Kurage 質問主意書アシスト

ことばで探す › 参議院 第159回

在外公館の危機管理体制の改善等に関する質問主意書

参議院 第159回 第21号お答えすることは困難 ×1承知していない ×10

提出者
参議院
提出日
2004年5月20日
内閣転送 2004年5月24日
答弁書受領日
2004年6月11日
提出から22日
答弁の項目数
63
質問 10,074字/答弁 9,524字

質問本文

昨年十一月二十九日にイラクにおいて発生した日本人外交官殺害事件をめぐっては、事件発生前・発生後を通じて、多岐にわたる危機管理上の問題点が浮かび上がった。

第一に、職員の出張時に課していた定時連絡の確認の不徹底により、速やかな捜索・救援活動が行われなかった結果、被害職員が一命を取り留める最後の機会が奪われた。同時に、事件直後の情報錯綜につながり、犯人特定や真相究明の大きな障害となっている。

第二に、川口外務大臣を本部長とする緊急対策本部が事件発生第一報のすぐ後に外務省に設置されたにもかかわらず、ティクリート市内の病院に搬送され救命措置を受けた後に死亡したとされる奥大使の死亡時刻すら、五か月以上を経た現在に至るまで特定されていないことからも明らかなとおり、外務省本省及び現地大使館の情報収集能力・分析能力が欠如しており、このこともまた犯人特定や真相究明の大きな障害となっている。

こうした背景の中、国会からの再三にわたる要請もあり、去る五月十二日になってようやく「イラクにおける外務省職員殺害事件(事件の状況・経緯等)」と題する報告書(以下「外務省報告書」という。)が外務省より公表されたが、我が国警察による調査や大使館員による現地調査にかかわる内容を除けば、一か月程度で把握・公表が可能な内容であり、外務省本省及び現地大使館の情報収集能力・分析能力の欠如が露呈する結果となっている。

以上二点の主な問題点以外にも、職員の安全確保策の不徹底等、様々な問題点が「外務省報告書」からも浮かび上がったが、去る四月にイラクで発生した日本人人質事件発生後の政府の対応を見ても、外交官殺害事件の反省が生かされず、情報収集能力・分析能力が依然改善されないままであることが明らかとなった。

今後、イラクのみならず他の諸国においても、同種同様の事件の発生を未然に防止し、また万が一発生した場合に的確な対応を講じることができるように、両事件から浮かび上がった問題点を謙虚に反省し、今後の教訓として具体的な改善策を講じていく必要がある。

そこで、日本人外交官殺害事件に関して、以下の各事項について質問する。

一 職員の出張時の安全確保策について

1 両外交官と上村臨時代理大使が、ティクリートへの出張時の具体的な行動内容について、最終的な打合せを行ったのはいつの時点か。

2 危険性の認識について

(一) 大使館出発前に両外交官や上村臨時代理大使はどの程度危険性を認識していたか。

(二) 「外務省報告書」によると、「今回の事件を予想させる日本をターゲットとした個別具体的なテロ情報を得ていたということはなかった。」とされている。以下の各情報について、現地大使館や外務省は具体的な内容を把握していたか。把握していた場合、どのように評価し、対応を講じていたか、具体的に明らかにされたい。

(1) 昨年十月半ばに、ビンラディンと思われる人物が示唆したとされる日本に対するテロ予告

(2) 昨年十一月半ばに、アルカイダの関連組織が発したとされる日本を対象とした攻撃予告

(3) 奥大使が生前に語っていたとされる「CPAに派遣されている日本人外交官はテロの対象」(十二月一日付け朝日新聞)だとするテロの予告

(4) 奥大使が生前に友人に伝えていたとされる「イラクでテロの襲撃対象リストに入っているようだ」(十二月一日付け読売新聞)との情報

(5) 狙われていると奥大使が語っていた(三月六日放送のNHKスペシャル「伝えたかったことがある」)とされるテロ予告

3 使用車両の選定について

(一) 事件発生当時に大使館が管理・使用していた車両の内訳(台数、種類等)を明らかにされたい。

(二) 事件当日の両外交官の使用車両を、いつ、だれが判断・決定したか。また上村臨時代理大使も判断理由や決定された使用車両について承知していたか。

4 ジョルジース運転手が「豊富な運転経験(米軍車列を追い抜くような無理をしない運転)で信頼が厚かった。」ことが「外務省報告書」の冒頭で強調されている。

(一) 「米軍車列を追い抜くような無理をしない運転」をプラスに評価する理由は何か。米軍車列を追い抜こうとすると米軍より誤って銃撃を受けるおそれが大きく、そうした危険性を避けられるということか。

(二) 今回の出張時の運転手の選定理由の一つとして、「米軍車列を追い抜くような無理をしない運転」をすることが重要視されていたということか。

(三) イラク国内において、米軍による誤射の実例が多数存在することからこのような記述がなされたと推察する。イラク開戦以降の米軍による誤射の件数・被害者数がどの程度であるか、米軍が公表している数字も含め、政府が把握している情報やその分析結果について具体的に明らかにされたい。

(四) 被害者側に起因する誤射の実例、米軍側に起因する誤射の実例は、各々どのようなケースと要因に分類されるか、米軍から公表されている実例をもとに、具体的に明らかにされたい。

(五) (四)項の被害者側に起因する誤射を防止するために、米軍車列の周囲を走行する際にどのような点に留意することとしているか、具体的に明らかにされたい。

(六) 現地職員の運転手の中には、米軍車列を追い抜くような無理な運転をする者がいたために、ジョルジース運転手が「米軍車列を追い抜くような無理をしない運転」であったことを「外務省報告書」の冒頭で殊更に強調したものと推察する。(五)項の米軍車列の周囲を走行する際の留意点を徹底するために、どのように現地職員の運転手を指導・監督していたか、具体的に明らかにされたい。

