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日本人外交官殺害事件の事実関係等に関する質問主意書
参議院 第159回 第20号お答えすることは困難 ×1承知していない ×10
質問本文
昨年十一月二十九日にイラクにおいて発生した日本人外交官殺害事件をめぐっては、米軍による当初の情報が後日覆されたことに象徴されるように、事件発生直後より情報が錯綜した影響もあり、依然として詳細な事実関係が明らかにならない状況にある。
事件発生第一報のすぐ後には川口外務大臣を本部長とする緊急対策本部が外務省に設置されたが、被害車両の日本への移送に三か月以上を費やし、また、ティクリート市内の病院に搬送され救命措置を受けた後に死亡したと報道された奥大使の死亡時刻すら、五か月以上を経た現在に至るまで特定しておらず、さらには、国会における答弁内容も二転三転する等、小泉総理や川口外務大臣ほか関係者より繰り返される「真相究明に全力を尽くす」との発言とは全く裏腹の状況に陥っている。
こうした背景の中、国会からの再三にわたる要請もあり、去る五月十二日になってようやく「イラクにおける外務省職員殺害事件(事件の状況・経緯等)」と題する報告書(以下「外務省報告書」という。)が外務省より公表されたが、我が国警察による調査や大使館員による現地調査にかかわる内容を除けば、一か月程度で把握・公表が可能な内容であり、外務省本省及び現地大使館の情報収集能力・分析能力の欠如が露呈する結果となっている。
このことは犯人特定や真相究明の障害となるだけでなく、真相究明に対する政府の消極姿勢が「外交官を殺害されても黙って見逃す国」という印象を生み、更なるテロを誘発しないか、大いに危惧される。
以上のような背景の中、犯人特定と真相究明を図るための最低限の前提として、事件発生前後の事実関係に関する情報をより正確に収集・分析・整理しておく必要がある。
そこで、以下の各事項について質問する。
一 事件発生当日・翌日の両外交官の出張予定表について
1 具体的な記載内容を明らかにされたい。
2 バグダッドの大使館とティクリートの会場の間は直行・直帰の予定だったか。会議への出席前後に、モスルやティクリート周辺等、他の場所を経由する予定はなかったか。経由する予定があった場合は、具体的にはいつ、どこを経由する予定だったか。
二 事件関連箇所の所在地等について
事件に関連する以下の各所の住所、位置関係、1から5の各所間の運行距離及び通常の所要時間を正確に明らかにされたい。
1 会議会場(ティクリート内におけるおおむねの位置関係を含む。)
2 事件現場(ティクリートからの距離及び位置関係を含む。)
3 事件を担当した現地警察署(名称及び事件現場からの距離・位置関係を含む。)
4 米軍第四歩兵師団管轄オマハ駐屯地
5 被害者が搬送された病院(正式名称及びティクリート内におけるおおむねの位置関係を含む。)
6 デジタルカメラに写真が残されていたバラド中心部の「レストラン、果物店」(バグダッドの日本大使館及び午前十一時過ぎに撮影が行われた「バグダッド郊外」の地点各々までのおおむねの運行距離を含む。)
三 事件発生当日・翌日の事実関係について
事件発生当日・翌日の事実関係にかかわる以下の時刻について、現時点で把握・推定している時刻(正確な時刻が判明していない場合はおおむねの時刻・時間帯、他の出来事(以下に記載のないものも含む。)との前後関係等)を明らかにされたい。
1 現地住民がパスポートを持ち出した時刻
2 現地地区長が事件発生の連絡を受けた時刻
3 現地地区長がパスポートを受け取った時刻
4 現地警察の現場への到着時刻
5 現地警察による被害車両の回収時刻
6 現地警察による被害者の病院への搬送(到着)時刻
7 奥大使、井ノ上書記官、イラク人運転手ジョルジース運転手各々の死亡(推定)時刻
8 現地警察から米軍への通報時刻
9 米軍による記者発表の時刻(複数回行われた場合は各々について)
10 イラク民間防衛隊の現場への到着時刻
11 米軍による被害車両の回収時刻
12 米軍による遺留品の回収時刻(複数回行われた場合は各々について)
13 大使館が最初に現地警察署に連絡を取った時刻
14 大使館が最初にティクリート総合病院に連絡を取った時刻
15 米軍による被害車両からのナンバープレートの回収時刻
16 米軍から「道路脇に停車し飲食物を購入中に襲撃された」との情報が伝えられた時刻
四 両外交官の飲食・購入状況について
