ことばで探す › 衆議院 第71回
成田パイプラインの安全対策に関する質問主意書
衆議院 第71回 第20号
質問本文
衆議院議長 前尾繁三郎 殿
成田パイプラインの安全対策に関する質問主意書
石油パイプライン事業法に基づく石油パイプライン技術基準が、近く告示されるとのことであるが、本来、基準はその内容が現場において徹底されなければ、存在意義がないといえよう。
そこで、石油パイプライン事業法施行以来、工事が進行した唯一最初の具体例である新東京国際空港公団(以下「空港公団」という。)による千葉―成田間航空燃料輸送パイプライン(以下「当該パイプライン」という。)の千葉市内における実情にかんがみつつ、石油パイプライン事業法に関係する一切の法令の効力を問う次第である。
一 石油パイプライン事業の事業用施設の工事の計画、検査等に関する省令について
空港公団は、昭和四十七年十二月二十六日以降、同四十八年七月にかけて、千葉市内において当該パイプライン埋設工事を行つたが、
1 右記省令に基づく工事計画認可申請書は本年九月一日現在提出されているのか。
2 右記申請書が提出されているとすれば、工事計画認可はされているのか。
3 右記認可がなされていないとすれば、前記工事で埋設されたものは、石油パイプライン事業法第二条第二項でいう石油パイプラインに該当しないと思うがどうか。
4 空港公団が工事計画認可申請をしていない場合、石油パイプライン事業法施行規則に基づく事業許可申請をしながら、工事計画認可申請をせずに工事を実施したことになる。これは、政府関係機関による法手続無視ではないか。
5 空港公団による前記工事は、いかなる予算措置に基づいてなされたのか。法手続無視を伴う事業に対して、国家予算を支出する法的な根拠を述べられたい。
6 今後、空港公団が前記工事で埋設したものを、石油パイプライン事業法に基づく石油パイプラインとして使用するべく工事計画認可申請を行つた場合、昭和四十八年七月現在、埋設工事が完了している部分について工事計画認可はなされるのか。
7 右記認可がなされるとすれば、石油パイプライン埋設工事は、工事開始後一年近く経過しても工事計画認可は必要でないということになり、前記省令は有名無実となると思うがどうか。
二 空港公団による千葉市新港、同幸町における当該パイプライン埋設工事に関し、昭和四十八年九月七日の千葉日報によれば、埋戻し砂として二・六キロメートルにわたり、不良砂が使われたという。この報道が事実とすれば、右記工事の施工管理体制に重大な遺漏があつたと判断されるが、真偽の程を明らかにされたい。
三 昭和四十八年二月九日、千葉市四街道町における当該パイプライン埋設工事で死者が発生した。空港公団の現場工事管理体制を全うするならば、わずか二メートル位の深さの溝を掘つた位でこのような事故は起りえないものである。しかるに事故が発生した以上、空港公団の現場工事管理体制に重大な遺漏があつたのではないか。事故の再発を防ぐためにも原因を正確に究明する必要があると思われるので、本件事故の発生・処理にかかわる一切の報告(労働基準法に基づく死傷病報告等も含む。)をされたい。
四 当該パイプライン埋設工事に関係して、千葉地方裁判所昭和四十七年(ヨ)第一四九号、新東京国際空港航空機給油施設埋設工事中止仮処分命令申請事件が発生し、昭和四十七年七月三十一日の民事部決定において、「……この点被申請人や千葉市当局がとつた不安解消の方法は充分でない憾みがある。……ともあれ、被申請人空港公団、千葉市等関係当局には、かかる住民感情を考慮し、関係住民との協議を重ね、その納得を可及的に得るよう慎重な配慮をすることが望まれる次第である。」とされたことにより、空港公団今井栄文総裁は、同四十七年八月十九日付文書をもつて、関係住民、千葉市当局と三者で会談を行うことを約束している。
1 右記三者会談は実行されたのか。
2 空港公団は、三者会談の約束を実行すべくいかなる努力をしたのか。