5 警護車両及び武装警備員を同行させないことについて、いつ、だれが判断・決定したか。

6 「国際機関/NGO復興会議」の主催者である米側から、米軍による送迎や護衛の提供等、何らかの提案はなかったか。また提案があった場合は、具体的にはどのような提案であり、だれの判断によりなぜ断ったか。提案がなかった場合は、大使館側から米側に対して何らかの要請はしなかったか。

7 事件発生当日、「国際機関/NGO復興会議」出席のために、CPA等の幹部もバグダッドからティクリートに向けて移動したと聞いている。当然、米軍が両地域間の警戒を平常時より強化していたものと推察する。

(一) 「外務省報告書」によれば、現地米軍からの情報として「事件の起こった十一月下旬頃は、二九九工兵大隊の(国道)一号線パトロールは午前八時から午後四時までの間、三回程度行うこととしていた。事件発生時刻に米軍パトロール或いは付近の連合軍が通りかかったという事実はない。」とされている。

(1) バグダッド方面から陸路で「国際機関/NGO復興会議」に向かった出席者は何人ぐらいいたか。

(2) 事件発生当日、「国際機関/NGO復興会議」の出席者の通行を想定して、国道一号線の警戒も平常時より強化されていたと推察するが、米軍がどのような警戒態勢を講じていたか、具体的に明らかにされたい。

(3) 現地米軍は事件発生時刻が何時であることを前提として回答したか。

(4) 事件発生当日に米軍パトロールが行われた時間をすべて列挙されたい。

(二) 両外交官の行動計画策定の参考にするために、国道一号線の治安状況や、(一)(2)項の警備状況について、事前に米軍や主催者側よりどのような情報を入手していたか、具体的に明らかにされたい。

(三) 大使館側から米側には、両外交官が国道一号線を通行する時間帯を何時ごろと事前に報告していたか。

8 防弾チョッキ、ヘルメットは被害車両に搭載していたか。搭載していなかった場合、なぜ搭載しなかったか。また、十二月一日付け南日本新聞によれば、田中外務省大臣官房調査官が外務省と電話でやりとりしながら、「防弾チョッキを着けていたが軽装だった。」と御遺族に報告したとされているが、「防弾チョッキを着けていた」と報告した理由は何か。

9 奥大使、井ノ上書記官、ジョルジース運転手は携帯電話を所持していたか。所持していた場合は、利用していた通信会社、機種、事件発生当日の通話記録を所持者ごとに明らかにされたい。

10 被害車両に搭載されていた無線機の機種を明らかにされたい。

11 緊急時の連絡先(会議主催者、米軍、CPA、現地警察等)について、事前に両外交官、大使館職員は各々把握・携行していたか。

二 職員の出張時の定時連絡及び安否確認等について

1 十二月二日付け毎日新聞によると、関係者による情報として、「上村司・臨時代理大使は職員に、出張時は安全確保のため一時間おきに電話で現在位置を連絡するように指示した。」ことが明らかになっている。また、二月十七日衆議院予算委員会、四月一日衆議院国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動等に関する特別委員会、四月五日参議院イラク人道復興支援活動等及び武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会、四月二十日参議院外交防衛委員会、四月二十一日参議院本会議等、定時連絡がなされていたことを前提とした質疑・答弁が国会においても繰り返しなされている。上村臨時代理大使が職員の出張時に課していたとされる定時連絡は具体的にはどのようなものだったか。連絡の間隔、記録担当者、記録方法、記録内容(所在地、時刻等)、確認の責任者等、その項目を列挙して明らかにされたい。

2 事件発生当日の通信状況について

(一) 当日午後〇時ごろの定時連絡がなされていたことは、昨年十二月の時点では確認されず、二月にようやく明らかにされ、さらには四月になってから時刻が午後〇時八分と特定された。確認に至る経緯を具体的に明らかにされたい。また「外務省報告書」によると、「携帯電話会社に残された電話の発信記録によれば」との記述があるが、発信記録をいつ照会し入手したか、具体的に明らかにされたい。

(二) 「外務省報告書」によると、「最後の発信は在バグダッド大使館にあてて二九日午後〇時八分に行われた。」とされているが、通話相手・通話時間・通話内容を具体的に明らかにされたい。

(三) 事件の翌週以降、岡本首相補佐官(当時)に同行するために、奥大使はヨルダン・シリア等の周辺国を訪れることとなっており、また復興支援策を円滑に進めるために両外交官は周辺国大使館や外務省本省とも日常的に連絡を取っていたものと推察する。事件発生当日に外務省職員(在イラク大使館職員以外も含む)が奥大使、井ノ上書記官各々と通信した時刻、通信手段、通話時間、通話内容を、通話した職員の所属先も含めてすべて明らかにされたい。

(四) (三)項で示される以外の事件発生当日の被害者の通信について、携帯電話会社及び携帯電話本体に記録されている発着信記録に基づき、通信時刻、通話時間、通信先を、発着信の区別を含めて被害者別にすべて列挙されたい。

3 安否確認を怠った背景について

(一) 「国際機関/NGO復興会議」の会場まではどの程度の所要時間を見込み、何時に到着する予定だったか。また、出発前の打合せにおいて、会場到着時に報告の連絡を入れるように確認はしなかったか。

(二) 午後一時の定時連絡を確認せず、かつ主催者側にも両外交官の会場への到着の確認をしないまま、事件発生の第一報が入った午後六時四十分まで、安否の確認を怠った理由は何か。

(三) 十二月二日付け毎日新聞によると、関係者からの情報として、「二人は指示に基づき午前十一時ごろ、襲撃現場であるティクリート南方十~十五キロ地点の近くから大使館に電話連絡した。しかし、その後、正午の連絡がないため大使館側から電話したところ応答がなく、連絡が途絶えた。」とされているが、この関係者は特定されているか。また「連絡が途絶えた」と、定時連絡が途切れていたことを認識していたその関係者が、そのまま安否の確認をせずに放置したのはなぜか。

