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米軍のパイプラインに関する質問主意書

衆議院 第114回 第8号お答えすることは困難 ×1

提出者
衆議院
提出日
1989年2月14日
内閣転送 1989年2月15日
答弁書受領日
1989年3月7日
提出から21日
答弁の項目数
7
質問 1,354字/答弁 1,080字

質問本文

衆議院議長 原 健三郎 殿

米軍のパイプラインに関する質問主意書

一月三十一日の米軍キャンプ瑞慶覧のパイプライン(送油管)からのジェット燃料大量流出事故は、大惨事になりかねない危険をはらみ、地域住民はもとより県民に大きな不安と恐怖を与え、あらためてパイプライン事故の恐ろしさを感じさせた。事故は、今までもたびたび起きており、従来から指摘してきたとおり今回の事故は起こるべくして起きた事故である。従って、抜本的にはパイプラインの全面撤去以外にはないが、当面、事故再発防止の立場から次の諸事項について質問する。

一 これまでの事故件数とその概要及び日本側の被害額を示せ。

二 今回の事故原因及び米軍の対応について。

三 現在のパイプラインの敷設場所(フェンス内外)とそれぞれの長さ、及び米軍予算で敷設したパイプラインと日本政府の予算で敷設したパイプラインの場所と長さ、時期を示せ。

四 米軍は、昭和四十九年沖縄に設置しているパイプラインを総点検した。その結果、五〇%以上腐食した箇所五ヵ所、四九%〜三五%が五十四ヵ所、三五%以下が四百四十四ヵ所という報告がなされ、昭和五十年に五〇%以上腐食した五ヵ所については取り替えを行ったとされているが事実か。また、昭和四十九年の調査から現在まですでに十五年も経過しており、当時以上に腐食は進んでいると思われるが、米軍及び政府は腐食度を承知しているのか。現時点の腐食度、埋設の深さ、通行車両の重量等の関係で安全性は確保されているのか。腐食度五〇%以上の場所を明らかにするとともに早急に改修を要求すべきだと思うがどうか。

五 米軍のパイプラインの管理のずさんさについては、昭和五十六年十月十五日外務委員会で私が指摘してきた。当時の防衛施設庁施設部連絡調整官は、「パイプラインの安全について非常に関心を持ち、機会あるごとに米軍に安全確保するよう申し入れている」と答弁しているが、今まで、どのような方法でどのように申入れをしたのか。また、外務省淺尾北米局長は、「合同委員会本体に上げる」と答弁しているが、この問題を合同委員会でどういう論議をしたのか。

六 パイプラインは、市街地を通過し、周辺には数多くの住宅、小学校等が所在しているが、フェンス外のパイプラインには我が国の消防法の適用があるのか。消防法の適用がないのであれば消防法にかわるべき米側の法律があるのか。あるならその内容を示し、我が国の法律との相違点を明らかにせよ。

七 パイプライン事故が起きた際、日本政府の予算で敷設した場合と米軍予算で敷設した場合で責任者は異なるのか。それともすべての事故は米軍が責任を負うのか。日本政府に責任があるとするなら具体的にどのような責任を有するのか。条約上、法律上の根拠を示せ。

八 宜野湾市、浦添市間の約四、六〇〇メートル(バルブボックス二〇〜二八)のパイプラインは、米軍は使用しておらず、しかも住宅過密地域を縦貫し、敷地部分は市民の日常生活、児童生徒の通学路として常時使用され、道路中央にはバルブボックスがあるため見通しが悪く、交通事故等が頻発しており、極めて危険な状況にある。安全確保上も早急に返還せしめるべきだと思うがどうか。その見通しと時期について明らかにせよ。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一について

沖縄における米軍送油管の油漏れ事故件数等は、別表のとおりである。

二について

事故原因については、現在米軍が調査中であると承知している。

米軍は、事故発生後、直ちにバルブを閉鎖し、流出燃料の回収を行い、埋設送油管を掘り出して点検修理を行っていると承知している。

三について

送油管の敷設場所及び延長は、具志川市から沖縄市及び中頭郡北谷町を経て中頭郡嘉手納町までの間約十九キロメートル(このうち、陸軍貯油施設(貯油施設地区)、嘉手納弾薬庫地区及び嘉手納飛行場内に敷設されている部分は約十五キロメートル)及び浦添市から宜野湾市及び中頭郡北谷町を経て中頭郡嘉手納町までの間約十八キロメートル(このうち、普天間飛行場、キャンプ瑞慶覧、キャンプ桑江及び嘉手納飛行場内に敷設されている部分は約十一キロメートル)である。

米軍が敷設した送油管は、具志川市、沖縄市、中頭郡北谷町、宜野湾市及び浦添市に所在し、延長は約十三キロメートル、敷設の時期は昭和二十年代後半から昭和五十六年までの間と承知している。

また、政府が敷設した送油管は、具志川市、沖縄市、中頭郡嘉手納町及び中頭郡北谷町に所在し、延長は約二十四キロメートル、敷設の時期は昭和五十一年から昭和六十三年までの間である。

四及び五について

米軍は、昭和四十九年に実施した調査に基づき、送油管の修復工事を行うなど、送油管の維持管理については、所要の措置を講じてきているものと承知している。

政府としては、施設及び区域の周辺住民の安全の確保を図るため、送油管の移設等を行ってきているほか、米側との不断の接触を通じ、又は日米合同委員会において、安全確保のための所要の措置を講ずるよう必要に応じ米側に申入れを行ってきているところである。

六について

御質問の送油管の米軍による設置又は管理については、我が国の消防法の適用はないが、米軍は、右法律を十分尊重しつつ、当該送油管の管理等を行っているものと承知している。

七について

御質問の送油管に関連した事故が生じた場合の責任の所在については、個々具体的な事例に即して判断されるべきものであり、一般的に述べることは困難である。

八について

御質問の宜野湾市と浦添市問の送油管は、米軍が緊急時に使用するため保持しているものと承知しているが、地元の要望も踏まえ、その返還に関し、現在米側と調整を行っているところである。

別表

沖縄における米軍送油管の油漏れ事故一覧表(昭和四十七年五月十五日以降)

(注)賠償金額は個人のプライバシーにかかわることであり、公表は差し控えたい。

衆議院の原文

この答弁書に出てくる定型句

お答えすることは困難 ×1

語の一致で数えたものです。答弁の評価ではありません。同じ型の答弁が過去にどれだけあるかは、型を押すと出ます。

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