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石木ダム水没予定地川原地区に川棚海軍工廠が疎開していたことに関する質問主意書

衆議院 第201回 第62号

提出者
無所属
提出日
2020年2月17日
内閣転送 2020年2月25日
答弁書受領日
2020年2月28日
提出から11日
答弁の項目数
1
質問 1,029字/答弁 426字

質問本文

長崎県と佐世保市が建設を進めている石木ダムが建設される川棚町には戦時中、佐世保海軍工廠の分工場から格上げされた川棚海軍工廠が設置されておりました。

その川棚海軍工廠は当初、大村湾沿いの下百津地区にありましたが、昭和十九年初めに空襲被害を逃れるために石木以東の山間部に地下壕や半地下壕を掘って、工場疎開をしました。

川棚町の資料などによると疎開した軍需工場のトンネルは二十本以上あり、十七本が現在、確認されています。

また、昭和六十一年発行の「川棚歴史散歩」に、トンネル内に両陛下の御真影が奉安された奉安殿が遺っており、全国に遺っている五か所の奉安殿で地下の奉安殿はここ石木だけだとの記載があります。

そして、石木ダムの建設により水没する予定の川原地区にも半地下式工場跡のコンクリート側壁が八か所残っております。

このような疎開して地下に設けられた軍需工場は戦争末期、敗戦が濃厚な中で戦争を継続し続けていく経過を後世に伝える貴重な遺構であると考えます。

川原地区の住民は戦時中、この川棚海軍工廠が疎開してくることにより、土地を接収されました。戦後、戻ってきた土地を開墾して農地を作り、生活を営んできましたが、今度は、石木ダムの建設により、再び土地を奪われようとしています。先祖伝来の土地を一世紀経たない間に二度も奪われることになるのは耐え難いと感じます。

以下、政府の見解を伺います。

一 石木ダムによって水没する川原地区に川棚海軍工廠が疎開してきたことは事実でしょうか。また、この時、海軍が川原地区の住民の土地を接収したことを政府は把握していますか。

二 川原地区の住民は戦後海軍に接収された土地が戻ってきて、開墾し直し農地や住居にして暮らしてきました。その土地を、今回、石木ダムの建設により、再び奪われようとしています。このように一世紀も経たない間に二度も土地を奪われることになる住民がいることについて政府としてどのように考えているのか所見を伺います。

三 川棚海軍工廠跡は、地下奉安殿跡を含む大規模な戦時遺構であるところから、戦争の記憶が薄れつつある今日にあっては、貴重な遺構として、国の責任で保存し後世に遺す必要があると考えますがいかがでしょうか。

四 石木ダムで水没する川原地区には工場跡のコンクリート側壁が遺っています。この側壁を含めて川棚海軍工廠跡を戦争の遺構として小中学校の教育に活用したらいかがでしょうか。政府の所見を伺います。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一から四までについて

川棚海軍工廠について、防衛省防衛研究所において、同工廠に関連する可能性がある旧海軍の史料を確認したところ、同工廠の一部は長崎県東彼杵郡川棚町川原地区に疎開していたとみられるが、現時点において、当該疎開の際に同地区住民の土地が接収されたことは確認できていない。他方、同町からは、同町発行の「川棚の歴史遺産戦時遺構めぐり」において戦時遺構とされている「川棚海軍工廠跡」(以下「川棚海軍工廠跡」という。)は、石木ダム建設事業の用に供する土地には所在していないと聞いている。

いずれにせよ、同事業については、治水及び利水の観点から必要であることや地元自治体等からの要望を踏まえ、二級河川川棚川水系川棚川の河川管理者である同県及び水道事業者である同県佐世保市が実施している事業であると承知している。また、川棚海軍工廠跡の保存や小学校及び中学校の教育における活用については、同町及び同町教育委員会において適切に検討されるべきものと考えている。

衆議院の原文

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