3 右記三者会談の約束をしながら、当該パイプライン埋設工事中止を訴える関係住民の請願を無視し、かつ、工事を強行した空港公団の態度は、石油パイプライン事業法案の附帯決議、あるいは審議の際の田中※(注)榮国務大臣(当時)等の「関係住民と十分に話合う」という政府見解にかなつているのか、いないのか。ここでいう関係住民の請願の中には、昭和四十八年三月十二日付一万五百二十七名の千葉県議会請願も含まれる。
4 前項の政府見解は、関係住民に直接被害が及ぶ現場において、「住民無視・工事強行」に変身したといえよう。政府はかような行政指導を行つているのか。
5 三者会談の約束を穏やかに尊守せず、関係住民を無視しながら工事を強行する権原は何か。
6 三者会談を開くように政府は行政指導する意思があるか。
五 前項の仮処分命令申請事件の際、空港公団は、補充答弁書(昭和四十七年七月十一日)で、「債権者ら(註、関係住民)は、想定し得る地震に関係なく天地の終りのような状況下でもパイプラインだけは安全でなくてはならないように云つているが、その時は、地上のあらゆるものは破壊されてしまい、かかる状況下でパイプラインのみ残つても意味がないと云える。」という主張を行つているが、住民側の仮処分命令申請書、債務者の主張に対する反論、債務者の反論に対する反論、のいずれにも空港公団が指摘するような主張及び表現は見当たらない。住民側は、このあとの議論(準備書面二)で、空港公団が主張もせず、反論もせず、答弁もしない項目を数十点にわたり冷静に指摘しているが、これに比べて、前述の空港公団の主張は、住民の主張にない点をことさらにねつ造した感情的な議論といえよう。
1 政府は、右記のような空港公団の態度が、石油パイプライン事業を営むものとして、石油パイプライン事業法の立法の精神に合致すると認めるか否か。
2 空港公団が右記のような態度をとるように政府は行政指導を行つていたのか。
六 昭和四十七年七月三日、地方自治法第七十五条第一項に基づく事務監査請求が、千葉市民から千葉市監査委員会になされ、その監査結果(48千市監第14号)が、同年五月十五日、請求代表者に対して通知された。これは、千葉市長の当該パイプラインに対する道路占用許可が、安全性を十分確認せず住民を無視しているという主張に対してなされたものであるが、これによると、「住民に対し、なんらかの方法を講じその概要について知らしめることは必要であろう。」との判断が記述されている。この「住民に知らしめる」ということは、第六十八回国会における石油パイプライン事業法審議の際、田中国務大臣(当時)のされた答弁や、同法成立に際してなされた国会の附帯決議の「住民による理解と協力」の内容からは、著しく離反したものと思うがどうか。
七 空港公団が当該パイプラインについて、千葉市民に配布したチラシ(昭和四十六年九月付)三枚の一枚目は、「タンクローリーよりパイプラインは安全だ」という主旨のものであるが、これに対して友納千葉県知事は当時の県議会で、「このような表現は適切でなく、とくにパイプラインが認められないとタンクローリーで運ばなきやならないという個所は、読みようによつては非常におどかし的である。」と答弁している。また第六十八回国会での石油パイプライン事業法案審議の際、田中国務大臣(当時)は、「タンクローリーよりは安全ということでは問題にならない」旨の言明をされている。
1 とするならば、空港公団が発行したチラシは政府並びに地方自治体の方針に従わないものであつたことになるが、政府は当時このような指導をしていたのか。
2 また前記チラシの一枚には「世界でも初めての自記式地震計を設け、……」なる太字の記述があるが、現代において自記式でない地震計をさがすのは困難と思われる。これは無知な住民を欺くものと思われるがどうか。この地震計の実体を説明されたい。
3 このチラシはいまだに訂正されていないが、その理由を説明されたい。
