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戦傷病者、戦没者遺族に対する国家補償に関する質問主意書

衆議院 第16回 第34号お答えすることは困難 ×4

提出者
衆議院
提出日
1953年7月14日
内閣転送 1953年7月15日
答弁書受領日
1953年7月21日
提出から7日
答弁の項目数
1
質問 961字/答弁 2,658字

質問本文

衆議院議長 堤 康次※(注) 殿

戦傷病者、戦没者遺族に対する国家補償に関する質問主意書

戦傷病者、戦没者遺族に対する恩給法による公務扶助料の復活と援護法の改正の二点に対して、左記事項の実施につき質問する。

記

1 戦没者遺族に対する恩給法による公務扶助料の復活に関する事項

一 内外地を問わず、また病気の種別の如何を問わず、軍務に服していた期間に死没した者、及び軍務に服していた期間のり病や負傷が原因で死没した者を全部公務死として取り扱うこと。

二 公務扶助料の基準となる仮定俸給は文官と同等にし、且つ、その倍率を特に下級者には五、一倍とし、平均四倍とすること。

三 扶助遺族加給は、第一順位者に九千六百円、第二順位者以下七千二百円を支給すること。

四 公務扶助料による収入は、生活保護法上の所得とみなさないこと。

五 経済的困窮から父母が婚姻したとき、扶助料の受給権を喪失しないこととすること。

2 戦傷病者戦没者遺族等援護法の改正に関する事項

一 年金について、

イ 内外地を問わず、また病気の種別の如何を問わず軍務に服していた期間に死没した者、及び軍務に服していた期間のり病や負傷が原因で死没した者は全部公務死として取り扱うこと。

ロ 父母、祖父母の年令制限を撤廃すること。

ハ 二柱以上の戦没者の遺族には、柱数ごとに年金を支給すること。

ニ 経済困窮の理由から父母、祖父母が再婚した場合でも受給権を喪失しないこと。

ホ 年金と生活保護法とはあくまでも二本建とし、同一的所得としてみなさないこと。

ヘ 市町村長の証明がある場合普通銀行(取引がなくとも)においても年金証書に対し便宜を与える方途を講ずること。

二 弔慰金に関する事項

イ 昭和十二年七月七日以降の戦没者遺族にも支給すること。

ロ 弔慰金の支給範囲を実際に祭祀を行つている者まで拡大すること。

ハ 弔慰国債は、年額八十億円を買上げ償還すること。

ニ 国債買上げは、普通銀行(取引なくとも)でも取り扱えることとすること。

3 年金弔慰金の裁定促進に関する事項

一日千秋の思をして年金弔慰金の裁定を待ちわびているにもかかわらず、いまだに諸種の調査の理由から未裁定のもの多数(たとえば和歌山県内で四千五百人)あるから、すみやかに裁定せられたい。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

1 戦没者遺族に対する恩給法による公務扶助料の復活に関する事項

一 いやしくも、公務員が在職中公務のため負傷し、又は疾病にかかり、その傷病に因り死亡した以上、その負傷し、又は疾病にかかつた地域又は傷病の種類にかかわらず、その公務員の遺族に対しては、公務扶助料を給している次第であるが、軍務に服していた期間中の負傷又は疾病に因り死亡した場合であつても、その負傷し、又は疾病にかかつたのが公務に起因していない以上、その遺族に対し公務扶助料を給することは困難である。

二 旧軍人の公務扶助料の基礎となる仮定俸給年額を全く文官と同額にし、公務扶助料年額の算出率を質問にあるようにすることは、国家財政の現状等にかんがみ困難である。

三 公務扶助料の扶養遺族加給の年額を質問にあるように増額することは、在職公務員の扶養手当の額との均衡上及び国家財政の現状からみて困難である。

四 生活保護法は、無差別平等に生活困窮者の最低生活を保障することを根本趣旨とし、且つ、保護は要保護者の最低生活費からその者の収入を差し引いた不足分を満たす程度において行われることとなつておるので、公務扶助料についてもこの法の趣旨原則を侵すことはできないが、制度の運用上、この趣旨原則を枉げない限度において考慮する方針である。

五 父母が婚姻した場合においても扶助料を受ける権利又は資格を失わしめないように改めることについては、父母以外の遺族が婚姻した場合には扶助料を受ける権利又は資格を失うこととなつているので、これらの者との均衡をも考慮し篤と検討を要するものと考えらる。

