し、一九四九年独立を達成した。」「インドでは、日本軍と協力したインド国民軍の兵士をイギリスが裁判にかけたことに対して、はげしい民衆の抗議運動などもおきた」「日本軍の南方進出は、アジア諸国の独立を早める一つのきっかけ」と記述しているが、政府の歴史認識も同じか。
(18) 学徒出陣、女子挺身隊の規模について、具体的に明らかにされたい。また政府は、こうした制度をどのように考えるか。
(19) 朝鮮や台湾での徴兵、徴用の規模を具体的に明らかにされたい。政府は朝鮮、台湾での徴兵や徴用について、どのように考えるか。
(20) 朝鮮人や中国人の「強制連行」について、その経緯、規模、政府の現在の見解を示されたい。
(21) 朝鮮や台湾で進められた「皇民化政策」について、具体的な内容を詳述するとともに、現在どのように考えているかを明らかにされたい。
(22) 扶桑社本は「困難の中、多くの国民はよく働き、よく戦った。それは戦争の勝利を願っての行動であった」と記述しているが、政府の歴史認識も同じか。
(23) 第二次世界大戦の戦死者は何人か。日本も含め国別で示されたい。
(24) 原爆投下について、政府の見解を明らかにされたい。
(25) ポツダム宣言受諾の経緯について、明らかにされたい。
(26) 過去の戦争で、各国が非武装の民間人や捕虜の虐殺に及んだケースについて、政府が把握している事実を明らかにされたい。
(27) 東京裁判について、政府の見解を示されたい。
(28) サンフランシスコ講和条約による日本の独立に際して、東京裁判はどのように位置づけられたか。また旧ソ連や中国との国交回復に際して、東京裁判はどのように位置づけられたか。
(29) 中国が国交回復に際して、賠償を求めなかったのはなぜか。
(30) 扶桑社本は「GHQは、新聞、雑誌、ラジオ、映画を通じて、日本の戦争がいかに不当なものであったかを宣伝した。こうした宣伝は、東京裁判とならんで、日本人の自国の戦争に対する罪悪感をつちかい、戦後日本人の歴史の見方に影響を与えた」と記述しているが、政府も同じ認識か。
(31) 政府は「大東亜戦争」や日中戦争について、どのように考えるか。その責任の所在についての見解も示されたい。またアジア諸国に対する侵略の反省はあるか。アジア諸国との外交で、戦争の歴史について留意しなければならない点はあるか。
二 靖国神社
(1) 中国や韓国が総理の宗教法人靖国神社への公式参拝に反対している理由について、政府はどのように考えているか。
(2) 宗教法人靖国神社に合祀されているのは、どんな人で、何柱と承知しているか。その内訳(維新前後殉難者から大東亜戦争までの各戦争毎の柱数と、軍人軍属、準軍属及びその他、朝鮮・台湾出身者の各柱数)も明らかにされたい。
(3) 一九四五年八月までに現在の宗教法人靖国神社に支出された国の予算は合計いくらか。また戦後、宗教法人靖国神社に支出された国の予算、譲渡した国有地の価格を明らかにされたい。
(4) 靖国神社が宗教法人となった理由、経緯について、政府が把握している事実を明らかにされたい。宗教法人となった靖国神社に国有境内地が譲渡された理由、経緯、憲法との整合性を説明されたい。
(5) 宗教法人靖国神社がA級戦犯を合祀した理由、経緯について、政府が確認している事実を明らかにされたい。
(6) 公式参拝を目指す小泉総理は合祀されているA級戦犯について、参院選前の党首討論会などで「死ねば仏様」などと発言しているが、その真意を説明されたい。
(7) 戦前の「修身」教科書などは、靖国神社について「君のため国のために死んだ人々をまつつてあります」「わたくしどもは陛下の御めぐみの深いことを思ひ、ここにまつつてある人々にならつて、君のため国のためにつくさなければなりません」と教えていたが、政府は現在も、国民は「靖国神社にまつつてある人々にならつて、君のため国のためにつくさなければなりません」と考えているか。
(8) 朝日新聞八月九日付け夕刊四面の記事によると、特攻隊の兵士は「やらせてくれるなら、体当たりしなくても、五百キロの爆弾を敵の空母に命中させて帰ってきてみせるのだが。…ぼくは明日、天皇陛下のためとか、大日本帝国のために征くのではない、最愛のKA(妻を意味する海軍隠語)のために往くよ」「野砲兵と馬、それは切っても切れぬ関係があり、人間よりも馬の方が遙かに大切である」「もし、貴様が生き残ったら、戦闘機が爆弾を抱えて体当たりしなければならなかった事実を、きっと後世に伝えてくれ」と遺書を残しているが、政府はこうした特攻隊員の気持ちをどのように考えるか。