「外務省報告書」によれば「レストラン、果物店に立ち寄った」とされているが、そこでの飲食状況・購入状況についての調査結果を具体的に明らかにされたい。
五 両外交官のパスポートについて
事件発生時に、両外交官は自身のパスポートを具体的にどこに各々所持・保管していたか。
六 地区長について
「外務省報告書」に記載のある「地区長」「地域の族長」はすべて同一人物か。また、その地区長から回収された遺留品がパスポート以外にもある場合は具体的にすべて明らかにされたい。
七 米軍に第一報を伝えた地区長の対応について
1 いつ、だれから、どこで、どのような通信手段により事件発生の知らせを聞いたか。
2 ディジュラ警察署のある建物内から米軍に連絡を取るために利用可能な通信手段は何か、具体的にすべて列挙されたい。
3 電話等の通信手段によらず、米軍第四歩兵師団管轄オマハ駐屯地に直接出頭して、事件の発生を伝えたのはなぜか。また地区長は何時まで同駐屯地に滞在していたか。
4 第一報を米軍に口頭で伝えた際、発生現場の所在地、被害者・被害車両の特徴、現地警察の対応状況等、どのような内容の情報を伝えたか、具体的にすべて列挙されたい。
5 パスポートを持ち出し地区長に渡したのはだれか。また、地区長はいつどこでパスポートを受け取ったか。他の遺留品についても同時に受け取ったか。
6 「外務省報告書」によると「地区長メモ」に「二名の日本人は外交官である」と記載したとされているが、何を根拠にそれを判断し記載したか。また、その根拠を「地区長メモ」に具体的に記載しなかった理由は何か。
7 「地区長メモ」と同時にイラク市民防衛隊に被害者の身分証明書を渡さなかった理由は何か。
八 現場検分について
現地警察が被害車両を移動した際、現場の検分は済んでいたか。済んでいなかった場合、検分終了前に被害車両を移動した理由は何か。
九 米軍の対応について
1 事件直後の十一月三十日付け共同通信の報道によれば、事件発生時に米軍の車列が事件現場近辺を通り過ぎたことが目撃されているが、米軍車両の搭乗者は事件発生や犯行車両の存在に気が付いたか。気が付いた場合は、他の部隊や現地警察への通報等、どのような対応をしたか、具体的に明らかにされたい。気が付かなかった場合は、見通しが良いと伝えられている事件現場でなぜ気が付かなかったと考えられるか。
2 米軍が被害車両を回収した際、現地警察による車両の検分は済んでいたか。済んでいなかった場合、検分終了を待たずに米軍が被害車両を回収した理由は何か。
3 午後五時半ごろに入手したとされる被害車両の車両登録書には何が記載されていたか、具体的にすべて列挙されたい。また、その車両登録書について、現地大使館にはいつどのような内容が伝えられたか、具体的に明らかにされたい。
4 米軍がナンバープレートを被害車両から発見した際、具体的には車内のどの部分に保管されていたか。また、なぜ発見までに時間を要したか。
十 事件発生直後の現地警察の対応について
1 事件発生直後に、現地警察から現場に駆け付けた人数・車両台数を明らかにされたい。
2 前1項の内、病院への被害者の搬送に充てられた人数・車両台数を明らかにされたい。
3 現場到着後、被害車両を搬送するまでの間に、警察官が全員現場から離れた時間はあったか。あった場合は何時から何時までの何分間か。
十一 「外務省報告書」の検証について
五月十九日の参議院イラク人道復興支援活動等及び武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会において、川口外務大臣が「外務省報告書」の内容について、大臣自身から見ても不合理・不自然な部分が見られるとの趣旨の見解や、イラク国内の特殊事情により調査してもどうしても分からないこともあるとの趣旨の見解、現地大使館が置かれている状況から調査に困難が伴うとの趣旨の見解を表明している。
1 「外務省報告書」記載内容について
(一) 外務大臣が不合理あるいは不自然と判断している部分について、そのように判断した理由、それを初めて認識した時期、これまでの調査状況(時期・内容等)、更なる調査の必要性の有無とその理由、今後の調査方針や日程も含めて、具体的にすべて列挙されたい。
(二) 現時点で正確な事実関係が確認できず、また今後更に調査をしても確認が不可能であると判断し調査を終了している事項について、確認が不可能な事情や理由も含めて、具体的にすべて列挙されたい。
(三) 現時点で正確な事実関係が確認できず、今後更に調査を継続すべきと判断している事項について、今後の調査方針や日程も含めて、具体的にすべて列挙されたい。
