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奄美大島学生生徒の日本本土留学に関する質問主意書

参議院 第7回 第32号

提出者
参議院
提出日
1950年2月8日
内閣転送 1950年2月13日
答弁書受領日
1950年2月18日
提出から10日
答弁の項目数
0
質問 420字/答弁 454字

質問本文

鹿児島県奄美大島はポツダム宣言受諾に伴い終戦直後占領軍の直接統治下に入り昭和二十一年二月以降日本本土との政治的、経済的その他あらゆる関係は遮断されている。その為に従来日本本土において勉学を続けていた数千の学生生徒は学資送金の道をたたれ、或は年々数千名の日本本土への進学希望者の望みは全く失われ学業半ばにしてこれを放棄せざるを得なくなる者、失意のあまり放浪の群に投ずる者等続出し、その結果の及ぼす影響は全く暗たんたるものがある。かかる実情はこれを一日も見逃すべきでなく、政府は急速にこれが対策を講ずべきである。

一、奄美大島より日本本土への学資送金について政府の所見並びにその具体策如何。

一、奄美大島より日本本土への進学について政府の所見並びにその具体策如何。

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参議院の原文・経過

政府答弁書

一、奄美大島から日本へ留学している学生のうち、琉球軍当局との契約により派遣されているものの学資についてはその必要なものは琉球軍当局から支給されているのでさほど不自由はないと思われる。

これらの学生以外の者で、日本に留まり勉学している学生については、戦後の国際関係の為に現在は直接奄美大島からの学資送金が困難な事情があるが、近き将来かかる障害が除かれることを希望すると共に、学資困難な学生に対しては、日本の他の学生と同様できるだけ援護の途を講じたいと思う。

二、奄美大島からの日本本土への進学については、連合国軍最高司令官並びに琉球軍司令官の取計いにより昭和二十四年度には奄美大島からの十四名を含め沖縄から約百名の学生が留学中である。これらの学生の補導その他生活上の問題についても連合軍当局の指示の下にできるだけの世話をしている。又これらの学生は琉球軍当局の契約学生として留学しているもので、学資は全部琉球軍政費から支出されている。

この方法により沖縄からの留学生は将来も引きつづき実施されるものと考えている。

参議院の原文

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件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。

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