(9) 国際的に戦争責任者とされたA級戦犯に加えて、逆らうことのできない国の命令で(8)のような無念の遺書を残して亡くなった特攻隊員らも本人の遺志、遺族の意向にかかわらず、宗教法人靖国神社にはまつられている。現在の国の責任者である総理の公式参拝は適当か。
(10) 総理の宗教法人靖国神社参拝は、憲法の定める「政教分離」に反しないのか。
右質問する。
政府答弁書
一の(1)について
御指摘の運動については、「支那ニ於ケル排日運動ト日本」(昭和七年一月外務省通商局第二課作成)、「通商上ヨリ見タル支那ニ於ケル排日運動概況」(昭和十年三月外務省通商局第二課作成)等によれば、例えば、昭和六年以降、中国各地において日本製品販売禁止等の動きがあり、香港及び九龍において邦人に対する暴行事件が発生した等とされているものと承知している。
一の(2)、(4)から(7)まで、(10)、(17)、(22)及び(30)について
歴史教科書の検定は、国が特定の歴史認識や歴史事実を確定するという立場に立って行うものではなく、著作者又は発行者によって文部科学大臣に検定申請された図書について、義務教育諸学校教科用図書検定基準(平成十一年文部省告示第十五号)又は高等学校教科用図書検定基準(平成十一年文部省告示第九十六号)に基づいて、検定の時点における客観的な学問的成果や適切な資料等に照らして、記述の欠陥を指摘することを基本として実施している。したがって、御指摘の各記述を含め、検定の決定がされた教科書に示された歴史認識が、政府の考え方と一致するものと解されるべきものではない。
また、先の大戦に対する政府の考え方は、我が国が遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことに対して、痛切な反省の意と心からのお詫びの気持ちを表すとともに、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げた村山内閣における平成七年八月十五日の内閣総理大臣談話のとおりである。
一の(3)について
御指摘のいわゆるリットン調査団の報告書(外務省の仮訳)には、例えば、「日本は支那の最近接せる隣国にして、且最大なる顧客なるを以て日本は本章に於て記述されたる無法律状態に依り他の何れの国よりも苦しみたり。」、「日本は支那に於ける其の臣民の生命及財産の保証に対する不安は、内乱又は地方的混乱に際し屡干渉を行はしめたり。」との記述がある。
また、同報告書には、「満州に於ける日本の権益は無視するを得ざる事実にして如何なる解決方法も右を承認し且日本と満州との歴史的関係を考慮に入れざるものは満足なるものに非ざるべし。」との記述がある。
一の(8)について
検定の決定がされた歴史教科書に示された歴史認識が政府の考え方と一致するものと解されるべきものではないことは、一の(2)、(4)から(7)まで、(10)、(17)、(22)及び(30)について(以下「一の(2)などについて」という。)で述べたとおりである。
また、お尋ねの「現地の人々の協力」等については、例えば、別紙一のような文献の記述があることは承知しているが、詳細な内容等については、調査した限りでは、政府内に事実関係を的確に把握することができる記録が見当たらないことから、お答えすることは困難である。
一の(9)について
検定の決定がされた歴史教科書に示された歴史認識が政府の考え方と一致するものと解されるべきものではないことは、一の(2)などについてで述べたとおりである。
お尋ねの歴史教科書における戦争の呼称に関する記述については、戦争が行われていた当時には「大東亜戦争」と呼ばれていたが、現在一般的には「太平洋戦争」と呼ばれていることが理解できる記述となっていることから、教科用図書検定調査審議会(以下「検定審議会」という。)における義務教育諸学校教科用図書検定基準等に基づく審議の結果を踏まえ、これを許容することとしたところである。
一の(11)について
お尋ねの戦闘を含め、先の大戦に対する政府の考え方は、一の(2)などについてで述べたとおりであるが、お尋ねのような先の大戦の個々の戦闘における軍人等の対応について、政府としての評価を述べることは差し控えたい。
一の(12)について
お尋ねの「神風特別攻撃隊」については、発案者は不明であるが、昭和十九年十月、戦況が悪化する中で、アメリカ合衆国軍のフィリピン諸島への攻撃に対処するためのものとして、大西瀧治郎海軍中将の命令によって編成され、右の部隊に所属した軍人のうちいわゆる特攻で亡くなった人の数は、二千四百九十九人であると承知している。なお、お尋ねの出撃した飛行機の数及び迎撃されずに敵艦に命中した飛行機の数については、調査した限りでは、政府内に事実関係を的確に把握することができる記録が見当たらないことから、お答えすることは困難である。