2 戦傷病者戦没者遺族等援護法の改正に関する事項

一 年金について

イ 遺族援護法による援護は、軍人に関する限り、軍人恩給復活までの暫定措置と考えて立法されているのであり、軍人恩給が復活した場合においては、これは、当然恩給法に移行すべきものである。従つて、公務の範囲についても、恩給法と同一の建前をとるべきであり、又国家公務員災害補償法等各種の社会保険制度における例との均衡も考慮されるべきであり、これが決定にあたつては、軍人軍属の勤務の態様を充分考慮のうえ、実情にそうようにいたしたいと考えている。

ロ 遺族援護法における援護は、戦争により傷いを受けた者又は戦没者遺族に対し、国家補償の精神に立脚して、これらの者を援護することを目的として立法されたものであるから、この法律による援護の対象となるべき者は、傷い者又は遺族であつて、生活保障を必要とするものに一応限定するのが妥当であろうと考える。従つて、一応労働能力を有するものと認められる六十才未満の父母に対しては、社会保険制度等との例をも考え合わせ、援護の対象から除外することとしたので、この年令制限を撤廃することは不適当であろうと考える。

ハ 遺族援護法による援護は、国家補償の精神に基いて定められているところであるが、その援護の目的とするところは、社会保障の見地に立つて戦傷病者又は戦没者遺族に対し生活保障を行わんとするものであるので、遺族が二以上の遺族年金を受ける権利を併せ有する場合においても、その一の遺族年金を支給することが妥当であろうと考えているが、なお、研究する。

ニ 戦没者の遺族に対しては、従来恩給法により遺族扶助料が支給されていたものであるが、恩給法の特例に関する件(昭和二十年勅令第六十八号)によつて支給が停止されるに至つたので、援護法は、軍人に関する限り、軍人恩給の復活までの暫定措置としてこれに代えて遺族年金を支給することになつているものであるから、恩給法(第八十条第一項第三号)の例により、再婚を失権事由といたしているが、恩給法における規定ともにらみあわせ、検討いたしたい。

ホ 現行の生活保護法の建前では、保護の基準を基にして算定したその世帯の必要最低生活費から、一切の収入を差し引いた差額が支給せられることになつているので、援護法の援護についても、この原則を破ることはできないが、制度の運用上、生活保護法の建前をくずさぬ限度において、援護法による援護を受けている者に対しては、特に最低生活費及び収入の認定について考慮がなされている。

ヘ 現行法においては、年金を受ける権利は譲渡し又は担保に供することができないこととなつているが、遺族の心情等をも考慮し年金を受けているものが生業資金等の融通を受けることが容易になされるよう国民金融公庫及び法律をもつて定める金融機関に対し担保に供しうる途を開くよう第十六回国会に法律改正案を提出しているところである。

二 弔慰金に関する事項

イ 昭和十六年十二月八日以前において傷病を受け、これにより死亡した者については、原則として、死亡者特別賜金が支給済であること等諸般の状況から考え合わせて、太平洋戦争中における傷病に基因した死亡者のみを対象とせざるを得ないのではないかと考えている。

ロ 遺族援護法による援護は、国家補償の精神に基き、戦傷病者又は戦没者遺族の生活保障を行うことを目的として定められたものであつて、これを遺族以外の者で事実上祭祀を行つているものにまで拡大することは、立法の本旨にかんがみかならずしも適当な措置とは考えない。

ハ 遺族国庫債券の換金措置については、生活保護法の適用を受けているものについて、昭和二十七年度二十億円、昭和二十八年度三十億円の予算をもつて買上償還を行つているところであるが、買上償還の対象を生活保護を受けていないものにも及ぼして、買上償還のわくを五十億円以上にすることは、弔慰金を国債をもつて交付した趣旨、遺族には本年度より公務扶助料が支給されること、国家財政の現状等から考え合わせ、困難である。

ニ 国債の買上げは、現在日本銀行本支店及び全国の郵便局において取り扱つているところであり、普通銀行において取り扱わなくても、遺族は全く不便は生じていないものである。

3 年金弔慰金の裁定促進に関する事項

遺族援護法による年金、弔慰金の裁定の進捗状況は、七月十一日現在において受付件数一、八六六、〇〇〇件、これに対する裁定済のものは一、七六二、〇〇〇件で、この比率は九四%になつているのであつて、特殊のものを除き大部分のものの処理が完了している。

なお、未裁定のものは、資料その他の不備のため、身分、死因等の判定が困難なものに限られているが、これについても適宜な方法を講じ処理を完了すべく鋭意努力している。

右答弁する。

衆議院の原文

この答弁書に出てくる定型句

お答えすることは困難 ×4

語の一致で数えたものです。答弁の評価ではありません。同じ型の答弁が過去にどれだけあるかは、型を押すと出ます。

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