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国鉄長野駅前の国有財産に関する質問主意書

衆議院 第96回 第25号お答えすることは困難 ×1

提出者
衆議院
提出日
1982年8月19日
内閣転送 1982年8月21日
答弁書受領日
1982年9月10日
提出から22日
答弁の項目数
3
質問 825字/答弁 594字

質問本文

衆議院議長 福田 一 殿

国鉄長野駅前の国有財産に関する質問主意書

国鉄長野駅周辺の近代化と整備を目的とした「長野大通り建設計画」が昭和四十年八月、「長野市駅前区画整理事業」が昭和四十三年二月にそれぞれ策定され、長野市が中心となつて事業が進められてきた。

ところが、この区画整理事業に関する市川勘一氏(計画策定当時長野市議会副議長)所有の土地をめぐり、さまざまな疑惑が取りざたされており、その中の一つとして、元総理庁が長野市に道路敷地として無償貸与しているという土地が、隣接する民有地との境界が不明確なため、登記簿上の面積より大幅に少なくなつていた疑いが濃厚となつている。

現在、区画整理事業を進めるうえで、隣接する民有地に対する補償問題をきつかけとして、長野市議会や長野県議会も調査をするなど、真相究明は緊急の課題である。

従つて、次の事項について質問する。

一 国が長野市に貸与したとされる長野市大字鶴賀字高畑八二三ノ一〇、長野市道南千歳通りと駅前広場に接する総理庁名義の土地五百十九・九平方メートルは、いつ、どのような理由、条件で貸与したものであるのか。

二 市川氏所有地(同市高畑八二三ノ一)は、公簿上八百四十七・九九平方メートルであるが、昭和四十三年に区画整理事業のため長野市が実施した実測では、四十七パーセント増の千二百四十八平方メートルとされており、隣接する総理庁名義の土地を、市川氏が食い込んで使用していた疑いが持たれている。

そうだとすれば、管理不徹底のため国有地が減つたことになる。このことについて、政府の見解を明らかにするとともに、総理庁名義の土地の所在を明らかにされたい。

三 総理庁名義の土地について財産上の管理権を持つ長野県は、これまで市川氏所有の土地との間に境界を確認することを行わず、管理上の責任を十分果たしてこなかつたことが明らかとなつているが、国有財産の管理について、国の監督責任を明らかにされたい。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一について

長野市から事情を聴取したところ、御指摘の長野市大字鶴賀字高畑八二三番の一〇の土地(以下「本件土地」という。)は、昭和二十二年長野市道末広鐘鋳川線の拡幅のため長野市が買収し、旧道路法上当該市道が国の営造物とされていたことから総理庁名義で登記されたとのことである。

本件土地は、道路法施行法第五条第一項の規定に基づき、昭和二十七年十二月五日現行道路法施行の際、長野市に無償で貸し付けられたとみなされるものである。

二について

長野県及び長野市から事情を聴取したところ、市川氏が本件土地を不法に使用していたという確証は得られなかつた。

なお、本件土地については、現在土地区画整理事業が施行されており、現地においては位置の確認は非常に困難であるが、公共施設の用に供されていた国の土地であるので、土地区画整理法第百五条第一項の規定に基づき、同事業の換地処分により、代替道路の用地が国に帰属することとなる。

三について

長野県及び長野市から事情を聴取したところ、本件土地は、長野市が道路敷地とするために買収し、管理を行つてきたところから、本件土地と市川氏所有の土地との境界の確認は、本件土地について貸付けを受け、実態を承知している長野市が行つたものである。

なお、今後は、国有財産の境界の確認を行う場合の手続については、関係機関と十分な連絡調整を図るよう指導してまいりたい。

右答弁する。

衆議院の原文

この答弁書に出てくる定型句

お答えすることは困難 ×1

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