お尋ねのいわゆる特攻を含め、先の大戦に対する政府の考え方は、一の(2)などについてで述べたとおりである。
一の(13)について
先の大戦において、沖縄は国内最大の地上戦を経験し、多くの方々が、犠牲となり、筆舌に尽くし難い苦難を経験された。政府としては、このことを心に刻み、これまでいわゆる沖縄問題に取り組んできたところであり、これからも全力を挙げて取り組んでまいりたい。
一の(14)について
お尋ねの各記述については、検定審議会における義務教育諸学校教科用図書検定基準等に基づく審議の結果を踏まえ、これらを許容することとしたところである。
一の(15)について
大東亜会議は、昭和十八年五月二十九日の大本営政府連絡会議決定(大東亜政略指導大綱)においてその開催が決定され、同年十月二日の大本営政府連絡会議了解(大東亜会議ニ関スル件)においてその内容等が具体化された後、同年十一月五日及び同月六日の両日、東京都において開催された。同会議に出席した各国代表者及び同代表者の昭和二十年八月十五日以降の主な経歴等は、別紙二のとおりであり、大東亜会議において採択された大東亜共同宣言の内容は、別紙三のとおりである。
一の(16)について
お尋ねの日本語教育の実施等を含め、先の大戦に対する政府の考え方は、一の(2)などについてで述べたとおりである。
また、お尋ねの「日本軍によって死傷した人々の数」については、「日本軍によって死傷した人々」の具体的な範囲が必ずしも明らかでない上、一般に、日本軍の行為による犠牲者の数については、種々の推定が存在するものと承知しており、政府として確実な数をお答えすることは困難であると考えている。
一の(18)について
お尋ねのいわゆる学徒出陣は、在学徴集延期臨時特例(昭和十八年勅令第七百五十五号)に基づき学徒を徴集することとしたものであるが、これにより徴集される学徒は約九万六千人と見積もられていたと承知しているものの、徴集の上で実際に出動した学徒の数等については、調査した限りでは、政府内に事実関係を的確に把握することができる記録が見当たらないことから、お答えすることは困難である。また、お尋ねの女子挺身隊は、女子勤労挺身隊を指すものと思われるが、これは、政府の女子動員促進策として、新規学校卒業者、職業に就いていない十四歳以上二十五歳未満程度の未婚者で編成されたものであるところ、これに加わった女性の数等については、調査した限りでは、政府内に事実関係を的確に把握することができる記録が見当たらないことから、お答えすることは困難である。
お尋ねのいわゆる学徒出陣等を含め、先の大戦に対する政府の考え方は、一の(2)などについてで述べたとおりである。
一の(19)について
朝鮮及び台湾における徴兵及び徴用の規模については、調査した限りでは、政府内に事実関係を的確に把握することができる記録が見当たらないことから、お答えすることは困難である。ただし、現在、厚生労働省が保有する資料によれば、朝鮮を本籍地とする旧日本軍軍人及び軍属は計二十四万三千九百九十二人、台湾を本籍地とする旧日本軍軍人及び軍属は計二十万七千百八十三人となっている。
お尋ねの朝鮮等における徴兵等を含め、先の大戦に対する政府の考え方については、一の(2)などについてで述べたとおりである。
一の(20)について
お尋ねの「強制連行」については、その意味するところについて確立された考え方があるとは承知しておらず、その経緯及び規模についてお答えすることは困難である。
ただし、戦時中の中国人労働者の移入、配置、処遇、送還等に関わる事情を記述した「華人労務者就労事情調査報告書」(昭和二十一年三月外務省管理局作成)によれば、政府は、戦時中の国内労働力の不足を補うため、昭和十七年十一月二十七日の閣議決定(華人労務者内地移入ニ関スル件)に基づき、昭和十八年から昭和二十年までの間、華北を中心とした地域の中国人合計三万八千九百三十五人を労働に従事させたものとされている。この件について、政府としては、たとえ戦時下という異常な状況の中とはいえ、当時多くの中国人の方々が半強制的な形で来日し、厳しい労務につき、その中で多くの苦難を与えたことは極めて遺憾であったと考えている。
一の(21)について