(四) 五月十二日の公表時点までに、国会での答弁や国会議員に対する説明、マスコミ等への公表等により報告・説明してこなかったことや、報告・説明の内容・方法が不適切であったと考えられる事項がある場合は、その事情や理由も含めて、具体的にすべて列挙されたい。
2 「外務省報告書」記載以外の内容について
(一) 真相究明のために本来明らかにする必要性があると判断している事項について、そう判断する理由も含めて、具体的にすべて列挙されたい。
(二) (一)項のうち、今後更に調査をしても確認が不可能であると判断し調査を終了している事項について、現時点で把握されている内容、確認が不可能な事情や理由も含めて、具体的にすべて列挙されたい。
(三) (一)項のうち、今後更に調査を継続すべきと判断している事項について、現時点で確認・把握されている内容、今後の調査方針や日程も含めて、具体的にすべて列挙されたい。
(四) (一)項のうち、現時点までに調査が終了しているものの、「外務省報告書」に記載がなされなかった事項について、確認・把握されている内容、記載しなかった事情や理由も含めて、具体的にすべて列挙されたい。
十二 真相究明に向けた今後の調査の取組について
外務省による調査がおおむね終了し「外務省報告書」が作成・公表されたこともあり、外務省本省や現地大使館の調査能力を補うためにも、第三者から構成される独立した調査機関を設置すべきではないか。設置すべきではない、設置する必要性がないと外務大臣が判断される場合は、その理由について具体的に明らかにされたい。
右質問する。
政府答弁書
一の1について
奥大使については、イラクでの勤務自体が長期出張であったため、ティクリートへの出張決裁書は存在しないが、今般の事件が発生した現地時間二千三年十一月二十九日及び三十日の在イラク日本国大使館(以下「大使館」という。)関係者が確認している奥大使の出張予定は、同月二十九日バグダッド発(陸路)、同日ティクリート着、同月三十日ティクリート発(陸路)、同日バグダッド経由(陸路)アンマン着(空路)である。
井ノ上書記官の同月二十九日及び三十日の出張予定は、出張決裁書に「十一月二十九日バグダッド発(陸路) 十一月二十九日ティクリート着 十一月三十日ティクリート発(陸路) 十一月三十日エルビール着」と記載されている。
一の2について
奥大使については、直行・直帰の予定であった。奥大使は、二千三年十一月三十日にバグダッドへ戻って同日アンマンへ、同年十二月二日にアンマンからダマスカスへ、同月三日にダマスカスからカミシリへ、同日カミシリからイラク・トルコ国境のシロッピ(イラク側はザホー)を経由してモスルへ移動し、同月四日にモスルからティクリート及びサーマッラーを経由してバグダッドへ戻る予定であった。
井ノ上書記官については、会議の後、同年十一月三十日にティクリートからエルビールへ、同年十二月一日にエルビールからモスルへ、同月二日にモスルからドホークへ、同月三日にドホークからモスルへ、同月四日にモスルからスレイマニアへ移動し、同月五日にスレイマニアからバグダッドへ戻る予定であった。
二について
「国際機関/NGO復興会議」の開催されたティクリート宮殿は、ティクリートの中心付近から北郊外へ直線距離で約十二キロメートルの所に位置している。
事件の発生現場は、ティクリートから南へ国道一号線沿いに約三十キロメートル、サーマッラーから北へ国道一号線沿いに約十五キロメートルの地点付近である。
事件を担当した現地警察署はディジュラ警察署であり、事件の発生現場から北へ国道一号線沿いに約四キロメートルの所に位置している。
現地アメリカ合衆国軍隊(以下「現地合衆国軍隊」という。)第四歩兵師団管轄のオマハ駐屯地(以下「オマハ駐屯地」という。)は、事件の発生現場から北へ国道一号線沿いに約二十五キロメートルの所に位置している。
奥大使、井ノ上書記官及びジョルジース運転手の三名が、事件後に搬送された病院はティクリート総合病院であり、事件の発生現場から北へ国道一号線沿いに約三十五キロメートルの所に位置している。
バラド中心部に位置するレストランと果物店は、事件の発生現場から南東へ国道一号線沿いに約六十五キロメートルの地点の近傍に位置している。大使館からお尋ねの「バグダッド郊外」の地点までは複数の経路があり、事件に遭遇した館用車が、どのような経路を走行したかは現時点で明らかでないが、「バグダッド郊外」の地点からバラドまでは、約八十五キロメートルである。
お尋ねの各所の住所は、承知していない。
お尋ねの通常の所要時間については、交通事情等によるので、確定的にお答えすることは困難である。
