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沖縄県における米軍の油送パイプラインの撤去等に関する質問

参議院 第80回 第12号

提出者
参議院
提出日
1977年3月24日
内閣転送 1977年3月26日
答弁書受領日
1977年4月8日
提出から15日
答弁の項目数
5
質問 808字/答弁 841字

質問本文

沖繩県における米軍の油送パイプラインの撤去等に関する質問主意書

沖繩県における油送パイプラインは、那覇市や浦添市など住宅密集地を串刺しにする形で延々と敷設されているばかりでなく、小学校の校庭にまで敷設されていて、極めて危険であり、消防法上も違法性がある。現にパイプの損傷、腐食等に起因すると思われる油漏出事故が続出したことは周知の通りである。したがつて、これらのパイプラインは、早急に全面撤去すべきものと考える。

そこで、以下の諸点につき政府の考えを伺いたい。

一 政府は、昭和五十一年七月十八日に行われた第十六回日米安保協議委員会において、パイプラインの撤去等について、米国との間で合意をしたと聞いているが、その内容(場所・区間・名称等)を具体的に示されたい。また、合意事項について政府としてはいつまでに完了する考えであるか。

二 パイプライン撤去等に関する昭和五十二年度予算額及びその使途の内訳を詳細に示された。

三 宜野湾・那覇間を通るパイプラインの撤去は、住民の生命・身体・財産の安全を確保する上から特に急を要するが、いつまでに撤去するつもりであるか、その時期を明示されたい。

四 沖繩市立北美小学校校庭を通つているパイプラインは、児童生徒の生命・身体の安全を図るため早急に撤去されるべきであるが、いつまでに調査し、またいつまでに撤去するのか、その時期を明示されたい。

五 前述の第十六回日米安保協議委員会以来八か月以上が経過しているが、合意事項について、いかなる進展をしているのか示されたい。

六 横浜市の米軍基地においては、昭和五十一年十二月二日の日米合同委員会において政府が米軍と話し合い、米軍基地内の貯油所について立入調査を認められているとのことである。沖繩県においても、住民の安全を図るため同様の米軍基地内立入調査を認められるべきものと考えるが、政府にその意志があるかどうか伺いたい。

右質問する。

参議院の原文・経過

政府答弁書

一及び五について

昭和五十一年七月八日開催された第十六回安全保障協議委員会において、沖繩の陸軍貯油施設のうち、那覇市、宜野湾市間の大部分及び北谷村・具志川市間の送油管区域の大部分については、移設措置とその実施に係る合意の成立後に、また、嘉手納町・読谷村間の大部分については、移設を要せずに、それぞれ返還されることが了承された。

政府としては、現在、この計画に基づき米側との間で具体的な返還の範囲、移設の条件等所要の調整を行つているところであり、できるだけ早期に返還が実現されるよう努力しているところである。

二について

陸軍貯油施設等の移設工事に係る昭和五十二年度予算要求額及び移設の内容は、次のとおりである。

図 表

三について

政府としては、移設に関する対米調整及び今後の予算措置等の関係もあり、現段階において、これを明らかにすることはできないが、対米調整を極力促進し、関係地方公共団体等の協力を得て、できるだけ早期に当該送油管区域の返還を実現する方針で移設工事を進めてまいる所存である。

四について

昭和五十二年度において、当該送油管の移設工事を実施する予定である。

六について

昭和五十一年十二月二日の合同委員会における合意は、米軍鶴見貯油施設について、米軍が公共の安全に妥当な考慮を払う見地から、安全検査、安全対策、安全確保体制等の措置をとることとし、それらの措置の実施に当たつて、日本側関係当局の職員が参加すること等の措置を含め、日本側関係当局の適切な援助を受ける用意がある旨を明らかにしたものである。

また、米軍鶴見貯油施設についての措置は、直ちに沖繩その他の貯油施設に適用されるものではない。

しかしながら、現在進めている鶴見貯油施設の安全対策等の作業を通じて、貯油施設一般についての安全対策等に係る我が国の関係法令についての米側の理解が従来に比し格段に深まり、それが鶴見貯油施設以外の米軍貯油施設についての米側の安全対策等についても反映されることが十分期待される。

参議院の原文

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