お尋ねの「皇民化政策」としては、「朝鮮及台湾在住民政治処遇ニ関スル質疑応答」(昭和二十年三月内務省管理局作成)によれば、朝鮮及び台湾の居住者に対し、例えば、日本語の普及及びその常用の奨励、風俗習慣の改善等を行っていたものとされているが、その詳細な内容や実施状況等については、調査した限りでは、政府内に事実関係を的確に把握することができる記録が見当たらないことから、お答えすることは困難である。
お尋ねの「皇民化政策」の実施を含め、先の大戦に対する政府の考え方については、一の(2)などについてで述べたとおりである。
一の(23)について
お尋ねの我が国における「第二次世界大戦の戦死者」の数については、「第二次世界大戦の戦死者」の具体的な範囲が必ずしも明らかではないが、政府としては、昭和三十八年五月十四日の閣議決定(戦没者追悼式の実施に関する件)において、同年八月十五日に実施する全国戦没者追悼式における戦没者の範囲について、「支那事変以降の戦争による死没者(軍人・軍属及び準軍属のほか、外地において非命にたおれた者、内地における戦災死没者等をも含む者とする。)とする」と決定したところである。そして、政府としては、右の戦没者の数について、約三百十万人であるとしてきたところである。
また、我が国以外の国における「第二次世界大戦の戦死者」の数については、これを政府又は政府関係機関において公表している国及びその公表数は、調査した限りでは、別紙四のとおりであると承知している。
一の(24)について
政府としては、広島及び長崎に対する原子爆弾の投下は、非常に遺憾なことだったと考えている。また、原子爆弾の投下は、国際法の根底にある基本思想の一たる人道主義の精神に合致しないものであるとの意味において国際法の精神に反するというのが、従来からの政府の見解である。
一の(25)について
ポツダム宣言は、我が国に対して先の大戦を終結させるための条件を示すなどした文書であり、昭和二十年七月二十六日、当時の我が国の主要交戦国の代表者であるアメリカ合衆国大統領、中華民国政府主席及び「グレート・ブリテン」国総理大臣により署名されたものである。同年八月八日、ソヴィエト社会主義共和国連邦は、我が国に対し宣戦を布告するとともに同宣言に加わった。
我が国は、同年八月十四日、同宣言を受諾して降伏し、同年九月二日、降伏文書に署名した。
一の(26)について
政府としては、過去の戦争において、各国が非武装の民間人や捕虜の虐殺に及んだ個別具体的な事件についての詳細は承知していない。
一の(27)について
我が国は、日本国との平和条約(昭和二十七年条約第五号。以下「平和条約」という。)第十一条により、極東国際軍事裁判所の裁判を受諾している。
一の(28)について
平和条約第十一条においては、我が国が極東国際軍事裁判所の裁判を受諾すること等が規定されている。千九百五十六年の日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言及び千九百七十二年の日中共同声明においては、極東国際軍事裁判所の裁判に対する言及はない。
一の(29)について
千九百七十二年九月二十九日に署名された日中共同声明第五項において、中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、我が国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言している。なお、同声明に署名がされる前の千九百七十二年九月二十六日、周恩来中華人民共和国国務院総理は、田中内閣総理大臣との会談において、「我々は賠償の苦しみを知っている。この苦しみを日本人民になめさせたくない。我々は、田中首相が訪中し、国交正常化問題を解決すると言ったので、日中両国人民の友好のために、賠償放棄を考えた。」と述べている。
一の(31)について
先の大戦に対する政府の考え方は、一の(2)などについてで述べたとおりである。
また、お尋ねの「アジア諸国との外交」の在り方については、政府としては、我が国と近隣アジア諸国との友好関係を維持発展させていく考えであるが、そのためには、一の(2)などについてで述べた先の大戦に対する政府の考え方を踏まえ、相互理解、相互信頼を一層強化していくことが重要であると考えている。
二の(1)について
お尋ねの点については、靖国神社がいわゆるA級戦犯を合祀していること等からであると承知している。
二の(2)について
お尋ねは宗教法人である靖国神社の宗教上の事項であるから、政府としては、お答えする立場にない。