4 四月五日放送のテレビ朝日系列「報道ステーション」によると、地域住民が現場に駆け付けた時点では、当初即死と伝えられていた井ノ上書記官もまだ生存し、助けを求める声を発していたことが明らかになったが、大使館等へ救助要請の通信はなされたか。

三 外務省緊急対策本部について

1 構成員はだれか、すべて列挙されたい。なお、変更がなされている場合は変更前後を含めて明らかにされたい。

2 現地大使館や警視庁等との連絡調整、遺留品等の管理・受渡しはだれが主たる責任を負っているか。

3 収集された情報の分析・整理はだれが主たる責任を負っているか。

4 大木イラク担当特命全権大使の役割について

(一) 事件発生時までに、大使館員の安全確保等について、具体的にどのように指示・監督していたか明らかにされたい。

(二) 事件に関する調査活動等に、これまでどのような役割を果たしてきたか、具体的に明らかにされたい。

四 事件直後の現地大使館による情報集約と正確な情報把握の重要性について

1 情報収集体制について

(一) 情報の流れが、現地大使館を通じて情報収集する形に一元化されていなかったことが情報錯綜の一因になったと考えるが、事件発生当日から翌朝に掛けて、首相官邸や外務省本省等国内各政府機関が、現地大使館を通さずに現地各機関や米国本国政府機関より直接に、何らかの通報や情報提供を受けた時刻とその内容をすべて列挙されたい。

(二) 現地各機関や緊急対策本部等との連絡はだれが主たる責任を負っていたか。

(三) 収集された情報の分析・整理はだれが主たる責任を負っていたか。

2 初期情報の正確性について

(一) 現地大使館への事件発生の第一報では、被害者や被害車両を識別する特徴、その根拠とされた所持品・遺留品等、どの程度正確な情報の提供があったか、具体的な内容を明らかにされたい。また、第一報の時点では把握されておらず、後から伝達された被害者や被害車両を識別する特徴、その根拠とされた所持品・遺留品がある場合は、その具体的な内容と伝達時刻を明らかにされたい。

(二) 事件発生直後の処理を担当した現地警察署、被害者が搬送された病院を、いつ、だれに確認して把握したか。また、被害者各々の生存状況を、いつ、だれに確認して把握したか。

(三) 事件発生直後に、米軍が被害者を日本人二人とレバノン人と判断した具体的な根拠を各被害者別に明らかにされたい。

(四) 事件発生直後に、現地警察は被害者各々の国籍をどのように推定していたか。具体的に推定していた場合は、その推定の具体的な根拠を各被害者別に明らかにされたい。

(五) 「外務省報告書」記載の地区長メモの存在が日本側に伝えられたのはいつか、具体的に明らかにされたい。

(六) 昨年十二月一日に成田空港で御遺族に対して事件に関する説明をした際の説明内容と配付された資料の記載内容を具体的に明らかにされたい。

(七) 担当医師による死亡証明書及び証言について

(1) 「外務省報告書」によると、被害者について「カルテその他の記録は作成されていない」とされているが、ジョルジース運転手については「家族の者がティクリート総合病院の医師に要請し、同医師が発行した死亡証明書」があるとされている。奥大使及び井ノ上書記官について、死亡証明書の発行を要請しなかったのはだれの判断によるものか、また、その理由について具体的に明らかにされたい。

(2) ティクリート総合病院の医師に最初に問い合わせをしたのはいつか、また「外務省報告書」Ⅱ.B.2.(3)に記載されている証言を得たのはいつか、具体的に明らかにされたい。

五 現地大使館の情報収集体制について

1 事件発生当日から翌日に掛けて、何人の職員が事件の情報収集に当たったか。邦人職員・現地採用職員の内訳も含め明らかにされたい。また、どのような調査(対象、方法、内容等)を行ったか。具体的にどのような内容の報告がなされたか。

2 上村臨時代理大使の動向について

(一) 事件発生当日(事件発生前も含む)から翌日に掛けてどこにいたか、正確な時間も含めて具体的に明らかにされたい。

(二) 「外務省報告書」によると、「午後七時四五分、上村臨代がCPAを往訪し午後一〇時三〇分頃まで更なる情報の入手に努めるとともに、その間に随時本省と電話連絡を行った。」とされているが、その間、上村臨時代理大使自身が直接、米軍や現地警察、病院、現地大使館、外務省本省等とやり取りをしたのか、それともCPA職員あるいは同行した大使館職員がやり取りをして得た情報を伝え聞いたのか、具体的な状況を明らかにされたい。

六 現地専門家による調査について

1 事件発生当日及び翌日に掛けて、何人の現地専門家が大使館により派遣され、ティクリートには最初にいつ到着したか。また、各々の具体的な選任基準(調査経験・能力、関係機関・ティクリート周辺部における人脈の有無等)は何か。

2 事件発生当日及び翌日に派遣された現地専門家はどのような調査(対象、方法、内容等)を行ったか。また、具体的にどのような内容の報告がなされたか。

3 ティクリートからバグダッド国際空港まで米軍車両が両外交官の御遺体を搬送する際に、現地専門家は同行したか。

4 事件発生翌々日以降はいつどのような調査(対象、方法、内容等)を行ったか、具体的にすべて列挙されたい。また、具体的にどのような内容の報告がなされたか。

5 目撃証言の収集について

(一) 「外務省報告書」Ⅲ.A.2.(3)では、現地大使館が行った累次の調査で得られた事件発生当時の現場付近にいた者からの聞き込み情報が列挙されているが、現地専門家が現場の聞き込みから得た情報について、調査日時も含め具体的にすべて明らかにされたい。

