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「砂川判決」と集団的自衛権についての政府見解に関する質問主意書

衆議院 第189回 第271号

提出者
民主党・無所属クラブ
提出日
2015年6月11日
内閣転送 2015年6月15日
答弁書受領日
2015年6月19日
提出から8日
答弁の項目数
3
質問 4,364字/答弁 2,538字

質問本文

安倍総理大臣は、二〇一四年四月八日の民放番組で、集団的自衛権をめぐり、一九五九年十二月十六日の最高裁判所大法廷判決(以下「砂川判決」)の解釈について「個別(的自衛権)も集団も入っている。両方にかかっているのが当然だ」<発言1>と述べ、判決が認めた「(国の)存立を全うするために必要な自衛のための措置」には集団的自衛権も含まれるとの見解を示した。

安倍総理はかつて以下のように発言している。「当時の岸総理大臣が、(略)外国まで出かけていってその国を守るという典型的な例は禁止をしているが、しかし集団的自衛権というのはそういうものだけではない、学説が一致をしているとは思わない、そこにはあいまいな点が残っているということを答弁しているわけであります。」(一九九九年四月一日、衆議院日米防衛協力のための指針に関する特別委員会)<発言2>。これは下記の質疑について述べていると考えられる。

<一九六〇年三月三十一日、参議院予算委員会>

〇国務大臣(岸信介君) 日本の憲法におきましては、これを外国に出て他国を、締約国であろうとも、その他国を防衛するということは憲法が禁止しておるところでございますから、私はその意味において(略)集団的な自衛権の最も典型的なものはこれは持たない。しかし、集団自衛権というものが、そういうものだけに限るのだ、その他のものは集団的自衛権に入らないというふうには、私が知っております限り、学説が一致しておるとも思わないのであります。(中略)そこにあいまいな点が残っておるわけであります。<答弁1>

〇国務大臣(岸信介君) しかし、他国に基地を貸して、そして自国のそれと協同して自国を守るというようなことは、当然従来集団的自衛権として解釈されている点でございまして、そういうものはもちろん日本として持っている、こう思っております。<答弁2>

しかし、続く野党委員の追及によって、岸元総理は事実上の答弁修正を迫られている。

〇秋山長造君 今度の条約の第六条で基地を貸しておるというのは、つまり今総理大臣のおっしゃるような集団的自衛権に基づいて貸していると、こういうふうに解釈していいのですか。

〇国務大臣(岸信介君) 法律的な問題ですから、法制局長官からお答えいたさせます。

〇政府委員(林修三君) (略)集団的自衛権という言葉についてはいろいろ幅のある解釈があるわけでありまして(略)たとえばアメリカが他国の武力侵略を受けた場合に、これに対して一定の基地等を提供する、あるいは経済的援助をするというようなことは、これを集団的自衛権という言葉で理解すれば、これは集団的自衛権の問題じゃないかと思うわけでございます。それから、いわゆる、日本を守るために日本が日本の独力で守れない、そういう場合に、アメリカ軍の駐在を求めて、日本が共同で守る。これはわれわれは実は個別的自衛権というもので説明できることと思っております。個別的自衛権の範囲と思います。<答弁3>(略)

〇秋山長造君 この条約の中で、日米双方の行動について取りきめられておるのですが、少なくとも日本側の一切の行動はこれは全部個別的自衛権による行動に限られておるわけですか。

〇国務大臣(岸信介君) その通りであります。<答弁4>(略)

〇国務大臣(岸信介君) (略)私どもが個別的自衛権で説明をいたしておるということは、何かこじつけというようにおっしゃいますが、そうは考えておらないのであります。<答弁5>

当時の状況と現在の政府の考え方については、安倍委員の質問に対する下記の答弁がある。

「その言葉に多様な理解の仕方が当時は見られたことを前提といたしまして、御指摘のような行為につきまして、そういうものを集団的自衛権という言葉で理解すれば、そういうものを私は日本の憲法は否定しているとは考えませんと述べたにとどまるものと考えております。現在では、集団的自衛権とは実力の行使に係る概念であるという考え方が一般に定着しているものと承知しております」(二〇〇四年一月二十六日、衆議院予算委員会、秋山内閣法制局長官)。<答弁5−2>

さらに砂川判決について政府は、下記のような答弁をしている。

「判決で言っておりますのは、自衛のための措置をとること、それから自衛権があること、そのことだけを判断をしているわけです。そのほかのことについては触れておりません。(略)あの場合にはアメリカの駐兵の問題が問題だったわけでございますので、その点以外のことについて、判決はそれ以上にわたって判断を下しておりません。」(一九六七年三月三十日参議院予算委員会、高辻正巳内閣法制局長官)<答弁6>