なお、靖国神社が公表した資料によれば、靖国神社は、先の大戦等において戦没した軍人等を合祀しており、平成十二年十月現在の靖国神社による合祀に係る柱数は、合計二百四十六万六千三百四十四柱であるとされ、戦役・事変別内訳は、明治維新七千七百五十一柱、西南戦争六千九百七十一柱、日清戦争一万三千六百十九柱、台湾征討千百三十柱、北清事変千二百五十六柱、日露戦争八万八千四百二十九柱、第一次世界大戦四千八百五十柱、済南事変百八十五柱、満州事変一万七千百七十五柱、支那事変十九万千二百十八柱、大東亜戦争二百十三万三千七百六十柱であるとされている。お尋ねの「軍人軍属、準軍属及びその他、朝鮮・台湾出身者」の各柱数については、調査した限りでは、これらを明らかにする資料を確認することができなかった。
二の(3)について
昭和二十年八月までに靖国神社のために支出された国費の合計額については、調査した限りでは、政府内にこれを把握することができる記録がないため、お答えすることができない。なお、明治二十三年度から昭和二十年度までの間の決算書によれば、歳出科目の名称から判断する限りにおいて、陸軍省所管から、靖国神社寄付金として明治二十三年度から昭和十三年度までの間に合計四十四万五千六百円、靖国神社供進金として昭和十四年度から昭和十九年度までの間に合計七万二千円、靖国神社特別寄付金として明治三十五年度に五万二千円、靖国神社臨時大祭費として明治三十一年度及び明治三十四年度に合計三万六百三十二円、靖国神社臨時大祭寄付金として昭和四年度及び昭和七年度から昭和九年度までの間に合計二十二万九千円、靖国神社臨時祭寄付金として昭和十年度から昭和十三年度までの間に合計十八万八千五百六十円、靖国神社震災復旧費寄付金として大正十三年度から昭和四年度までの間(昭和二年度を除く。)に合計七十万円が支出されていた。
また、靖国神社が宗教法人となった後に同神社に関連して支出された国費としては、昭和六十年八月十五日に当時の中曽根内閣総理大臣が靖国神社を参拝した祭に、供花料に充てるため三万円が支出されている。
靖国神社に対する国有地の譲渡については、昭和二十七年十一月十五日に、昭和二十八年法律第百三十号による改正前の社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律(昭和二十二年法律第五十三号。以下「旧社寺法」という。)第一条第一項の規定に基づき、東京都千代田区九段外所在の国有地四筆合計二万九千六百八十五坪を無償で譲与したものである。なお、譲与に係る土地の当時の時価相当価格については、調査した限りでは、政府内にこれを的確に把握することができる記録がないため、お答えすることが困難である。
二の(4)について
国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件(昭和二十年十二月十五日連合国軍最高司令官総司令部参謀副官発第三号日本政府ニ対スル覚書)は、神社に対するいわゆる国家管理制度の廃止を命じたものであるが、その第一項及び第二項には、これが発せられた理由等が詳細に述べられている。その後、昭和二十一年二月二日に施行された宗教法人令中改正ノ件(昭和二十一年勅令第七十号)附則第二項により、靖国神社は宗教法人令(昭和二十年勅令第七百十九号)上の法人とみなされた。さらに、同年九月七日、靖国神社について宗教法人としての登記がされている。
また、昭和二十三年四月二十七日に、靖国神社から、旧社寺法第一条第一項の規定に基づき五筆の土地につき譲与の申請がなされ、社寺境内地処分審査会への諮問を経て、うち四筆の土地について、地租改正等により国有となった国有財産で、旧社寺法施行の際、現に靖国神社に対し、旧国有財産法(大正十年法律第四十三号)によって無償で貸し付けてあるもののうち、靖国神社の宗教活動を行うのに必要なものに当たるとして、昭和二十七年十一月十五日にこれらを靖国神社に対し譲与したものである。
このように、靖国神社に対する境内地の譲与は、旧社寺法第一条第一項の規定に基づいてされたものであるが、この規定については、最高裁判所昭和三十三年十二月二十四日大法廷判決(民集十二巻十六号三千三百五十二頁)において、新憲法施行に先立って、明治初めころに社寺等から無償で取得し国有とした財産を、その社寺等に返還する処置を講じたものであって、かかる沿革上の理由に基づく国有財産関係の整理は、憲法第八十九条の趣旨に反するものとはいえない旨判断されている。また、最高裁判所昭和四十九年四月九日第三小法廷判決(判例時報七百四十号四十二頁)は、右の大法廷判決の判示したところを引用するとともに、「旧国有財産法に基づく社寺等に対する国有境内地等の無償貸付関係は、(中略)宗教団体に対する特別の利益供与を禁止する日本国憲法の下において、これを持続することは、不可能である。