(二) 米軍に通報やパスポートの提出を行った現地地区長、パスポートを持ち出して現地地区長に届けた地元住民、十一月三十日付け共同通信の報道で目撃談が掲載されたハッサン・フセイン氏及び五月十日付け東京新聞において米軍の誤射だと語ったとされる警察官について、それぞれ接触し証言を得ているか明らかにされたい。証言を得ている場合は、具体的にどのような内容の証言を各々得ているか。得ていない場合は、速やかに証言を得るべきと考えるが今後どのように対応するか。

6 「外務省報告書」は、これまでの現地専門家による調査結果も含んだ形で作成されているか。

七 上村臨時代理大使ほか大使館職員による現地調査について

1 現地専門家によるものとは別に調査を実施する理由は何か。

2 いつ、どのような調査(対象、方法、内容等)を行ったか、具体的にすべて列挙されたい。また、具体的にどのような内容の報告がなされたか。

3 二月二十九日以降に行ったとされる事件現場における調査について

(一) 訪問の際は、米軍による警護を受けたか。

(二) 事件現場の具体的な道路状況(見晴らしの状況、車線数、中央分離帯の有無・状態、走行可能な道路面の幅、道路面内の高低差、道路面と隣接地の高低差、車両・人間の通行量等)、周囲の建物の分布状況等、得られた情報を具体的に明らかにされたい。

(三) 周辺の道路脇に売店は存在したか。存在した場合は、売店の関係者から得られた証言を具体的に明らかにされたい。

4 目撃証言の収集について

(一) 「外務省報告書」Ⅲ.A.2.(3)では、現地大使館が行った累次の調査で得られた事件発生当時の現場付近にいた者からの聞き込み情報として、(A)~(H)の発言を紹介しているが、大使館職員が現場付近で聞き込み情報を得た相手はその八人のみか。また事件発生時に(A)~(H)は正確にはどこにいたか、現場からの距離や方向を具体的に各々明らかにされたい。

(二) 米軍に通報やパスポートの提出を行った現地地区長、パスポートを持ち出して現地地区長に届けた地元住民、十一月三十日付け共同通信の報道で目撃談が掲載されたハッサン・フセイン氏及び五月十日付け東京新聞において米軍の誤射だと語ったとされる警察官について、それぞれ接触し証言を得ているか明らかにされたい。証言を得ている場合は、具体的にどのような内容の証言を各々得ているか。得ていない場合は、速やかに証言を得るべきと考えるが今後どのように対応するか。

八 被害車両の保全と日本への移送について

1 移送に三か月以上を費やしたのはなぜか。いつ、どのような内容の検討や方針の決定、交渉や手続(必要物資の調達等も含めて)を行ったのかを、日付も含めて具体的にすべて列挙されたい。

2 ティクリート・バグダッド間、バグダッド・クウェート間の搬送について、米軍車両による陸送を米軍に要請することはできなかったのか、具体的な事情を明らかにされたい。

3 弾丸の貫通痕の数から見て、被害車両から回収された金属片が少な過ぎるとの情報に接しており、犯人の関係者等が金属片を秘密裏に被害車両から持ち去った可能性があることを懸念する。被害車両の保管について十分な防犯措置を講じていたか、具体的に明らかにされたい。また仮に金属片が秘密裏に持ち去られた可能性があるとしたら、いつ、だれの管理下にあった時と考えられるか、具体的に明らかにされたい。

九 御遺体の撮影許可について

1 病院内で撮影したと思われる御遺体の映像が、事件発生直後に外国通信社により世界各国向けに配信されたが、いつどこで、だれの立会いの下で撮影されたものか、具体的に明らかにされたい。複数回にわたる場合は各々について示されたい。

2 配信した外国通信社に対して、抗議をしたか。抗議をした場合は、いつどのような形で抗議をしたか、具体的に明らかにされたい。

3 撮影の許可はだれの判断によりなされたか。また、我が国政府も許可に同意したか。同意していない場合、撮影の許可を行った者及びその所属機関に対して、いつどのような形で抗議をしたか、具体的に明らかにされたい。

十 警察当局と外務省の連絡について

今回のように海外で発生した事件については、初期の捜査活動を円滑に進め、正確な情報を得る上で、警察当局から外務省に対して的確かつ具体的な要請をすることが重要である。

1 警察当局から外務省に対して①現地病院発行の死亡診断書、②担当医師の証言、③現場に駆け付けた警察官の証言、④回収された弾丸・薬莢に関する情報、⑤事件発生当日の携帯電話の通信記録、⑥両外交官の出張予定表、⑦「国際機関/NGO復興会議」の日程・次第・参加者等の情報、⑧ジョルジース運転手の司法解剖結果について、それらを入手するように要請した日付、外務省がそれを得た日付、警察当局に提出・報告がなされた日付を各々明らかにされたい。

2 警察当局から外務省に対して遺留品を入手・提出するように要請した日付、現地大使館がそれを得た日付、外務省がそれを受け取った日付、警察当局に提出・報告がなされた日付、外務省に返還された日付を各遺留品別に各々明らかにされたい。

3 外務省から警察当局への遺留品提出、警察当局から外務省への遺留品返還について、その日付を明らかにする何らかの文書は作成・保存されているか。

十一 遺留品に含まれる機密情報について

「外務省報告書」では遺留品が現地米軍の手に渡るまでの過程が一切明らかにされていない。パソコンや携帯電子端末、フロッピー等の記憶媒体には国益にかかわる機密情報が記録されていた可能性もあり、データが盗難や消去・改竄されていないか、確実に検証する必要がある。

1 遺留品のうち、パソコン、携帯電子端末及びフロッピー等の記憶媒体それぞれについて、事件発生後、いつ、だれを経由し、いつ現地米軍に回収されたか、事実関係を具体的にすべて明らかにされたい。

