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国学院大学附属高等学校の土地取得に関する質問主意書

衆議院 第48回 第15号

提出者
衆議院
提出日
1965年5月25日
内閣転送 1965年5月26日
答弁書受領日
1965年6月1日
提出から7日
答弁の項目数
0
質問 908字/答弁 471字

質問本文

衆議院議長 ※(注)田 中 殿

国学院大学附属高等学校の土地取得に関する質問主意書

一 昨年七月下旬国学院大学附属高等学校は、長野県北佐久郡軽井沢町の中軽井沢 ― 追分間において山林一千坪程度(単価坪当たり四千円より五千円まで)の土地購入のあつ旋を、軽井沢町軽井沢駅前の市村不動産会社社長市村一二三氏に依頼した経緯がある。

二 よつて市村一二三氏は、中軽井沢 ― 追分間の国道第十八号線北側の山林一千五百九十四坪について地主側と折衝し、坪当たり三千一百五十円の約束を取りつけ、国学院大学附属高等学校にこれをあつ旋し、土地登記謄本その他関係書類を同校に送付したところ、同校においては、この資料をヤミ不動産屋に渡して、登記の手続を準備させ一方、直接地主と接触し、二月二十五日登記を完了したことが判明した。

三 不動産の取引については、民法第百三十条および同法第六百五十一条の規定により、公認された業者に依頼した場合には正当な商行為として所定の手数料を双方の当事者からそれぞれ支払うこととなつており、地主側は市村氏に対して所定の手数料を支払つた事実がある。

四 しかるに学校側は手数料を節約する目的のためか、信義を無視して他のヤミ不動産屋に依頼して登記を完了したことは、教育を担当する責任者の行為として誠に恥ずべき行為と言わなければならない。

五 加うるに当初依頼を受けた正規の不動産業者が、土地を物色した上値段の約束を地主側との間にすませ、かつ当該土地の登記謄本その他の関係書類を学校側に送付しほとんど売買契約の準備を完了しており、従つて所定の手数料を学校側に請求する権利あるものと判断し、数回にわたつて、これを学校当局に請求した由であるが学校側はこれに対してなんらの回答も行なわず今日まで握りつぶしの態度に出ている由である。

六 社会正義を質すべき立場にある教育関係者が、かくのごとき態度に終始することは誠に憾嘆すべき事柄と言わねばならない。

ついては、この際学校側について調整を行なうとともに、社会正義を言う上においても民法所定の義務を果たすよう関係当局より強い勧告を行ない、その結果を御回答願いたい。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

国学院大学附属高等学校側の陳述によれば、当該土地の購入あつ旋を市村不動産会社社長市村一二三氏に正式に依頼した事実はないと述べている。

国学院大学附属高等学校の山の家(寮)の建設予定地の物色について、学校法人国学院大学の校舎等の建築を一〇年来請負つている大成建設株式会社に依頼していたところ、同株式会社の社員で軽井沢出身の軽部政一郎氏が、大成建設株式会社と関係ある第一建設株式会社に働いていた地主である土屋登喜治氏にそのことを話し、土地売買の話しがまとまり、土地売買の契約は、大成建設株式会社の軽部政一郎氏と第一建設株式会社の社長が立会人となり、学校法人国学院大学が直接に土屋登喜治氏と契約(二月一〇日に八一二坪売買契約成立し、四月一〇日登記完了。)したものであり、市村氏が良い土地があるといつて右の土地の登記簿謄本等を送付してきたことは事実であるが、右の契約とは関係ないと述べている。

本件については、以上のような学校法人国学院大学側の陳述であり、現在のところ学校法人国学院大学に対し本件に関して勧告等をすることは考えていない。

右答弁する。

衆議院の原文

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