しかし、これを清算するにあたり、ただ単にその消滅のみをはかるとすれば、(中略)沿革的な理由から従来社寺等に認められていた永久、無償の使用権をゆえなく奪うこととなり、財産権を保障する日本国憲法の精神にも反する結果となるのみならず、その結果、社寺等の宗教活動に支障を与え、その存立を危くすることにもなりかねないのであるが、そのような結果は、実質的にみて特定宗教に対する不当な圧迫であり、信教の自由を保障する日本国憲法の精神にも反するところである。そこで、(中略)沿革にかんがみ、旧国有財産法に基づき社寺等に無償貸付してある境内地等のうち、社寺上地等により国有となった土地等については、(中略)これを元来所有権者であるべき社寺等に無償で返還(譲与)することとして制定されたのが法であると解される」と述べて、旧社寺法第一条第一項の規定と実質的に同一の内容の昭和二十八年法律第百三十号による改正後の社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律第一条の規定について、同規定は憲法第八十九条の趣旨に反するものではないと判断した。
これらの最高裁判決の判示したところに照らすと、前記のとおり旧社寺法第一条第一項の規定に基づいてされた靖国神社に対する土地の譲与は、憲法第八十九条との関係で問題を生ずるものではなく、また、憲法第二十条との関係でも問題を生ずるものではないと考える。
二の(5)について
靖国神社がいわゆるA級戦犯を合祀した理由及び経緯については、承知していない。
二の(6)について
極東国際軍事裁判所において被告人が極東国際軍事裁判所条例第五条第二項(a)に規定する平和に対する罪等を犯したとして有罪判決を受けたところ、政府としては、平和条約第十一条により、極東国際軍事裁判所の裁判を受諾している。小泉内閣総理大臣も、政府と立場を異にするものではなく、政府と同様の認識を有しており、御指摘の発言は、その発言内容に沿う日本人の国民感情が存在することについて言及したものであると承知している。
二の(7)について
戦前の修身教科書には、御指摘のような記述が存在するが、これは大日本帝国憲法の定める国家制度を前提とするものであり、御指摘の記述に係るような考え方が、現行の憲法の下においても妥当するものであるとは考えていない。
二の(8)について
いわゆる特攻隊員の気持ちは各人様々であったと考えられるが、政府としては、御指摘の特攻隊員を含め、先の大戦で犠牲となった方々に深い哀悼の念を捧げているところである。
二の(9)について
内閣総理大臣の靖国神社への公式参拝(内閣総理大臣が内閣総理大臣としての資格で行う靖国神社への参拝をいう。)は、国民や遺族の多くが、靖国神社を我が国における戦没者追悼の中心的施設であるとし、靖国神社において国を代表する立場にある者が追悼を行うことを望んでいるという事情を踏まえて、戦没者一般を追悼するために行うものであり、同神社に合祀されている個々の戦没者に対して行うものではないから、御指摘のような事情があるものとしても、内閣総理大臣の靖国神社への公式参拝が直ちに不適当なものになるとは考えていない。
二の(10)について
内閣総理大臣の靖国神社への公式参拝は、国民や遺族の多くが、靖国神社を我が国における戦没者追悼の中心的施設であるとし、靖国神社において国を代表する立場にある者が追悼を行うことを望んでいるという事情を踏まえて、専ら戦没者の追悼という宗教とは関係のない目的で行うものであり、かつ、その際、追悼を目的とする参拝であることを公にするとともに、神道儀式によることなく追悼行為としてふさわしい方式によって追悼の意を表することによって、宗教上の目的によるものでないことが外観上も明らかである場合には、いわゆる政教分離の原則に反しないと考える。
また、内閣総理大臣の地位にある者についても、私人として憲法上信教の自由が保障されていることは言うまでもないから、私人の立場で靖国神社に参拝することはいわゆる政教分離の原則との関係で問題を生じることはないと考える。
この答弁書に出てくる定型句
お答えすることは困難 ×9趣旨が明らかではない ×1承知していない ×3個別の事案 ×1
語の一致で数えたものです。答弁の評価ではありません。同じ型の答弁が過去にどれだけあるかは、型を押すと出ます。
似た質問主意書
件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。