Kurage 質問主意書アシスト

ことばで探す › 衆議院 第112回

訪問教育高等部の制度化と教員定数改善の早期完結に関する質問主意書

衆議院 第112回 第28号

提出者
衆議院
提出日
1988年5月13日
内閣転送 1988年5月18日
答弁書受領日
1988年5月24日
提出から11日
答弁の項目数
2
質問 3,334字/答弁 294字

質問本文

衆議院議長 原 健三郎 殿

訪問教育高等部の制度化と教員定数改善の早期完結に関する質問主意書

教育基本法は、第三条で教育の機会均等をうたい、第十条で教育行政は教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行わなければならない、と行政の責務を明らかにしている。

また、一九七九年に採択された国際障害者年行動計画でも障害者の「完全参加」を明確に打ち出している。同年の養護学校の義務制実施により、障害をもつ児童生徒の就学は大きく前進し、奈良県の場合、一九八七年度ではドクターストップ等の事情による就学猶予児五名を残すばかりとなつた。同県では、養護学校高等部及び高等養護学校、盲・ろう学校の高等部等障害をもつ生徒の高校への進学もその機会が保障されているが、養護学校等の高等部では、訪問教育(教員を派遣して教育を行う制度)が制度化されていないため、在宅で訪問教育を受けていた生徒たちは後期中等教育を保障されていないのが実態である。

今日、後期中等教育は準義務制といわれるほど、ほぼ一〇〇%に近い進学状況を示している中で、養護学校等の高等部における訪問教育が制度化されていないのは障害の状態による差別であり、憲法第十四条の「法の下の平等」をはじめ教育基本法の精神を満たしていないといわなければならない。

そこで、養護学校等の高等部における訪問教育の制度化と教員定数改善の早期完結について、以下の点について政府の見解をただしたい。

一 高等部における訪問教育の制度化について

訪問教育の現行制度は、一回二時間程度で週二回の計四時間程度の教育機会の保障であり、真に障害児の発達保障という立場からいうなら決して十分なものとはいいがたい。

にもかかわらず、奈良県明日香養護学校の訪問教育部の実践は教師と父母の一致した努力でみるべき成果をあげている。

過疎の進行する奈良県吉野郡の山村に住む重度痙直アテトーゼ型脳性麻痺のA君は、歩行不能、知恵遅れ、先天性白内障、言語障害をもつ重度障害児である。彼は、養護学校義務制とともに小学部六年生に編入、口述日記、作詩をすすめ、教師がその詩に曲をつけて創作音楽を重要な指導の柱としてきた。この創作音楽を地元中学校の卒業生の予餞会や障害者児の奈良県わたぼうしコンサート等々で発表の機会を得、A君は舞台にも登壇、多くの人々との交流が生まれ、音楽の発表が生活の目標とも節目ともなつた。

また、全身マッサージ遊びや体操は健康改善をもたらし、宿泊訓練など学校行事では家庭で味わうことのできない連帯や感動をもたらした。こうした集団の保障は子どもの成長だけにとどまらず、親をかぎりなく励まし、保護者の一人は、「五年間先生に訓練してもらつて体も軟かくなつたし、いろんなことを教えてもらつて、今では子どもに『今日は先生が、おはよう!こんにちは!と言つて家へ来てくれるよ』と言えば、子どもは待つているように笑つています。先生のおかげと感謝しています。 ―― 中略 ―― (子どものことを)何べん『死んだ方がいいのに』と思つたことでしよう。それが今では『生きていてよかつた』と心から思つています。」とその手記に記している。

まさに訪問教育は重度障害児とその家族の生きる力を引き出す貴重な成果をあげている。

ところが、このA君の場合も、卒業後は外界との接触を絶たれ、感性も閉ざされ、詩の数も確実に減つていつた。

訪問教育を受けているすべての生徒は、卒業後一日中家に閉じこもり、友達もなく、家族を除けば相手になつて一緒に過ごしてくれる人もない。こんな中で、これまで受けてきた訓練も滞りがちとなり、伸びるべき能力も止まつてしまう。むしろ卒業後、身心の退行が著しいのが現状である。

親の一人は、「訪問して下さる先生方の愛情あふれる暖かいことば、真綿の中へくるまるような心のふれあいの教育、真実の教育こそと、先生のおいで下さる日をお待ちしています。でも現在小学部ですが、あと四年で訪問教育に終止符を打つのかと思うと寂しい思いです。何とかして高等部の設置を、わが事のみならず、障害をもつているたくさんの子ども、父兄になりかわつて願望する私です」と訴えている。

思春期に当たる中学生段階は、生後の発達で何番目かの原動力が誕生するときとみられるが、訪問教育に高等部が設置されなければ在宅の重度障害児は社会的な交流と教育の機会をうばわれる。思春期には、たとえ発達上の障害があつても、障害の生成とは相対的に区別される力量が新しい発達的な意味をもつてくる。とくに重度障害児の発達には時間がかかり、明日香養護学校訪問教育部の実践でも十五歳前後という思春期において情動、対人関係が大きく変化、成長のきざしをみせる生徒が多く、高等部 ―― つまりあと三年間 ―― の教育はその子の発達にとつて重要な意義をもつてくる。