上記のように砂川判決は「憲法第九条は、我が国に対する武力攻撃が発生した場合における我が国が主権国として持つ固有の自衛権まで否定する趣旨のものではな」(内閣法制局作成『憲法関係答弁例集』一頁)いとしたものであり、「アメリカの駐兵の問題(略)以外のことについて、判決はそれ以上にわたって判断を下して」いない。「アメリカの駐兵」については集団的自衛権について「あいまいな点が残っておる」当時でさえ、集団的自衛権による説明を岸元総理や内閣法制局は否定した。従って砂川判決が認める「自衛権」に「集団的自衛権」が入るとは解釈できない。

上記のような問題意識で二〇一四年四月二十五日に辻元清美が提出した「『砂川判決』と集団的自衛権に関する質問主意書」について、政府は二〇一四年五月十三日に答弁書を閣議決定しているところであるが、二〇一五年六月十日の衆議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会において菅官房長官が「私たちは、最高裁、まさに憲法の番人は最高裁であるわけでありますから、その見解に基づいて、その中で、今回この法案を提出させていただいたところであります。」と答弁するなど、砂川判決に対する現在の政府見解がきわめて重要になっている。

以下、質問する。

一 安倍総理の<発言2>について。

1 一九六〇年三月三十一日の段階で、政府は集団的自衛権の解釈例として、「他国に行ってこれを守る」という「典型的なもの」をのぞき、「アメリカが他国の武力侵略を受けた場合に、これに対して一定の基地等を提供する、あるいは経済的援助をする」をあげている。当時、上記以外に政府が想定していた集団的自衛権の解釈例はあったか。

2 岸元総理は<答弁2>で「他国に行ってこれを守る」以外の集団的自衛権の解釈例として、「他国に基地を貸して、そして自国のそれと協同して自国を守る」ことをあげ、「日本として持っている」と述べた。しかし当該委員会で政府は、日米安保条約に基づく米軍基地の提供について<答弁3>で「日本を守るために日本が日本の独力で守れない、そういう場合に、アメリカ軍の駐在を求めて、日本が共同で守る。これはわれわれは実は個別的自衛権というもので説明できる」と答弁しており、岸元総理大臣も<答弁4、5>で追認している。これは「あいまいな点が残っておる」一九六〇年当時でさえ、例え「典型的なもの」以外の集団的自衛権の解釈例があった場合でも、その行使が不可能である政府見解を示した答弁である。現在も政府は同じ見解か。

3 <答弁6>によれば、砂川判決は「アメリカの駐兵の問題(略)以外のことについて、判決はそれ以上にわたって判断を下しておりません」としており、「アメリカの駐兵の問題」について岸元総理は「個別的自衛権で説明をいたしておる」と答弁している。したがって、<答弁6>における「自衛権」は「個別的自衛権」を指していると考えるが、政府の見解はいかがか。

4 そうであるならば、「あいまいな点が残っておる」一九六〇年当時でさえ、「砂川判決は、集団的自衛権の行使を認めたものではない」という政府見解をもっていたことで間違いないか。

5 これまで<答弁6>で示されてきた「砂川判決は、集団的自衛権の行使を認めたものではない」とする政府見解は、安倍政権でも変わらず受け継がれているか。変わったのであれば、なぜ、どのように変わったのかを示されたい。

6 政府はかつて、砂川判決において「集団的自衛権の行使を認めている」という判断がされたとする答弁をしたことがあるか。

7 現在の安倍政権は、砂川判決において「集団的自衛権の行使を認めている」という見解か。

8 砂川判決が「集団的自衛権の行使を認めている」と政府が解釈した場合、「集団的自衛権は保持しているが行使できない」とする従来の政府見解に、何らかの変更を加えることになるか。

二 砂川判決について。

1 「日本国民は(略)いわゆる戦力は保持しないけれども、これによって生ずるわが国の防衛力の不足は、これを憲法前文にいわゆる平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼することによって補ない、もってわれらの安全と生存を保持しようと決意した」とした砂川判決が、「わが国の防衛力の不足(を)……補(う)」軍事力として、日米安保条約による米軍の駐留を合憲とした根拠は、個別的自衛権か、集団的自衛権か、両方か。政府の見解を問う。