2 「外務省報告書」によると、「現地米軍は地域の族長に現場より持ち去られたものを返却するよう説得している」との情報が当初寄せられたとされている。この族長や米軍に第一報を寄せたとされる現地地区長の関係者が、機密情報の入手を目的に犯行に関与し、機密情報が流出等していないか危惧する。これら関係者の犯行への関与や、機密情報の流出・消去・改竄の可能性がないことの確証を何か得ているか。得ている場合は、その確証の根拠を具体的に明らかにされたい。

十二 危機管理体制の改善について

事件が発生したことや事件後の対応に関する反省を踏まえ、在外公館の危機管理体制についてどのような改善を行ってきたか。また、今後行っていくか。

右質問する。

参議院の原文・経過

政府答弁書

一の1について

ティクリートへの出張に関する最終的な打合せは、出張の前日夜に行われた。

一の2の(一)について

ティクリートは、フセイン元大統領の出生地としてその政権の支持基盤があったところであり、そこでテロ攻撃が多発していたとの事情は、両外交官及び上村在イラク日本国臨時代理大使(以下「上村臨時代理大使」という。)も承知していたが、他方、事件の当日行ったように、目立たない形で、一台の車両で高速で走り抜ける方が安全な場合があるとの認識を有していた。

一の2の(二)の(1)及び(2)について

お尋ねの予告については、具体的な攻撃についての内容を含んだものではなく、ビン・ラーディンやアル・カーイダ関連組織による我が国を対象に含めた一般的な攻撃予告と受け止めていた。

一の2の(二)の(3)から(5)までについて

在イラク日本国大使館(以下「大使館」という。)やその館員に対してテロの脅威があることについては一般的な認識があり、大使館警備等の安全対策を強化していたが、今般の事件を予想させる具体的なテロ情報があったわけではない。

一の3の(一)について

事件の発生当時に大使館が管理・使用していた館用車は五台であったが、大使館の警備体制に影響を与え、その機能に支障を来すおそれがあることから、その詳細については、お答えを差し控えたい。

一の3の(二)について

出張に使用した車両は、出張の前日夜の最終打合せの際に、出張者である両外交官が選択し、これを上村臨時代理大使が了承した。

一の4の(一)について

「米軍車列を追い抜くような無理をしない運転」は、無用の危険を招くことを避けることとなると考えたものである。

一の4の(二)について

本年五月十二日に外務省が公表した「イラクにおける外務省職員殺害事件(事件の状況・経緯等)」(以下「外務省報告」という。)において、「ジョルジース運転手は現地の交通事情に通じ、その豊富な運転経験(米軍車列を追い抜くような無理をしない運転)で信頼が厚かった。」と述べたのは、単にそのような事実を述べたものである。

一の4の(三)及び(四)について

これまでの現地アメリカ合衆国軍隊(以下「現地合衆国軍隊」という。)による誤射の件数、被害者数及び実例について、公式に取りまとめられた情報があるとは承知しておらず、お答えすることは困難である。

一の4の(五)及び(六)について

現地合衆国軍隊の車列の周囲を走行する際には、無用の危険を招くことを避ける運転を行うよう留意している。現地職員である運転手に対しても、無用の危険を招くことを避けるよう、指導・監督していた。

一の5について

出張の前日夜に、出張者である両外交官及び上村臨時代理大使が最終打合せを行い、最終的に確認した。

一の6について

今回の出張において、現地合衆国軍隊による送迎や護衛の提案があったとは承知していない。また、大使館からそのような要請を行った事実はない。

一の7の(一)の(1)について

バグダッド方面から陸路で「国際機関/NGO復興会議」に向かった出席者数は、承知していない。

一の7の(一)の(2)について

事件の発生当日、「国際機関/NGO復興会議」の出席者の通行を想定して、国道一号線の警戒が平常時より強化されていたとは、承知していない。

一の7の(一)の(3)について

現地合衆国軍隊は、事件の発生した正確な時刻は特定できないとしつつも、事件の発生が二千三年十一月二十九日午後一時前後であった可能性を認めた上で御指摘の発言を行ったと考えられる。

一の7の(一)の(4)について

現地合衆国軍隊がパトロールを行った具体的な時刻については、承知していない。

一の7の(二)について

外務省本省及び在外公館の有する人的物的資源すべてを最大限活用して、イラクの治安情勢等に関する情報収集を行ってきているが、当時の国道一号線の警備状況が平常時より強化されていたとは承知しておらず、治安状況についても、今般の事件を想定させる具体的な情報は入手していなかった。

一の7の(三)について

両外交官は、国道一号線を通行する時刻を事前に現地合衆国軍隊に連絡していない。

一の8について

一の2の(一)についてで述べたとおり、ティクリートは、フセイン元大統領の出生地としてその政権の支持基盤があったところであり、そこでテロ攻撃が多発していたとの事情は、両外交官及び上村臨時代理大使も承知していたが、他方、事件の当日行ったように、目立たない形で、一台の車両で高速で走り抜ける方が安全な場合があるとの認識を有しており、防弾チョッキやヘルメットは被害車両には搭載されていなかった。

御遺族に対しては、両外交官が亡くなった際の状況について少しでも情報を得たいとのその強いお気持ちを踏まえ、外務省からできる限りの説明を行った経緯はあるが、事件の詳細が不明だったため、御指摘のような詳細にわたる説明を外務省から御遺族に対し行ったことはない。

一の9について

両外交官は携帯電話を有していたが、ジョルジース運転手は有していなかった。両外交官の携帯電話の通信会社、機種等について明らかにすることは、大使館の警備体制に影響を与え、その機能に支障を来すおそれがあることから、お答えを差し控えたい。事件発生当日、井ノ上書記官は携帯電話を携行しておらず、奥大使は、二千三年十一月二十九日午前十一時三十一分、午前十一時五十四分及び午後零時八分に上村臨時代理大使に、同日午前十一時三十五分に岡本内閣総理大臣補佐官(当時)にそれぞれ発信を行っている。