三の1から3まで及び7について
お尋ねの時刻については、本年五月十二日に外務省が公表した「イラクにおける外務省職員殺害事件(事件の状況・経緯等)」(以下「外務省報告」という。)Ⅱ.事件の経緯に掲載している前後関係のとおりで、それ以上のことは特定できていない。
三の4について
ディジュラ警察署によれば、二千三年十一月二十九日午後一時三十分ごろに通報を受け、警察官複数が現場に出動し、その際、警察官の招集などにしばらく時間が掛かったとしている。しかし、現場到着時刻については、現時点で特定できていない。
三の5について
ディジュラ警察署によれば、被害車両は、警察官がエンジンをかけて自走させ、ディジュラ警察署に搬送したが、現時点でその正確な時刻は特定できていないとしている。
三の6について
ディジュラ警察署によれば、警察官が乗ってきた旧式のいわゆるピックアップに、三名の被害者を乗せ、これを警察官が運転し、ティクリート総合病院に搬送したが、現場を出発した時には、事件の発生後一時間以上の時間が経っていたと思われるとしている。被害者を搬送したとされる旧式のピックアップでは、搬送に三十分から一時間程度は掛かった可能性があるが、三名の被害者がティクリート総合病院に運び込まれた時刻は、現時点で必ずしも特定できていない。
なお、ティクリート総合病院の医師によれば、被害者が病院へ搬送された正確な時刻についての記録はなく、正確に記憶していないとしているが、「勤務時間(午後一時まで)が終わってから夕方までの時間」に被害者が病院に搬送されてきたとしている。
三の8について
現地合衆国軍隊第四歩兵師団第二百九十九工兵大隊(以下「大隊」という。)によれば、二千三年十一月二十九日午後三時四十五分ごろ、ディジュラ警察署のある建物内に執務室がある地区長が、オマハ駐屯地に出頭し、「日本人らしき外国人」が襲撃されたとの事件の第一報を口頭で伝えたとしている。
三の9について
大隊によれば、二千三年十一月二十九日午後二時からの定例記者会見では、今般の事件に報道官は言及しておらず、今般の事件に言及したのは同日夜以降であったとしているが、その正確な時刻は承知していない。
三の10について
大隊によれば、二千三年十一月二十九日午後四時ごろ、イラク市民防衛隊(以下「ICDC」という。)を現場に派遣し、同日午後五時三十分ごろ、ICDCがオマハ駐屯地に帰還したとしているが、ICDCが現場に到着した時刻については、承知していない。
三の11について
大隊によれば、ICDCがディジュラ警察署から回収した被害車両が、二千三年十一月二十九日午後五時三十分ごろ、ICDCから大隊に対して提出されたとしている。
三の12について
遺留品は、大隊が、事件の直後から二千三年十二月中旬にかけて逐次現地地区長から回収した。大隊によれば、同年十一月二十九日午後五時三十分ごろ、ICDCがオマハ駐屯地に帰還し、ディジュラ警察署から回収した被害車両と一部遺留品を大隊に提出し、同日午後九時三十分ごろ、大隊は改めてその部隊をオマハ駐屯地から地区長の下に派遣し、地区長が保管していたとされる遺留品を回収し、その後も同年十二月中旬にかけて大隊が地区長から逐次遺留品を回収したとしている。
三の13について
大使館が事件の直後に派遣したイラク人専門家がディジュラ警察署と連絡を行ったが、その時刻については、報告されていない。
三の14について
事件の発生当初、大使館は、連合暫定施政当局(以下「CPA」という。)を経由して現地関係者と連絡を行っており、直接ティクリート総合病院と接触できていなかった。
三の15について
被害車両が、二千三年十一月二十九日午後五時三十分ごろ、ICDCから大隊に対して提出された際に、ナンバープレートは被害車両の中にあったと考えられる。
三の16について
上村在イラク日本国臨時代理大使(以下「上村臨時代理大使」という。)がCPAを往訪し、更なる情報の入手に努めていた二千三年十一月二十九日午後七時四十五分から午後十時三十分ごろまでの間に伝えられた。
四及び五について
お尋ねの事項については、特定できていない。
六について
外務省報告七頁二十五行目に記述した「地域の族長」は、CPAの表現であるが、これは外務省報告六頁二十一行目以降に記述した「地区長」とすべて同一人物であると考えられる。事件の直後から二千三年十二月中旬にかけて大隊が、逐次地区長から回収した遺留品は、パソコン、デジタルカメラ、携帯電子端末、フロッピーディスク等の記憶媒体等の電子機器を始め、現金及びクレジットカード、外交旅券や運転免許証等の各種身分証明書類、写真、メモ等の書類、文房具、食料品並びに衣類及び洗面道具を始めとする身の回り品であった。
