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小泉首相の靖国神社への参拝に関する質問主意書
衆議院 第152回 第1号
質問本文
小泉首相は、日本国内および中国、韓国のアジア諸外国からのさまざまな反対がありながら靖国神社への参拝を決行しようとしている。以下、質問する。
一 小泉首相は参拝強行の理由として「戦争を二度と起こしてはいけないという気持ちと、戦争に行かざるをえなかった人へ敬意と感謝を捧げるため」と述べている。靖国神社は、戦前の国定教科書では、「ここに祀ってある人にならって君(天皇)のため国のため尽くさなければなりません」とあり、戦後に作られた靖国神社社憲でも戦没者を国に殉じたものと位置づけた上で「その御名を万代に顕彰する」(前文)ために祭祀を行なうことを(宗教活動の)目的とするとしている。したがって、ここに参拝することは合祀された人々に「敬意と感謝を捧げる」ことによって、「国に殉じる」すなわち「国の戦争のために死ぬ」ことを賛美することになり、それは憲法一三条が定める「個人の尊厳」の理念に反することになると考えるがどうか。
さらに「戦争を二度と起こしてはいけないという気持ち」をもって靖国神社に参拝することは、同神社の教義に照らして無理であると考えるがどうか。首相の認識を伺いたい。
二 「戦争を二度と起こしてはいけないという気持ち」をもって靖国神社に参拝するとしても、靖国神社は一宗教法人であり、そこに公的立場にある首相が参拝することは、靖国神社の宗教活動に国家が大きくかつ公然と関わりを持つことになり、憲法二〇条、八九条の定める政教分離に反することになると思うがどうか。首相の認識を伺いたい。
三 一九八五年に行なわれた中曽根康弘首相(当時)の靖国神社への公式参拝に対して、これを違憲と主張した三件の訴訟が各地で提起され、これら訴訟の高等裁判所の判決が、公式参拝は「違憲の疑いが強い」と判示したことを認識しているか。伺いたい。
四 靖国神社は明らかに特定の教義を有する宗教法人である。戦没者遺族のなかには、自己の宗教的信念に照らし、また靖国神社の教義に同調し得ない信条を持っていることから、自己の肉親が靖国神社に「英霊」として合祀されていることに苦痛を感じている人たちも多い。首相が靖国神社に首相として参拝することは、右記遺族たちの宗教的信念・信条を蹂躙し、その苦痛を倍加させることになると考えるが、この点を首相はどう考えておられるのか、その見解を伺いたい。
五 周知のとおり、一九九一年に出された岩手靖国訴訟の仙台高裁判決で、首相の靖国神社公式参拝は違憲であると明言されており、この判決は確定している。さらに愛媛玉串料訴訟で一九九七年に出された最高裁大法廷判決では地方公共団体による靖国神社や護国神社への玉串料等の奉納が、たとえそれを相当数の者が望んでいるとしても、それらは、公共団体が特定の宗教団体に対して特別の関わりあいを持つことであり、宗教団体である靖国神社や護国神社が特別のものであるとの印象を一般に与えるものであるから、憲法が禁止する国家や公共団体の宗教活動に当たり違憲だとされている。玉串料等の奉納が違憲と明言されているのであるから、首相による参拝は、玉串料等の奉納よりも直截に靖国神社との関わりあいを顕示するものであり、その違憲性はより一層明らかというべきことは論をまたない。法治主義・「法の支配」はわが国の憲法秩序の核心をなすものであり、三権分立制と相まって、専制政治を阻止する不動の原理であって、そこにおいては、行政は司法の判断を尊重し、これに従うことが立憲主義を守り専制を阻止するための不可欠の要請である。首相が靖国神社に参拝することは、これら司法の判断に明らかに背き、「法の支配」を蔑ろにするものと考えるが、この点につき首相の認識を伺いたい。
六 靖国神社には、日本の軍人・軍属として徴用されて亡くなった「台湾」「朝鮮」の方が約五万人「英霊」として合祀されている。日本の植民地支配と侵略戦争の犠牲者が加害者と一緒に「英霊」として神にされているわけだが、首相はこのことについて、どのような認識を持っておられるか。靖国神社に参拝することは、これらの方々に二重の侮辱を与えることになると思われるが、首相の認識を伺いたい。