一の10について

被害車両の車載無線等、館用車の装備品については、大使館の警備体制に影響を与え、その機能に支障を来すおそれがあることから、お答えを差し控えたい。

一の11について

会議主催者、現地合衆国軍隊、連合暫定施政当局(以下「CPA」という。)等の連絡先については、両外交官及び大使館は把握していた。

二の1について

大使館においては、職員がイラク国内を出張する際には、出張者から大使館に対して必ずしも定時に連絡を行うことにしていたわけではなく、出張先の業務の都合に応じて、打合せの必要があるごとに随時連絡を行うことにしていた。なお、多くの場合、イラクの劣悪な通信事情もあり、目的地に到着後に出張者が大使館に連絡を行うことにしていた。

二の2の(一)について

発信記録は、二千三年十二月上旬に入手した。この発信記録によって、奥大使が同年十一月二十九日午後零時八分に、大使館に最後の発信を行ったことを確認した。

二の2の(二)について

二千三年十一月二十九日午後零時八分に奥大使が電話をした相手は上村臨時代理大使であり、その通話時間は一分二十一秒である。通話内容は、館務にかかる事務的打合せである。

二の2の(三)について

大使館出発以降、外務省職員の中で両外交官と連絡を取ったのは上村臨時代理大使であり、その時刻は二千三年十一月二十九日午前十一時三十一分、午前十一時五十四分及び午後零時八分である。個々の通話の内容等については、いずれも館務にかかる事務的打合せである。

二の2の(四)について

これまで判明しているところでは、井ノ上書記官は、携帯電話を携行しておらず通話をしていない。奥大使は、岡本内閣総理大臣補佐官(当時)に対して二千三年十一月二十九日午前十一時三十五分に発信している。

二の3の(一)について

会議の日程としては、二千三年十一月二十九日には、各種の視察等が予定されていたが、両外交官がどの時点で行事に参加することとしていたかは特定できていない。大使館において両外交官と出発前に、会場到着時に報告を行うよう打合せを行った事実はない。

二の3の(二)について

イラクの通信事情は劣悪な状況にあり、事件発生当時、地上電話回線は機能しておらず、基本的には一般携帯電話はバグダッド市外では使用できなかった。現地駐在外交団や報道関係者が使用する衛星携帯電話についても、衛星にアンテナの向きを合わせておくなど、技術的に一定の条件を満たさないと通話が可能とならない。両外交官が大使館との連絡のために利用していた衛星携帯電話についても同様であり、使用していた館用車には携帯電話車載アンテナが搭載されていたが、受信状況が常時良いとは言えないことから、大使館では通常は外出した館員からの連絡を待ち受ける形となることが多かった。大使館は、事件の第一報が入るまで、両外交官がティクリートでの会議に出席していると考えていた。

二の3の(三)について

お尋ねの報道は承知しているが、その報道内容の事実関係については、確認できていない。

二の4について

両外交官及びジョルジース運転手が、事件現場から大使館等に対し通信を行ったとの事実はない。

三の1について

外務省緊急対策本部の構成員は、川口外務大臣、逢沢外務副大臣、阿部外務副大臣、田中外務大臣政務官、松宮外務大臣政務官、荒井外務大臣政務官、竹内事務次官、田中外務審議官、藤崎外務審議官、北島官房長、髙島外務報道官、鹿取領事移住部長、西田総合外交政策局長、石川国際社会協力部長、海老原北米局長、堂道中東アフリカ局長、古田経済協力局長、林条約局長及び小島国際情報局長である。

三の2及び3について

大使館や警察当局との連絡調整、遺留品等の管理・受渡し及び収集した情報の分析・整理は、中東アフリカ局長が所掌している。

三の4について

大木大使は、イラク復興支援、政治日程等についての活動を行っているが、イラク国駐箚特命全権大使ではなく、大使館の館員の安全確保等についての監督責任はなかった。また、今般の事件に関する調査活動等には携わっていない。

四の1の(一)について

二千三年十一月二十九日から三十日朝にかけて入手した情報は、現地警察からの情報も含め、現地合衆国軍隊からCPAを経由して大使館等を通じて入手しているが、入手経路の詳細については、相手方との信頼関係を損なうおそれがあり、お答えを差し控えたい。

四の1の(二)及び(三)について

現地各機関、外務省緊急対策本部等との連絡及び収集した情報の分析・整理については、大使館においては、上村臨時代理大使が責任者であった。

四の2の(一)及び(二)について

二千三年十一月二十九日午後六時三十五分から四十分ごろに受けた大使館への事件発生の第一報では、日本人らしい者二名及びレバノン人一名が殺害された旨の連絡があった。同日午後七時四十五分、上村臨時代理大使がCPAを往訪し午後十時三十分ごろまで更なる情報の入手に努め、「二名の日本人NGOが襲撃され殺害された、レバノン人通訳一名が怪我、これら三名はティクリート総合病院に搬送された」、「被害者を特定するものが現場から持ち去られており身元確認できていない」、「被害車両は九十九年製トヨタランドクルーザー、防弾車両、レバノン登録である」及び「現地米軍は地域の族長に現場より持ち去られたものを返却するよう説得している」との情報が得られた。さらに、「ムカイシファの四キロ南でトヨタのランドクルーザーで、飲食物を買うため道路脇に停車、その際、小火器による攻撃に遭い、車両に跳び戻った。車両には三十五発の弾痕。殺害された者、負傷した者の名前は不明」であるとの情報も得られた。ただし、この情報の一部については後日誤りであったことが確認された。

現地合衆国軍隊によれば、同日午後十一時過ぎに、回収した旅券による最終的な身元確認を行ったとしている。その後、同月三十日午前一時三十分ごろ、CPAから大使館に対し、回収された旅券を基に、被害者が奥大使及び井ノ上書記官であることが確認された旨の連絡があった。