ちなみに、アメリカの「全障害児教育法」は州によつて異なるが、三歳から二十一歳までを義務教育化できることとなつている。

そこで、次の点を質問する。

�@ 「国際障害者年」後半期の今日、政府は文字どおり障害者の「完全参加」と教育の機会均等を保障するよう、養護学校等の高等部における訪問教育の制度化を行うべきではないか。

�A 関係者の切実な訴えを、政府はどのように受けとめ、対応されようとするのか。

二 教員定数改善の早期完結について

奈良県では、各小中学校に障害児学級が完備される中で、養護学校には比較的重度の児童・生徒が入学することになり、西の京養護学校の場合でみると、発達年齢で三歳以下の児童・生徒が小学部で九四%、中学部で七八%と高率を占め、高等部を含む全校平均でも五三%と半数を超えている。

また、自閉症の児童・生徒が半数近くおり、コミュニケーションがなりたちにくいことから、多動で問題行動が頻発しており、マン・ツー・マンを要する児童・生徒もかなり多い。こうした中でも多彩な学校行事を組み入れ、障害児の発達保障で大きな教育効果をあげているが、現場の教員配置では人手不足で教職員の健康破壊がめだつている。

ここでの中学三年生八人のクラスの場合、最重度でてんかん発作を伴い全面介助のいる生徒が二人、うつ病を併発し集団からはずれるためかなり手をとられる生徒が一人、心身症、モヤモヤ病、自閉症、情緒障害の自傷傾向をもつ子、ダウン症の五人の計八人である。これを三人の教師で担当しており、校務に使える時間は週四十分、教材研究は時間外となり、深刻な人手不足になつている。

さらに小学校では身辺自律できていないために、つねに子どもの手を教師が中腰になつて引いている状態があり、全校的に職業病ともいえるほどの状況になつている。今年度は二人の教師が腰痛で一〜二ヵ月の病気休暇、一人が肩を痛め肩が上らないのをはじめ、生理痛、生理不順、不整脈、肩こり、冷え症、便秘、貧血、吐気、骨盤の側湾、ぼうこう炎、背骨のゆがみ、動悸、湿疹など大半の教師が慢性的な苦痛を訴えている。

以上のような状況を一日も早く改善し、すべての障害児の個別性にみあつた発達保障と豊かな教育活動を保障するため、次の事項について質問する。

�@ 一九七九年の障害児教育義務制施行以来標準定数法第三条に基づく障害児学校教員定数の改善は十二年計画で行われることになつており、すでにその三分の二を経過している。ところがその改善実績は文部省の調べでも義務制で四七・三%と半分にも達していない。残る三年で完結できるよう具体的にどのような計画をもつているのか。計画全体を明らかにしていただきたい。

�A 多動、自傷、他傷傾向を伴う重度の障害児の指導については、軽度の障害の重複児よりもはるかに困難である。障害児教育の一層の充実を図るため、重度障害児への教員加配を行うなど、なんらかの実効ある措置がとられるべきだと考えるが政府の見解を伺いたい。

�B 全体として児童・生徒減により教員数に余裕のできる今こそ新法の早期完結及び訪問教育の高等部の制度化にふみきる絶好の機会であると考えるが、政府は思いきつた決断をすべきではないか。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一について

特殊教育諸学校の小学部及び中学部における訪問教育は、心身の障害のため通学して教育を受けることが困難な児童・生徒に対して、義務教育の機会を保障する見地から実施されているところである。

特殊教育諸学校の高等部の教育は、義務教育ではないので、現段階で訪問教育を行うための特段の措置を講ずることは考えていない。

二について

特殊教育諸学校の学級編制及び教職員定数改善計画については、その着実な推進に努めているところである。

なお、このように、現在、教職員定数について改善計画の着実な推進に努めているところであり、現段階で御指摘のような重度障害児に関する措置を講ずることは考えていない。

衆議院の原文

似た質問主意書

件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。

提出 1983年11月17日 瀬崎博義 答弁 1983年11月25日
衆議院 第100回 第26号
提出 1989年12月13日 藤原ひろ子 答弁 1989年12月22日
衆議院 第116回 第16号
提出 1989年6月20日 岡崎万寿秀 答弁 1989年7月11日
衆議院 第114回 第31号
提出 1950年7月24日 図司安正 答弁 1950年7月31日
衆議院 第8回 第46号
提出 2019年8月2日 吉良 よし子 答弁 2019年8月15日
参議院 第199回 第12号
提出 1968年2月2日 鈴木一 答弁 1968年2月9日
衆議院 第58回 第3号
提出 1988年5月20日 辻第一 答弁 1988年5月31日
衆議院 第112回 第31号

この論点で次の質問を書くなら

アシストで並べる