右質問する。
政府答弁書
一について
(1)から(7)まで 新東京国際空港公団(以下「公団」という。)の本格パイプラインについては、石油パイプライン事業法施行前からその工事は継続して行われており、また、公団は新東京国際空港公団法(以下「公団法」という。)第二十四条に基づく業務方法書に基づき運輸大臣の承認を受けた新東京国際空港公団航空機給油施設の建設及び管理規程に従つて、安全性の確保を十分考慮してその工事を進めてきたところである。
石油パイプライン事業法の適用については、同法による技術基準の詳細が未定であつたので、工事計画の認可の申請が行われていないが、当該技術基準の細目の告示後早急に所定の手続を講ずることとなつている。
なお、公団予算については、公団法第二十六条に基づき運輸大臣が認可を行つている。
二について
昭和四十八年九月十日自主的に現地調査を実施したが、報道のごとき事実は発見できなかつた旨の報告を公団より受けている。
三について
公団より報告を受けたところによると、公団は事故発生後直ちに職員を派遣し調査を行い、工事は公団の仕様書どおり行われていたこと及び公団の工事監督者は、平常どおり監督を行つていたことを確認しているとのことである。
今後このような事故が起きないよう、更に工事の監督に意を注がせる所存である。
なお、公団の報告書及び労働基準監督署に対する報告書は別添のとおりである。
四について
(1)から(6)まで 諸般の事情から御質問の三者による会談の実施に至つていないが、昭和四十八年七月十八日運輸政務次官と沿線住民との話合いを行う等政府としても本格パイプラインの敷設について地元住民の理解と協力を得られるよう努力しているところである。
また、今後も公団が地元住民との話合いを積極的に行い、地元住民の理解と協力を得られるよう努めることについて十分指導していく方針である。
五について
(1)及び(2) 石油パイプライン事業者として、公団が石油パイプライン事業法を遵守し、安全確保に万全を期すよう、今後も監督指導を厳にしていく考えである。
六について
千葉市監査委員の監査結果における「住民に対し、なんらかの方法を講じその概要について知らしめることは必要であろう。」との記述は、住民に対し説明会等を通じ、パイプラインについての理解と協力を得る必要があるとの趣旨と推測される。
七について
(1)から(3)まで 航空燃料輸送手段の安全性の周知方については、誤解を招くことのないよう指導してまいりたい。
なお、公団がパイプラインの保安装置の一環として設置する自記式地震計が震度四程度の地震をキャッチすると、パイプライン制御室に警報が発せられると同時に制御装置が作動し、送油用圧送機の停止、緊急遮断弁の閉止が行われる機構となつている。
右答弁する。
(別添一)
死 亡 事 故 調 査 報 告 書
昭和四八年二月八日
工 事 名
給油施設二の六工事
元請事業所名
日本鋼管KK
千葉県印旛郡四街道町物井一四〇六 ― 六
TEL〇四七二 ― 八三 ― 九九〇五
現場代理人
手 塚 光 広
第一次下請
日本鋼管工事KK
現場代理人
西 山 正 剛
第二次下請
戸田建設KK
現場代理人
田 中 裕
第三次下請
万代土木KK
神奈川県川崎市菅三五五六
代表取締役
山 崎 政 二
現場代理人
首 藤 博
事故発生場所
千葉県印旛郡四街道町大日
(東関道自動車道下り線側、側道部、県道上志津線と大日一一号線の間)
工 事 内 容
推進工事その二附近の配管工事
事故発生日時及び死亡時
昭和四八年二月七日
一六時三〇分頃発生
死亡時 同 日
一八時二八分(病院)
死 亡 者
阿 部 勝 雄
(昭和一三年一二月一四日生、三四歳)
本 籍
秋田県由利郡大内町小栗山字落合一
遺 族
妻……としえ、長男……勝、次男……久
職 種
万代土木KK所属 土工
災害種別、死亡原因 「管工事」土砂崩壊災害……心臓圧迫
