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ソ連抑留捕虜の労働賃金補償に関する質問主意書

衆議院 第102回 第4号承知していない ×1

提出者
衆議院
提出日
1984年12月4日
内閣転送 1984年12月5日
答弁書受領日
1984年12月25日
提出から21日
答弁の項目数
4
質問 1,203字/答弁 974字

質問本文

衆議院議長 ※(注)永健司 殿

ソ連抑留捕虜の労働賃金補償に関する質問主意書

政府の国会答弁によれば、戦時捕虜に対する給養の義務はすべて抑留国にあるとして、所属国たる我が国においては責任なきがごとき見解のように見受けられる。しかしながら、これは国際法の解釈において重大な疑義のあるところで、にわかに承知しがたいものがある。

よつて次の点について質問する。

一 当時の国際法によれば、捕虜を給養すべき義務は抑留国にあるとせられている。しかし、この義務は経費負担の義務を伴うものではなく、実際の慣習は、所属国の負担に帰属するかまたは所属国の代償として捕虜の労働賃金から控除するものとされている。

これは、内外の学説が一貫してとつている立場でもある。このように捕虜の給養負担については、所属国の責任をなしとしない。抑留国にすべての責任ありとする政府の法解釈は誤りではないか。

二 第二次大戦終了後の連合国における我が国捕虜に対する取扱いを見るにソ連は労働賃金から給養費を控除しており、このため帰国に際して捕虜の持ち帰る金品は皆無であつた。

米英などにおいては捕虜の労働賃金を証明書で支払い帰国後日本政府がこれを落札することによつて給養費の実質負担を図る一方で捕虜はいずれも労働賃金を入手することができた。

ソ連捕虜の給養費代償によつて日本政府は所属国として負担すべき負債を免れたが、半面、このことによつて捕虜は労働賃金を喪失したのである。

かかる場合、ソ連捕虜に対しては米英捕虜と同様に労働賃金補償をなすベき国の義務があると思われるが、どうか。

三 当時有効であつた大東亜戦争陸軍給与令(昭和十八年七月二十八日、勅令第六百二十五号)第四十五条は、「戦地二在ル軍人軍属及諸生徒ノ糧食ハ総テ官給トシ現品ヲ以テ之ヲ給ス、但シ便宜二依リ代金ヲ以テ之ヲ給スルコトヲ得」とあり、我が国の兵士が捕虜として抑留中、給養費を自弁したため国が負担を免れた場合は、この規定が適用されると思われるが、どうか。

四 米英等から帰国の捕虜は、いずれも労働賃金を補償されているのに比べ、ソ連捕虜は全く除外されている。抑留国の政策にいかなる相違があろうとも、復員後国内での補償に際しては、憲法第十四条の規定よりみて米英ソの区別なく平等に措置すべきものと思われるが、どうか。

五 昭和二十二年三月十八日、政府は連合軍最高司令官総司令部に対し、終戦中央連絡局名をもつて、ソ連捕虜が抑留中、貯めた金銭でソ連側が没収したものは、受領書を持参すれば政府において代替支払いをなす旨の覚書(C・L・O(中央連絡局)NO.1857(RJ))を発しているが、ソ連側が没収した金額は一人月額四百六十五ルーブルであることがその後明らかとなり、政府資料中に公表されているのであるから、仮にソ連発行の受領書がなくとも、支払いをなすべきものと思うが、どうか。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一について

捕虜を給養すべき義務が捕虜を抑留する国にあることは、当時の国際法において確立していたと考えられるが、捕虜の給養に要した費用を最終的にだれが負担するかについては確立した国際法規はなかつたと考える。

二及び四について

先の大戦に関しては、戦中及びそれに引き続く戦後において、すべての国民が、多かれ少なかれ、何らかの犠牲を余儀なくされたところであり、政府としては、戦後強制抑留されて死亡した者や負傷した者についてはできるだけの措置を講じてきたところであるが、昭和四十二年の「引揚者等に対する特別交付金の支給に関する法律」の制定をもつて、あらゆる戦後処理措置は終了したものと考えてきたところである。

また、戦後強制抑留者問題を含め戦後処理問題について、二年半にわたる検討を行つてきた民間の有識者による戦後処理問題懇談会は、シベリアに強制抑留されたこともまた国民がそれぞれの立場で受けとめなければならなかつた戦争損害の一種に属するといわざるを得ず、戦後強制抑留者問題を含め戦後処理問題についてはもはやこれ以上国において措置すべきものはないとの意見を取りまとめ、昭和五十九年十二月二十一日、内閣官房長官に報告しているところである。

三について

大東亜戦争陸軍給与令(昭和十八年勅令第六百二十五号)第四十五条の規定は、軍人等が「帝国陸軍」の下にあることを前提としたものであり、これらの者が他国に捕虜として抑留されている場合についてまで適用されるものではなかつた。

五について

昭和二十二年三月十八日付け覚書(C・L・O No 1857(RJ))が存在することは承知しているが、戦後処理問題についての政府の考えは二及び四についてにおいて述べたとおりである。

ちなみに、同覚書は、ソ連当局発行の受領書(duly certified receipts)を持ち帰つた日本人帰還者に対して日本政府がソ連政府に代わつて支払を行い、日本側が支払つた金額については毎月ソ連政府に報告し、その金額は将来のソ連からの物品購入の資金として貸記されるべきこと等につきソ連政府の了承を得べくGHQ(連合国最高司令官総司令部)の周旋を求める旨記述したGHQ宛文書であるが、同覚書がソ連側に伝えられたか否かを含め、GHQによりいかに取り扱われたかは、承知していない。

右答弁する。

衆議院の原文

この答弁書に出てくる定型句

承知していない ×1

語の一致で数えたものです。答弁の評価ではありません。同じ型の答弁が過去にどれだけあるかは、型を押すと出ます。

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