七の1について
お尋ねの地区長の執務室はディジュラ警察署のある建物内にあることから、地区長はディジュラ警察署内において、事件に関する情報を承知するに至ったと考えられるが、具体的にどのような通信手段によって伝えられたのかについては、必ずしも特定できていない。
七の2について
ディジュラ警察署にどのような通信手段があるかについては、承知していない。
七の3について
地区長がなぜオマハ駐屯地に直接に出頭したか、また、何時までオマハ駐屯地に滞在していたかについては、承知していない。
七の4について
地区長は、オマハ駐屯地に出頭し「日本人らしき外国人」が襲撃されたとの事件の第一報を口頭で伝え、三名の被害者のティクリート総合病院への搬送を報告したと承知している。
七の5から7までについて
お尋ねの事項については、承知していない。
八について
ディジュラ警察署による現場の検分が、どの程度終わっていたかについては、承知していない。
九の1について
お尋ねの報道は承知しているが、その報道内容が事実であることを裏付ける情報には接していない。なお、現地合衆国軍隊によれば、「事件発生時刻に米軍パトロール或いは付近の連合軍が通りかかったという事実はない。」としている。
九の2について
ディジュラ警察署による車両の検分が、どの程度終わっていたかについては、承知していない。
九の3について
被害車両の車両登録書には、レバノン当局の登録番号、所有者が在レバノン日本国大使館であること、所有権発生の日並びに車両の型、年式、色及びエンジン番号が記載されている。上村臨時代理大使はCPAを往訪し、更なる情報の入手に努めていた二千三年十一月二十九日午後七時四十五分から午後十時三十分ごろまでの間に「被害車両は九十九年製トヨタランドクルーザー、防弾車両、レバノン登録である」という内容を伝えられた。
九の4について
被害車両のナンバープレートは、前後とも外され、車内の座席の下に保管されていた。大隊がナンバープレートを被害車両から発見するまでにどの程度の時間を要したかについては、承知していない。
十について
お尋ねの事項については、承知していない。
十一の1の(一)から(三)まで及び2について
外務省は、現地の置かれている特殊な状況、大使館の館員の安全確保の問題、捜査権限に基づく捜査を実施できないこと等、様々な制約の下で調査を行わざるを得なかったことから、入手すべく努めた事実関係にかかわる情報をすべて把握できたわけではない。例えば、両外交官は二千三年十一月二十九日午前十時過ぎに大使館を出発したが、同日午前十一時過ぎの時点でもバグダッド郊外の地点を通過していたと見られる点について、その間の移動に関する事実関係は明らかになっていない。
外務省報告は、こうした調査を前提に、今般の事件が依然捜査中であり、関連する情報の開示には基本的に限界がある中で、捜査等に影響のない形でできる限り対外的に説明を行うために、これまでに判明した事柄を整理したものである。したがって外務省報告作成の過程で、不合理あるいは不自然と感じられる事柄も含まれる点は認識していたものである。
しかし、外務省報告に記載した事柄で確認が不可能な又は今後更に調査を継続すべき事柄について、また、外務省報告に記載しなかった事柄で真相究明のために本来明らかにする必要がある事柄について、具体的に列挙することは、現在、捜査中の事件にかかわることであり、お答えを差し控えたい。
十一の1の(四)について
今般の事件は依然捜査が継続中であり、基本的に関連する情報の開示には限界があるが、事件に対する国民の関心が高く、事件の経緯等については、これまでに国会等の場においても累次説明を行ってきている。その中で、いくつかの事項の発生時刻、証言の内容等については、事実関係を正確に確定できないまま公表することで、事実関係に関する無用の混乱や誤解を招き、結果として捜査を含む真相究明に支障を来すことを避けるべきであるとの考えから極めて慎重に対応してきた。外務省報告の中では、これらの懸念につき関係者と十分協議をし、捜査を含む真相究明に支障を来すおそれのないことを確認した上で、これまでに判明した事柄を整理し公表したものである。
十二について
現地合衆国軍隊、イラク警察当局等による捜査に加え、国内では外務省及び警察当局が緊密に連携を図り政府として調査を進めているところであり、第三者機関である調査機関の設置は必要ないと考える。
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