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文部省の私立大学に対する経営指導等に関する質問

参議院 第114回 第15号

提出者
参議院
提出日
1989年5月24日
内閣転送 1989年5月24日
答弁書受領日
1989年5月30日
提出から6日
答弁の項目数
4
質問 3,159字/答弁 610字

質問本文

文部省の私立大学に対する経営指導等に関する質問主意書

私立学校(特に私立大学)が、国公立の教育施設とは別個の教育理念に基づき、独自の建学精神と自律的な教育システムによって、ユニークな人材を育成し、社会に多大な貢献をしてきたことは論を待たないところである。しかし、その一方、最近の教育経費の高騰に伴なって、私立学校は、学校経営に相当額の国庫助成を受けざるを得なくなっていることも、一般の認める所である。後者の観点に立たずとも、学校経営についてその当事者は、私心からする営利の観念を持って行動することは、社会的に許されないし、まして国民の血税を助成金として受けている以上は経営内容に関して、一点の疑問もないクリアーな状況を、常に公示できるものでなければならないであろう。ところが先年ジャーナリズムをにぎわしたように、往々にして、莫大な国庫助成を受けていながら、他方で大学経営を私物化し、経理・経営の乱脈を来し教育機関たる本分を逸脱して、私利の追求に走る例(九産大のごとき)が跡を断たないのは、誠に遺憾である。

今また、ここに取り上げるのは、創立百年を超える我が国有数のキリスト教系の大学で、多くの人材を世に送り出した明治学院大学が、近来示している現理事長を中心とする一部の理事者達の大学の私物化、経理・財政の乱脈、学部・学科の新・増設を巡る政・官界との癒着問題である。同大学は神の名によって建てられた学院を標榜し、多数の学生が在学しているだけに、軽々に看過することができないのは当然であろう。

学院経理の不正・乱脈は、最高学府としての社会の信頼を裏切るものであるのみならず、国民の血税をもって経営の相当部分を支えられている現状からすれば、許され難い存在である。このような状況に対してなお、文部当局は、私学への干渉、との批判を恐れるあまり、適切な指導を控え、事態のより悪化するままに放任するのであろうか。

昭和六十三年十二月上旬より翌年二月中旬にかけて、明治学院構内の掲示番及び同「学院広報」一七四号において、元教授村上一男に対し現学長森井真が、「遺憾の意」を表わす広告を行っていた。これは「東京地方裁判所昭和六二年(ワ)第九四九二号謝罪広告請求事件」にかかわるものである。法律専門家の意見によると、この広告の用語は、明らかに森井学長の謝罪行為を意味するものである。しかし学内一般の教職員の感想としては、この公示が何を意味するのか全く理解できない、とする者が多かったのも事実であった。

確かに現学長がこのような公示をするのは、異例のことである。これは、学長が一片の目立たない、しかも局外者に理解し難い広告を出して、事足れりとする問題ではなくて、その背後に高等教育の機関として許され難い、重大な疑惑が介在しているのである。

そこで、この疑惑に関して文部省は、どの程度まで把握し、そしてこれを徹底的に調査して、同大学を正常化するための用意があるのかどうかについて、以下、質問する。

一 明治学院は昭和六十年八月九日に、東グラウンド売却のための入札を行った。この際に当時の平出学院長がとった不可解な行動についての疑惑が、雑誌「創」昭和六十一年六、九、十、十一月号及び「財界展望」六十一年九月号で伝えられたため、理事会は、急拠調査委員会を発足させ、真相の究明に乗り出した。約二ケ月後、その報告書が理事会に提出されたが、その内容は調査の被当事者たる学院長と一部の理事達の強い要請に押されて、学院評議員会の席上で朗読されたにとどまり、報告書の原文そのものは、学院本部の金庫に蔵匿されたまま今日に至っている。この報告書の公表は、同大学を正常化するため、重要な意味を持っていると思われる。

よって、以下の点につき、政府の考えを明らかにされたい。

(一) 調査委員会の報告書を提出させ、その内容を明らかにする用意があるか。

(二) 同報告書が議題となった第百二十四臨時評議員会の記録の提出を要求する用意があるか。

(三) 当時の理事長が辞任し、学院長が理事長を兼務するに至った経過を調査する意思があるか。

二 国際学部新設にさいしての文部当局への働きかけ等の問題について

昭和六十一年四月に明治学院大学は、国際学部を新設した。この学部新設のプロジェクトを推進するに当たって学院長は、当時の私設秘書立見不可止氏に、同氏がコネを持っている政・官界の有力者に工作するように指示し、資金として二千数百万円用意していると述べた。

