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教範類の「対国民秘」扱いに関する質問

参議院 第126回 第14号

提出者
参議院
提出日
1993年6月16日
内閣転送 1993年6月17日
答弁書受領日
1993年7月23日
提出から37日
答弁の項目数
1
質問 780字/答弁 403字

質問本文

教範類の「対国民秘」扱いに関する質問主意書

教範類の内容について政府は、従来から、装備の性能・操法・運用、部隊の運用等自衛隊の能力及び行動要領等にかかわる事項を含んでいることを理由として国会における質問に対しても明らかにしてこなかった。

しかしながらこれら教範類は、陸上自衛隊に限っていえば「陸上自衛隊公報」(以下「公報」という。)においてその内容が公開されていた(「公報」は一九六一年~七四年にかけて発行)。言うまでもなく「公報」は、国立国会図書館法第二四条に基づき同図書館に寄贈されていたものであり、この点からも政府は教範類の内容について広く国民に知らしむべきものとの立場を採っていたわけである。

従来、「秘密保全に関する訓令」〔防衛庁訓令第一〇二号〕(以下「訓令」という。)に基づく秘密に指定されていない教範類が「公報」に掲載されることにより、自衛隊員以外のものでも知り得る状態にあった。それが、「公報」の廃刊により「訓令」に基づく秘密に指定されていない教範類に対する自衛隊員以外のものの「知る手だて」を失わしめたのは、結果的に「対国民秘」ともいうべき国民にのみ包括的に秘密にする制度を制定した状態に国民を置くことになり、国民の知る権利という立場からもないがしろにできない問題である。

よって政府の見解をただすために以下質問する。

一 「公報」が発行されていた当時は、教範類は国民に広く知らしめるべきものと政府は考えていたのではないのか。

二 当時政府が、教範類を「公報」に掲載していた理由について明らかにされたい。

三 政府はいつの時点から教範類を「対国民秘」として扱い始めたのか。またその理由と根拠は何か。

四 既にいったん「公報」に掲載した教範類をその後国民が知り得なくなるように秘匿することで得られる利益は何なのか明らかにされたい。

右質問する。

参議院の原文・経過

政府答弁書

一から四までについて

教範類は、自衛隊の行動及び教育訓練を適切かつ有効に実施するため、部隊の指揮運用、隊員の動作等に関する教育訓練の準拠を示した部内資料として位置付けられているものであるが、従前においては、部内に周知せしめるべき文書を集録して発行する陸上自衛隊公報に教範類の改正部分等を掲載することにより、教範類の隊員への周知徹底を図っていた。

また、部外からの教範類の貸出し等の要求があった場合には、貸出し等に応ずることもあった。

かかるところ、昭和五十五年に発生したいわゆる宮永・コズロフ事件を契機として、教範類を始め教育訓練関係の部内資料の取扱いについて見直しを行った結果、先に述べた教範類の性格から、その内容を明らかにすることが自衛隊の能力及び行動要領等を明らかにすることにつながり、防衛庁の所掌事務の遂行に支障を生ずるおそれがあるとの判断に至ったため、同年以降、教範類の貸出し等を差し控えている。

参議院の原文

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