七 中国・韓国をはじめとする先の大戦で甚大な被害をうけた近隣諸国が首相の靖国神社参拝に強く反対している。靖国神社にはA級戦犯も合祀されていることを考えると、これら諸国の反対には充分理由があると思われる。首相がこの反対を無視して参拝を強行するのは、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とする憲法前文の精神からも許されないと考えるが、この点について首相の見解を示されたい。
右質問する。
政府答弁書
一について
小泉内閣総理大臣は、平成十三年八月十三日、今日の我が国の平和と繁栄は戦没者の尊い犠牲の上にあり、その気持ちを表すことは当然であって、二度と戦争を起こしてはならないという気持ちからも、靖国神社に参拝したところであり、これによって、御指摘のような問題が生ずることになるとは考えておらず、また、このような気持ちで参拝することは同神社の教義とは関係がないと考えているものと承知している。
二について
小泉内閣総理大臣は、内閣総理大臣が公的な立場にあるからといって、靖国神社に参拝することが、私人としてこれを行う場合を含め、一律に憲法第二十条及び第八十九条に定めるいわゆる政教分離の原則に反することになるものではないと考えているものと承知している。
三について
昭和六十年に行われた中曽根内閣総理大臣の靖国神社への公式参拝について、国又は中曽根内閣総理大臣を被告として四件の訴訟が提起され、そのうち、平成四年七月三十日に大阪高等裁判所で言い渡された判決は、その理由中において、中曽根内閣総理大臣の行った「本件公式参拝は、憲法二〇条三項、八九条に違反するとまでは断定し難い」と判断した上で、「公費から三万円を支出して行った本件公式参拝は、憲法二〇条三項、八九条に違反する疑いがある」との判示をしていると承知しているが、他の三件の訴訟の高等裁判所の判決の中には、「違憲の疑いが強い」と判示したものはなかったものと承知している。
四について
小泉内閣総理大臣は、今日の我が国の平和と繁栄は戦没者の尊い犠牲の上にあり、その気持ちを表することは当然であって、二度と戦争を起こしてはならないという気持ちからも、靖国神社に参拝したところであり、このような参拝が、必ずしも御指摘のような遺族の方々の宗教的信念・信条を蹂躙したり、その苦痛を倍加させることになるとは考えていないものと承知している。
五について
小泉内閣総理大臣は、御指摘のいわゆる岩手靖国訴訟の仙台高等裁判所の判決及び愛媛玉串料訴訟の最高裁判所の判決で示された判断は、政府のいう内閣総理大臣の靖国神社への公式参拝に対しては、前提となる事情が異なることなどから、必ずしもそのまま妥当するものではないと理解しており、内閣総理大臣が靖国神社に参拝することが、御指摘のように「司法の判断に明らかに背」くことになるなどとは考えていないものと承知している。
六について
小泉内閣総理大臣は、御指摘の方々の靖国神社への合祀は、同神社が自らの判断で行ったものであると認識しているものと承知している。また、小泉内閣総理大臣は、今日の我が国の平和と繁栄は戦没者の尊い犠牲の上にあり、その気持ちを表すことは当然であって、二度と戦争を起こしてはならないという気持ちからも、靖国神社に参拝したところであり、このような気持ちで同神社に参拝し戦没者全体を追悼することが、御指摘の方々に対し「侮辱を与える」ことにはならないと認識しているものと承知している。
七について
小泉内閣総理大臣は、靖国神社への参拝について、同神社にいわゆるA級戦犯が合祀されていること等を理由に近隣諸国から批判があることなどから、このような批判を含めた様々な意見を踏まえて熟慮した結果、今日の我が国の平和と繁栄は戦没者の尊い犠牲の上にあり、その気持ちを表すことは当然であって、二度と戦争を起こしてはならないとの気持ちからも、靖国神社に参拝したところであり、これは決して戦争を美化したり正当化するものではなく、御指摘の憲法前文の趣旨と矛盾するものではないと考えているものと承知している。
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件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。