2 個別的自衛権ならば、<答弁3、4、5>との整合性がある。しかし集団的自衛権または両方ならば、<答弁3、4、5>との整合性がないのではないか。

3 個別的自衛権ならば、自衛隊は、合憲とされた「わが国防衛力の不足を補う」軍事力によって補われる防衛力であると解釈される(これをもって砂川判決が自衛隊の合憲性を間接的に示した、という議論があるが、政府は<答弁6>で否定している)。しかし集団的自衛権または両方ならば、自衛隊は「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」(自衛権発動の三要件)を発動要件としない、米軍の軍事力の不足を補う防衛力ということになり、「我が国を防衛するための必要最小限度の実力」を超えるため違憲となる。従って「砂川判決が集団的自衛権を認めた」という解釈を採用した場合、これまでの政府解釈に従えば自衛隊は違憲ということになるのではないか。

4 福島みずほ議員の質問主意書に対し、政府が閣議決定した答弁書(二〇一四年四月十八日答弁、内閣参質一八六第六七号)によれば、集団的自衛権の行使に当たって国連安全保障理事会に報告されたものは十四件である。このなかに日本のケースは入っていないが、日米安保条約に基づく基地提供や米軍の駐留については、日本は米国に対して集団的自衛権を行使したが報告しなかったのか。米国は日本に対して行使したが報告しなかったのか。

三 政府は、現在も<答弁5−2><答弁6>を維持しているのか。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一の1及び2について

お尋ねについては、先の答弁書(平成二十六年五月十三日内閣衆質一八六第一四八号。以下「前回答弁書」という。)一の2及び3についてでお答えしたとおりである。

一の3から8まで及び二の1から3までについて

いわゆる砂川事件は、昭和三十五年法律第百二号による改正前の日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法(昭和二十七年法律第百三十八号)の合憲性が争われた事案であり、昭和三十四年十二月十六日の砂川事件最高裁判所大法廷判決の結論は、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(昭和二十七年条約第六号)が一見極めて明白に違憲無効であるとはいえない以上、同法も違憲ではないというものである。

当該判決において、憲法第九条に「いわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているのであるが、しかしもちろんこれによりわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、(中略)わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のこと」であるという考え方が示されているが、これは、従来からの同条に関する政府の解釈の基盤にある基本的な考え方と軌を一にするものであると考えている。

「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」(平成二十六年七月一日閣議決定)でお示しした「武力の行使」の三要件(以下「新三要件」という。)は、その文言からすると国際関係において一切の実力の行使を禁じているかのように見える憲法第九条の下でも、例外的に自衛のための武力の行使が許される場合があるという昭和四十七年十月十四日に参議院決算委員会に対し政府が提出した資料「集団的自衛権と憲法との関係」で示された政府見解(以下「昭和四十七年の政府見解」という。)の基本的な論理を維持したものである。この昭和四十七年の政府見解においては、

(一)まず、「憲法は、第九条において、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているが、前文において「全世界の国民が・・・・平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認し、また、第一三条において「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、・・・・国政の上で、最大の尊重を必要とする」旨を定めていることからも、わが国がみずからの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らかであつて、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。」としている。この部分は、昭和三十四年十二月十六日の砂川事件最高裁判所大法廷判決の「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない。」という判示と軌を一にするものである。

(二)次に、「しかしながら、だからといつて、平和主義をその基本原則とする憲法が、右にいう自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであつて、それは、あくまで外国の武力攻撃によつて国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最少限度の範囲にとどまるべきものである。」として、このような場合に限って、例外的に自衛のための武力の行使が許されるという基本的な論理を示している。

(三)その上で、結論として、「そうだとすれば、わが憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであつて、したがつて、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。」として、(一)及び(二)の基本的な論理に当てはまる例外的な場合としては、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られるという見解が述べられている。

一方、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等により我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしてもその目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。新三要件は、こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、このような昭和四十七年の政府見解の(一)及び(二)の基本的な論理を維持し、この考え方を前提として、これに当てはまる例外的な場合として、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られるとしてきたこれまでの認識を改め、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合もこれに当てはまるとしたものである。すなわち、国際法上集団的自衛権の行使として認められる他国を防衛するための武力の行使それ自体を認めるものではなく、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として、一部、限定された場合において他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とする武力の行使を認めるにとどまるものである。したがって、これまでの政府の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性は保たれている。

新三要件の下で認められる武力の行使のうち、国際法上は集団的自衛権として違法性が阻却されるものは、他国を防衛するための武力の行使ではなく、あくまでも我が国を防衛するためのやむを得ない必要最小限度の自衛の措置にとどまるものである。

二の4について

お尋ねについては、前回答弁書三の4についてでお答えしたとおりである。

三について

御指摘の答弁において示された見解に変わりはない。

衆議院の原文

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