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いわゆる韓半島出身戦没者の遺骨収集に関する質問主意書
衆議院 第109回 第24号
質問本文
衆議院議長 原 健三郎 殿
いわゆる韓半島出身戦没者の遺骨収集に関する質問主意書
私は、先に戦時中国家総動員法で徴用されたいわゆる韓半島(朝鮮半島)出身者の遺骨収集に関する質問主意書を提出したが、その答弁書(内閣衆質一〇九第一一号)には「いわゆる韓半島出身戦没者の遺骨」が含まれていないので改めて次の質問をする。
一 前記答弁書によると、「昭和十四年から昭和二十年の間に旧国家総動員法(昭和十三年法律第五十五号)により徴用された朝鮮半島出身者については、これに関する資料は現存しておらず、その実態は確認できない」とあるが、これは戦後処理責任の立場から見て極めて不十分な答弁である。ここでいう資料の収集・保管を担当する省庁はどこか。また、現在まで資料収集のためにどのような作業をしてきたのか具体的に明らかにされたい。
二 戦後、厚生省に保管されたいわゆる韓半島出身戦没者の遺骨は何柱か。これまで遺族に引き渡された遺骨、現在まで保管されている遺骨、それぞれの数を本籍地別に区分して明らかにされたい。
また、その遺骨の保管状況(保管場所等)の概要を、今日に至るまでの経過を含め明らかにされたい。
三 先の答弁書で、「朝鮮半島出身徴用労働者の遺骨の収集及び送還については、人道上の見地から可能な限り対応することとし、遺骨の収集については厚生省が担当し、遺骨の送還についての韓国政府との連絡調整は外務省が担当してきたところである」としているが、今後どのような対応をするのかその見通しを明らかにされたい。また、戦没者遺骨については、遺族及び縁故者に引き渡すことを合意した昭和四十四年八月の第三回日韓定期閣僚会議以後これまでにどのような対応をしたのか、具体的に明らかにされたい。
右質問する。
政府答弁書
一について
終戦当時国家総動員法(昭和十三年法律第五十五号)に基づく徴用に関する事務を所管していたのは厚生省勤労局であり、同局は組織的には昭和二十二年四月に厚生省職業安定局となり、同年九月労働省の設置に伴い同省職業安定局となつたものであるが、国家総動員法は昭和二十一年に効力を失つており、それに関する資料は現存していない。
二について
1 昭和三十三年に厚生省引揚援護局に移管された朝鮮半島出身の旧陸海軍関係の戦没者の遺骨は二千三百二十八柱である。
2 このうち、韓国政府を通じて韓国在住の遺族又は縁故者に引き渡した遺骨は千百八十八柱であり、これらを本籍地により区分すると、本籍地が現在の韓国内にある者の遺骨は千百二十三柱であり、本籍地が現在の北朝鮮内にある者の遺骨は六十五柱である。
また、現在保管している遺骨は千百四十柱であり、これらを本籍地により区分すると、本籍地が現在の韓国内にある者の遺骨は七百八柱であり、本籍地が現在の北朝鮮内にある者の遺骨は四百三十二柱である。
3 これらの遺骨の保管状況は次のとおりである。
ア 昭和三十三年から昭和四十六年までは、厚生省引揚援護局(昭和三十六年以降は、援護局と改称)の霊安室に安置していた。
イ 昭和四十六年以降は、東京都目黒区にある祐天寺の納骨室に丁重に安置していただいており、祐天寺側の好意で毎朝供養が行われているほか、厚生大臣及び厚生省援護局長が花を供え、毎年八月には厚生省が拝礼を行つている。
三について
朝鮮半島出身徴用労働者の遺骨に関する今後の対応については、西本願寺派広島分院及び長崎県芦辺町にある納骨堂に現在安置されている遺骨について、早期に送還できるよう努力してまいりたい。
また、朝鮮半島出身の旧陸海軍関係の戦没者の遺骨については、昭和四十四年八月の第三回日韓定期閣僚会議以後、当該会議における了解に基づき、韓国政府を通じて昭和四十五年一柱、昭和四十六年二百四十七柱、昭和四十九年九百十一柱、昭和五十一年二十二柱、昭和五十三年一柱、昭和五十七年五柱及び昭和五十九年一柱計千百八十八柱を遺族又は縁故者に引き渡したところである。
右答弁する。
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件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。