労働災害補償保険 加入者、日本鋼管工事KK 一二一〇一八〇〇六七一―〇〇二 千葉労働基準監督署扱
事故の概要
二月七日一六時三〇分頃、日本鋼管KK施工の、給油施設二の六工事、四街道地区掘削現場で、下請の万代土木KK所属、土工、阿部勝雄外三名は、現場監督首藤博の指揮の下に、掘削現場(掘削巾二メートル、高さ二・三メートル、長さ二〇メートル)に給油管二本吊り卸し後、山留作業の為、作業員畠山は、掘削溝北端地上で作業員工藤は、同溝南端地上で矢板(厚四ミリメートル、巾三〇三ミリメートル、長さ三メートル、重量四〇・八キログラム)をおさえ、作業員阿部、佐々木は工藤の足下溝底でサポートの釘つけ作業に掛つていたところ、突然、畠山の足下の地盤が崩れ落ち、佐々木は西側に逃げ難を避けたが、阿部は東側に脱出の際、再度溝北端地表の土砂(約一立方メートル)が、崩壊し阿部は腰部迄埋り、かつ溝底の給油管に上半身をはさまれ受傷した。直ちに、救急車で四街道町中島病院に運び加療中一八時二八分頃心臓圧迫の為、死亡した。
事故の経過
一、二月六日、ユンボにて巾約四メートル、深さ約二メートル余の掘削をした。
(ユンボは終了後事故地点から西側二五メートル附近においた。)
二、二月七日、八時少し前から佐々木ら四名は作業についた。佐々木は世話役で、作業者は佐々木、畠山、工藤、阿部である。
作業は先ず、小型ダンプで運んで来た砂を溝底に二〇センチメートルの厚さに敷きならすことで一二時頃終了した。
(首藤現場監督は二〇メートル西方の現場で作業をしていた。)
午後は一時三〇分頃より作業開始、鋼管の溶接作業を三時頃終了した。鋼管二本の吊下し作業は三時三〇分頃から始めて四時頃終了した。
続いて土留作業になるが、当初留てあつた矢板は、管吊卸しの際一旦外してあつたので、再びパイプサポートで土留をする為、畠山は北側地表で矢板をおさえ、南側地表では工藤が矢板をおさえ、溝内で阿部、佐々木がサポートの釘付け作業をしていた時、一六時三〇頃突然畠山の足下地表が崩れ落ち、畠山は咄嵯に逃げ、溝内にいた佐々木は西側へ逃げ無事であつたが、阿部は東側に三メートル位逃げた際、北側上層土砂(約一立方メートル)が崩壊し、腰部下半身が、埋り、且つ鋼管にはさまれ受傷した。(腰部を打撲したとみられる)
直ちに阿部を救出し救急車で四街道町中島病院に運び加療したが、一八時二八分頃容態悪化し死亡した。
死因は心臓圧迫症である。
その他の事項
一、万代土木KKは、日本鋼管KK所属下請業者であり、今回の工事は戸田建設の下請として作業していた。
二、被災者の阿部勝雄は、万代土木KKに土工として昭和四六年一二月〜昭和四七年三月迄勤務した。
昭和四七年八月一日再入社し現在に至つている。
三、被災者の郷里(秋田県)には、妻・としえ、長男・勝、次男・久の二児がある。
四、労災保険は、日本鋼管工事KKで、千葉労基署に加入済である。
(注) 事業所設置届は、佐原労基署、現場設置届は、東金労基署、行政管轄は千葉労基署。
五、遺体は一先づ、佐倉市の妙隆寺に安置し、二月八日午後仮葬儀を執行する。
パイプライン建設実施本部工事第二班
班 長 山 本 仲 雄
(別添二)
災害発生状況及び原因
パイプ吊卸し作業後掘削深二・四メートル巾三・〇メートルの中で軽量鋼板による山留作業中、巾一・五メートルにわたつて土砂崩れが起り逃げる途中背後よりの崩壊土砂によりうつ伏せに倒れ約一立方メートルの土砂で既に吊り卸し済みの鋼管(φ三五〇m/m)との間に腰まで埋つた。直ちに掘り出し救急車にて中島病院に一六時五八分収容し、医師の手当を受けたが同日一八時二〇分心臓圧迫全身打撲による心臓衰弱で死亡した。
報告書作成者職氏名 島 田 正 法
年 月 日
川崎市多摩区菅三五五六番地
万代土木株式会社
事業者職氏名 代表取締役 山 崎 政 二
労 働 基 準 監 督 署 長 殿
-->
似た質問主意書
件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。