四の2の(三)について

現地合衆国軍隊の判断の根拠については、承知していない。

四の2の(四)について

事件の発生直後に、現地地区長が二名の日本人は外交官である旨を記載したメモを作成し、また、イラク市民防衛隊が地区長の下に日本の身分証明書等が残されている旨を現地合衆国軍隊に報告したこと、被害車両の中にはレバノンの車両登録書等があったこと等が明らかになっているが、現地警察が被害者それぞれの国籍をどのようにして推定していたのかについては、承知していない。

四の2の(五)について

地区長のメモの存在が我が国に明らかになったのは、二千三年十二月上旬である。

四の2の(六)について

二千三年十二月一日に成田空港において御遺族に対し、資料を手交して説明した内容は、御遺族のクウェートまでの渡航の日程、事件に関する報道内容、それまでに入手した情報及び政府の対応についてであった。

四の2の(七)の(1)について

事件直後は、外務省本省の指示により、大使館は遺体を速やかにバグダッドに移送することに専念しており、関係者は死亡証明書をティクリート総合病院の医師に要請することはなかった。

なお、両外交官の死亡証明書は、二千三年十一月三十日、バグダッド国際空港にて、現地合衆国軍隊の軍医立会いの下、上村臨時代理大使が遺体の身元確認を行った際、軍医により作成された。

四の2の(七)の(2)について

ティクリート総合病院の医師に最初に照会を行ったのは、事件の数日後にイラク人専門家を現地に派遣したときである。お尋ねの外務省報告の発言は、本年二月二十九日の上村臨時代理大使の現地調査の際に聴取したものである。

五の1について

大使館の館員の安全確保の観点から、館員の人数を含め、その体制について明らかにすることは差し控えており、事件の情報収集を行った職員の人数についても、お答えを差し控えたい。

事件の直後の調査の方法については、上村臨時代理大使がCPAを往訪し情報の入手に努めるとともに、両外交官の顔写真をCPAを経由して現地合衆国軍隊に送付し、正確な身元確認を現地合衆国軍隊が迅速に行うよう要請した。具体的に得られた報告の内容は、四の2の(一)及び(二)についてで述べたとおりである。

五の2の(一)について

上村臨時代理大使は、二千三年十一月二十九日には大使館に所在しており、その後、同日午後七時四十五分から午後十時三十分ごろまでCPAを往訪し、情報の入手に努めた後、大使館に戻った。同月三十日の午後九時四十分過ぎにバグダッド空港に赴き遺体安置所において両外交官の遺体を確認した。

五の2の(二)について

二千三年十一月二十九日に上村臨時代理大使がCPAを往訪していた間、上村臨時代理大使がCPAの関係者から直接情報を入手し、外務省本省に連絡した。

六の1、2、4及び5の(一)について

事件発生の状況を可能な限り詳細に把握するため、事件の直後にイラク人専門家を現地に派遣したほか、その数日後、イラク人専門家を再度現地に派遣し、すぐに調査を行った。イラク人専門家が行った調査については、その対象、方法、内容、結果等については、捜査中の事件にかかわることであり、また、目下のイラク情勢にかんがみ、関係者の身体の安全を最大限に確保するとの観点から、外務省報告以上に詳細を明らかにすることを差し控えたい。

六の3について

両外交官の遺体のティクリートからバグダッド国際空港までの搬送の際、イラク人専門家は同行していない。

六の5の(二)について

現在、今般の事件は依然捜査が継続中であり、関連する情報の開示には基本的に限界があるが、外務省報告は捜査等に支障のない形でできる限り対外的に説明を行うとの観点から、これまでに判明した事柄を整理したものである。お尋ねの事項は、具体的に話を聞いた者の特定にかかわることであるが、このようなことについては、捜査中の事件にかかわることであり、また、目下のイラク情勢にかんがみ、関係者の身体の安全を最大限に確保するとの観点から、お答えを差し控えたい。

六の6について

外務省報告は、イラク人専門家による調査の結果を含め、捜査等に支障のない形でできる限り対外的に説明を行うとの観点から、これまでに判明した事柄を整理したものである。

七の1について

館員を現地に派遣して調査を行わせることは、今般の事件の真相究明を進める観点から適当であると考えたからである。

七の2について

本年二月二十九日に、上村臨時代理大使が現地に赴き、現地警察、ティクリート総合病院、現地合衆国軍隊等から聞き取り調査等を実施したが、その内容については、捜査中の事件にかかわることであるため、外務省報告以上に詳細を明らかにすることを差し控えたい。

七の3について

上村臨時代理大使は、所要の安全確保のための措置を講じてティクリートを訪問し調査を行ったが、安全確保のための措置の態様を含む調査の方法及び調査結果の内容については、捜査中の事件にかかわることであり、また、目下のイラク情勢にかんがみ、関係者の身体の安全を最大限に確保するとの観点から、お答えを差し控えたい。

七の4について

現在、今般の事件は依然捜査が継続中であり、関連する情報の開示には基本的に限界があるが、外務省報告は捜査等に支障のない形でできる限り対外的に説明を行うとの観点から、これまでに判明した事柄を整理したものである。お尋ねの事項については、捜査中の事件にかかわることであり、また、目下のイラク情勢にかんがみ、関係者の身体の安全を最大限に確保するとの観点から、お答えを差し控えたい。

八の1について

大使館及びその館員をめぐる治安動向に対処するため種々の安全対策に優先的に取り組まざるを得ない状況が幾度か生じたことがあったため、被害車両の輸送のための準備作業は何度か中断せざるを得ないこととなった。また、輸送の手配に当たっては、被害車両が重要な証拠物件であり輸送途中で襲撃、事故等により損傷しないよう最大限保全を確保した形で輸送するため、外務省本省の指示の下で、輸送経路の選定、コンテナ調達可能性の検討、コンテナの収容できる航空機手配、レバノン登録抹消手続等について種々検討と事務手続を進めたが、バグダッドにおいて信頼できる輸送業者が見付からない等の事情があり、作業は難航した。最終的には、クウェートの運送業者を用いることとし、被害車両をこん包し、積載した後、現地時間本年二月二十七日午後にバグダッドを出発し、同月二十九日午後七時にクウェートに到着した。その後、貨物航空便にてクウェートを出発し、日本時間同年三月四日夜に成田空港に到着した。

