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「占領余りに長し」といらだつ日本人対策に関する質問主意書

衆議院 第9回 第169号

提出者
衆議院
提出日
1950年12月2日
内閣転送 1950年12月3日
答弁書受領日
1950年12月9日
提出から7日
答弁の項目数
0
質問 1,138字/答弁 303字

質問本文

衆議院議長 ※(注)原喜重※(注) 殿

「占領余りに長し」といらだつ日本人対策に関する質問主意書

一 ポツダム宣言第十條には「われ等は、日本人を民族として、奴隷化せんとし、又は国民として滅亡せしめんとするの意図を有するものに非ざるも……中略……日本国政府は、日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障碍を除去すべし、言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立せらる可し。」とあり、又第十二條には、「前記諸目的が達成せられ、且つ、日本国国民の自由に表明せる意思に従い、平和的傾向を有し、且つ、責任ある政府が樹立せらるるにおいては、連合国の占領軍は直ちに日本国より撤收せらるべし。」とありますが、われわれはこの條文をこそ唯一の頼みとして占領下に忍従してきたのにもかかわらず、占領長期にわたり、講和の声は政府強圧、あるいは海の向うのアメリカの論調によつて、全面講和への途へではなく單独、全面講和と音どをとられている。従つて日本国の政治、経済はアメリカ化し、労資の利害相反し、政府の労働対策として民同労組を育成するといえども、そのおとなしい民同労組も、ついには合法的実力行使をうんぬんし、国会内の大臣室前に坐り込み、国鉄の大宮工場も又、險惡にして世情穏やかでない様を呈し、米軍に対する犯罪は激増し、関係官庁で一たんけん疑を抱けば日本人の法的保護さえなく、追放、投獄となり、日米親交に憂うべき後日の相を呈す、これらは皆「占領余りに長し。」といらだつ日本人の国と民族を思う至情より発するのではなかろうか。よつてこれらの人民に対する政府の対策と見透し如何。

二 マツカーサー元帥は「日本人は余の責任下における捕虜のごとし。」という。日本人が捕虜だとして、捕虜にも世界人権宣言の保証はあるのか、首相の見解如何。

三 世界人権宣言は、世界のどこで、どの人種が適用を受けているか。又占領下と世界人権宣言と日本人との関係を明らかにしてもらいたい。

四 日本が降伏を甘受した動きはいろいろあろうが、原子爆彈を日本人に見舞われ、民族を滅亡させたくない気持の強かつたことを認めるか。現在、朝鮮で日本人を軍事目的に使用する言強く、又原爆使用を考慮するとうんぬんする米国大統領あり、これでは朝鮮作戰の作戰基地になつている日本に、原爆が投下される危險が増大する。(大橋法務総裁の防空答弁を見よ。)戰争を放棄した日本が占領を口実に、自ら戰争の渦中にまき込まれる。これに対するあせりは再び言うが、「占領余りに長し。」といらだつ人々の犯罪をます。原爆投下の可能性ある軍隊の撤收と占領によつて、いらいらしないように民心平靜への対策を講ずべきであると思うが、政府の対策を示せ。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一 講和の遅延は、国際情勢によるものである。民主主義諸国が講和促進のため努力していることは、周知のとおりである。

二 日本は占領下にあるが、日本人は捕虜ではない。

三 世界人権宣言は、国際連合第三回総会で採択されたが、国際連合加盟国中ソヴイエト連邦その他の共産主義国だけは、表決の際棄権してこの宣言に参加していない。日本は、もとよりこれに参加していないが、その精神はわが憲法にも十分とり入れられている。

四 日本が降伏した動機については、答弁の限りでない。その他質問の前提として述べているところは、所見を異にするが、民心を平靜にするためには、国内の治安を確保することが最も大切であると考える。

右答弁する。

衆議院の原文

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件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。

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