立見氏は学院存亡の危機と考え、学院長の指示に従って、中央の政・官界地元自治体等に工作、約七百万円の金を使った、と言っている。

その後、前述の入札を巡って、学院長と彼の私設秘書は敵対関係に入ったが、その間の事情は、学院長と西武不動産の代理人として動いている立見秘書が密談しているカセット・テープとこれを文章化したドキュメントによって知ることができる。つまり学院長は、この密談の中で立見秘書へ確約した西武不動産への落札を突然、長谷川工務店へ変更して立見秘書を裏切り、同秘書の対西武の立場を非常に悪くしたのである。

また立見秘書は私設秘書として無給で動いていたのであるが、彼は東グラウンド入札において、思惑どおり西武不動産との契約がまとまれば、西武側の代理人として規定に従った周旋料(?億円)を受け取り、それによってこれまで自腹を切ってきた、政・官界への運動費と学院長に個人的に散々融通させられてきた遊興費などを、充分にカヴァーできて、お釣りがくる積もりであった所を、総て知らん顔をされた結果、同秘書は窮地に立たされ、面目は丸ツブレになったということである。

文部省は、立見秘書による、中央の政・官界地元自治体等への工作の事実及び東グラウンド入札を巡る学院長と同秘書の不明朗な関係を把握しているのか。また、把握していないとするならば、早急に調査し、その事実関係を明らかにすべきと思うが、どうか。

三 明治学院は、平成元年五月四日をもって、アメリカ合衆国テネシー州に在留邦人の子弟のために、現地高校を開設することを決めている。この計画は、昨年の上半期に発足し、ろくろく内部でのコンセンサスも経ずに、平出理事長により、決定された経緯がある。土地、建物、施設の入手が先行し、年末には派遣する教職員の人事が決まり、今年に入って早々に、生徒募集、入試、合格者決定という慌ただしさであった。二十名の学校側スタッフに対して、追加募集まで行って入校と決まった生徒は、わずか二十四名という惨憺たる有様であった。厳重な秘密のうちに土地・不動産の入手を急いだ裏に、平出理事長について従来とかくのうわさのあったものが、今回もまた見え隠れするのである。

がしかし、理事長のスキャンダルはともかくとして、明治学院テネシー高校の惨状を見て、先日、職員組合が理事長に対し、経営上から当然予想される赤字の処理について、見解を求める団交を開いた。席上、開校中止についての再検討の可能性は如何との質問に対し、理事長はテネシー高校は別法人であって、学校法人明治学院とは当面の運営資金を貸し付けた関係にあり、どういう事態であろうとも職員組合の関知すべき問題ではない、と言い切り、更に再考を求めたのに対し、取り合おうとしなかった。この事件は、国が私学振興財団を通じて行っている私学助成と、国庫からの私学への融資(施設拡充のための)について、重大な問題点をはらんでいる。帝京大学が行った外部機関である生涯教育振興財団への莫大な寄付が、非常に大きい社会的批判を呼んだことは、記憶に新しい。明治学院のケースは、見ようによってはそれ以上に問題があると思うが、どうか。

右質問する。

参議院の原文・経過

政府答弁書

一の(一)及び(二)について

調査委員会の報告書については、学校法人が理事会、評議員会の決定により、外部には公表しない取扱いとしたと聞いており、また、評議員会の議事録は、当該会議の議事内容を記録するために学校法人の責任において作成されているものであり、私学の自主性を尊重する趣旨からそれらの提出を求めることは差し控えたい。

なお、昭和六十年の土地(東グラウンド)の売却については、調査委員会で調査した結果、不正の事実は認められなかったと聞いている。

一の(三)について

前理事長は、昭和六十二年六月一日の理事・評議員の改選の際に、一身上の都合によりその再任を辞退したものと聞いている。

なお、理事長代行に平出宣道学院長が就任したのは、理事会において理事長不在の際の代行者として、あらかじめ同氏を指名していたためであると聞いている。

二について

国際学部新設に際して学院長が御指摘のような指示をした事実はないと聞いている。なお、同学部の新設については、当時の大学設置審議会及び私立大学審議会による審査を経て、昭和六十年十二月に両審議会からの答申を受けて認可したものである。

また、土地(東グラウンド)の売却については、調査委員会で調査した結果、不正の事実は認められなかったと聞いている。

三について

学校法人が海外に教育施設を設置することは、法令等の定めに違反しない限り基本的には学校法人の判断によるところであると考える。

参議院の原文

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