八の2について

現地合衆国軍隊車両による輸送についても検討したが、総合的に判断した結果、証拠物件を保全した上で最も適切に輸送できる方法を選択したものである。

八の3について

被害車両の保全については、重要な証拠物件であるとの認識の下、事件発生直後から現地合衆国軍隊に申入れを行った。二千三年十二月六日に大使館敷地内に収容した後は、証拠物件としての保全のための措置を直ちに採っている。

九の1について

外国通信社が配信した遺体の映像が、どのように撮影されたかは、承知していない。

九の2について

遺体の写真を掲載したすべての報道機関に対して、厳重に抗議し、配信を中止する等、しかるべき措置を採るよう求めた。例えば、ロイター通信については、二千三年十一月三十日に在英国日本国大使館を通じて、また、AP通信については、同年十二月八日に外務省国際報道官から東京支局長に対してそれぞれ配信中止を要請した。

九の3について

撮影を誰が許可したかは、承知していない。また、我が国が同意したという事実はない。

十の1について

警察当局においては、両外交官の遺体が帰国する前日の二千三年十二月三日に外務省と協議し、被害者の身分関係、事件に巻き込まれた経緯、事件や事件発生前後における挙動不審者の目撃状況及び事件現場や被害車両の状況等に関する情報並びに事件に関し現地の各機関が作成した書類の提供を包括的に要請したほか、その後も必要に応じ逐次要請をしている。

また、お尋ねの情報等について、外務省が情報等を入手した時期及び外務省から警察当局に提出又は通知をした時期等は、次のとおりである。

被害者である両外交官の死亡診断書については、ティクリート総合病院から発行されていない。

被害者の担当医師及び事件現場に臨場した警察官の証言については、事件発生直後のイラク人専門家による現地調査及び本年二月二十九日の上村臨時代理大使による現地調査により聴取し、その後速やかに警察当局に通知した。

被害車両内部で発見された銃弾の一部と推定される金属片については、大使館において事件発生直後に入手し、二千三年十二月二十七日に警察当局に提出した。

薬きょうについては、入手していない。

事件発生当日の携帯電話の通信記録については、奥大使のものに関し大使館において同月上旬に入手し、その後速やかに警察当局に提出した。

両外交官の出張予定及び「国際会議/NGO復興会議」の日程等の情報については、外務省が事件発生後に入手し、随時警察当局に通知した。

ジョルジース運転手の司法解剖については、行われていない。

なお、個々の情報等に関し警察当局が通知又は提出を受けた日については、捜査中の事件にかかわることであるため、お答えを差し控えたい。

十の2について

警察当局においては、遺体が帰国する前日の二千三年十二月三日に外務省と協議し、被害者の遺留品等が現地の各機関から入手できれば提供するよう要請したほか、その後も必要に応じ逐次要請を行っている。

遺留品は、事件発生直後から同月中旬にかけて、現地合衆国軍隊からCPAを経由して大使館に引き渡され、同月十五日及び本年一月十三日に、外務省職員が我が国に持ち帰った。このうち警察当局が捜査上必要と判断したものについては、御遺族の同意を得た上で、二千三年十二月二十七日及び本年一月二十二日に、外務省が警察当局に提出したが、同年二月二日までにすべて外務省に返還された。

なお、個々の遺留品の詳細については、捜査中の事件にかかわることであるため、お答えを差し控えたい。

十の3について

警察当局が遺留品等の証拠物件の提出を受け、領置した場合等には、刑事関係法令に基づき所要の書類を作成し、保存することとされている。

十一の1について

遺留品であるパソコン、携帯電子端末、フロッピーディスク等の記憶媒体は、事件の直後から二千三年十二月中旬にかけて、逐次、現地地区長から現地合衆国軍隊へ回収された。

十一の2について

お尋ねの事項については、捜査中の事件にかかわることであり、お答えを差し控えたい。

十二について

今般の事件を契機に、在外公館の安全確保のための措置を強化することが重要であるとの認識から、全在外公館に対し警戒水準を更に高めるよう警備・安全対策強化につき改めて指示するとともに、在外公館の警備員の増員、防弾車の増車、コンクリート・ブロックの増設等、人的物的両面から、なし得る限りの警備・安全対策強化を行い、安全確保に万全を期するよう努めてきている。

在外公館の安全確保のための措置を含めた危機管理体制に関しては、現下の国際情勢に照らし更に強化が必要であると考えており今後とも最大限の努力をしてまいりたい。

参議院の原文

この答弁書に出てくる定型句

お答えすることは困難 ×1承知していない ×10

語の一致で数えたものです。答弁の評価ではありません。同じ型の答弁が過去にどれだけあるかは、型を押すと出ます。

似た質問主意書

件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。

提出 2004年8月5日 若林 秀樹 答弁 2004年8月11日
参議院 第160回 第12号
提出 2004年1月21日 首藤信彦(民主党・無所属クラブ) 答弁 2004年2月6日
衆議院 第159回 第3号お答えすることは困難 ×1
提出 2004年2月13日 首藤信彦(民主党・無所属クラブ) 答弁 2004年2月24日
衆議院 第159回 第18号お答えすることは困難 ×1
提出 2012年6月26日 浅野 貴博(新党大地・真民主) 答弁 2012年7月6日
衆議院 第180回 第317号
提出 2015年5月25日 鈴木 貴子(民主党・無所属クラブ) 答弁 2015年6月2日
衆議院 第189回 第241号

この論点で次の質問を書くなら

アシストで並べる