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在沖縄米軍基地に係わる沖縄県民の抗議、要請、意見書等に関する質問

参議院 第113回 第21号

提出者
参議院
提出日
1988年12月27日
内閣転送 1988年12月28日
答弁書受領日
1989年1月31日
提出から35日
答弁の項目数
0
質問 732字/答弁 399字

質問本文

在沖縄米軍基地に係わる沖縄県民の抗議、要請、意見書等に関する質問主意書

先に、私が九月十三日付けの質問主意書で質したように、昭和六十三年中の沖縄における米軍の演習はことの外激しく行われた。その結果、県民に多大な不安と実害を及ぼしたことは、周知のとおりである。今や、百二十万県民の、激しい怒りと不安の声は、「沖縄は、戦場ではない」「沖縄県民は、米軍演習の標的ではない。一切の米軍の演習は直ちにやめて軍事基地を撤去せよ」との世論の声となつて拡がつている。しかるに政府は、その際の答弁(内閣参質一一三第八号)において、「沖縄における米軍演習に関し、必ずしもその全貌を把握するものではない」とか、米軍は、日米安保条約の目的達成のために「必要な訓練を実施しているものである」とか、どこの国の政府かわからないようなよそよそしく、形式的な答弁をしているに過ぎない。

他方、政府は「演習を含む米軍の諸活動が地域住民に及ぼす影響を、最小限にすることが重要である」と言つているが、住民地域に小銃弾が何発も飛んで来るような状況も最小限の影響なのかと憤りをもつて反問せざるを得ない。そこで、沖縄県民が「日米安保の目的達成のため」という抽象的な大義名分のために、いかに多くの犠牲を日常的に払つているかということを明らかにするために、以下の質問をする。

昭和六十二年及び六十三年中に沖縄県民の側から政府各機関に対して行われた、在沖縄米軍基地に係わる抗議、要請、意見書等について、文書、口頭を問わず、もれなくその件名、年月日、提出者を明らかにされたい。また、政府はそれらの抗議等に対してどのように対処したのか、かつ、それらの抗議等の重さについてどのように認識しているのか伺いたい。

右質問する。

参議院の原文・経過

政府答弁書

一 昭和六十二年及び六十三年において、政府関係機関のうち、沖縄開発庁本庁、防衛施設庁本庁及び外務本省が、沖縄に駐留する米軍に関連して、国会議員、沖縄県議会、関係市町村議会等から直接的に受けた要請、意見等は、別紙のとおりである。

二 政府としては、かねてより、我が国における米軍の円滑な駐留を確保するためには、地域住民の理解と協力が得られることが重要であると考えており、特に在沖米軍の諸活動に係る地元関係者、関係機関等からの要請、意見等については、前項のものを含めこれを真摯に受け止め、必要に応じ、米側との接触も含め適切に対処してきたところである。

別紙 1/15

別紙 2/15

別紙 3/15

別紙 4/15

別紙 5/15

別紙 6/15

別紙 7/15

別紙 8/15

別紙 9/15

別紙 10/15

別紙 11/15

別紙 12/15

別紙 13/15

別紙 14/15

別紙 15/15

参議院の原文

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