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傷病恩給等の改善に関する質問

参議院 第76回 第13号

提出者
参議院
提出日
1975年10月27日
内閣転送 1975年10月29日
答弁書受領日
1975年11月4日
提出から8日
答弁の項目数
5
質問 534字/答弁 898字

質問本文

傷病恩給等の改善に関する質問主意書

一、増加恩給受給者死没後の公務扶助料は、受給原因たる当該疾病に起因して死亡した場合に限つて支給され、その他の場合には増加非公死扶助料が支給されるが、後者は前者に比べ低率であると聞いている。扶助を受ける者の生活難を考えると、死因のいかんにかかわらず、公務扶助料を支給することが必要だと思われるが、政府のご見解を伺いたい。

二、款症者の遺族には、受給原因たる当該疾病に起因して死亡した場合に限つて公務扶助料が支給され、その他の場合は全く支給されないと聞いている。遺族の生活扶助を考えて、後者の場合にも公務扶助料を支給する考えはないか。

三、傷病恩給の間差は、第一項症を百とすると第七項症は二十二となり開きがありすぎると思われる。その間差を縮めるべきではないか。

四、普通恩給受給権者の傷病年金は一五%減額されているが、何故か。もし減額する理由が七項症の受給額より第一款症の受給額が多くなるというためであれば、七項症の受給額を増やし、一五%減額措置は廃止することが妥当であると思うがどうか。もし右措置を実施する意思があるとすると、それはいつからか。又予算措置はどうなるか。

五、目症者に対して傷病年金を支給する意思はあるか。

右質問する。

参議院の原文・経過

政府答弁書

一、について

公務扶助料は、公務のため死亡した者の遺族に支給するものであるから、増加恩給受給者がその給付原因となつた傷病により死亡した場合には、その遺族に公務扶助料を支給している。したがつて、増加恩給受給者であつても、その者が公務傷病以外の傷病により死亡した場合についてまでその遺族に公務扶助料を支給することは適当でないと考える。

二、について

公務扶助料は、公務のため死亡した者の遺族に支給するものであるから、傷病年金受給者がその給付原因となつた傷病により死亡した場合には、その遺族に公務扶助料を支給している。したがつて、傷病年金受給者であつても、その者が公務傷病以外の傷病により死亡した場合についてまでその遺族に公務扶助料を支給することは適当でないと考える。

三、について

現行の間差率は、現在の傷病恩給の体系(増加恩給は特別項症から第七項症まで、傷病年金は第一款症から第四款症まで)が確立された昭和十三年の間差率を目安として、昭和四十年に決定したものである。その後、斯界の権威による傷病恩給症状等差調査会も、この間差率を前提として症状等差につき医学的な検討を行い、その報告に基づいて昭和四十四年に改善措置を講じたという経緯もあるので、これを変更することについては、慎重に検討すべきであると考える。

四、について

普通恩給を併給される者の傷病年金の年額を一五パーセント減額することとしているのは、増加恩給には必ず普通恩給が併給されるが、傷病年金には、その受給者が別途普通恩給を受ける権利を有していない限り普通恩給が併給されないという制度の仕組みを前提として、増加恩給受給者と傷病年金受給者との受給額のバランスを図るためにとられている措置である。

したがつて、この減額制を廃止すべきか否かについては、制度内部の均衡等を考慮し、慎重に検討すべきであると考える。

五、について

目症程度の軽度傷病者に対しては、戦前においても一時金のみで、年金は支給されていなかつたのであり、また、他の公的年金制度におけるこの程度の傷病者に対する処遇を勘案しても、これらの者に年金を支給することは適当でないと考える。

参議院の原文

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