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アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」の一部を、学校教育における教材として用いることが否定されるかどうかに関する第三回質問主意書
衆議院 第193回 第275号お答えすることは困難 ×1趣旨が明らかではない ×1
質問本文
先般提出した『アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」の一部を、学校教育における教材として用いることが否定されるかどうかに関する再質問主意書』に対する答弁書(内閣衆質一九三第二五四号)の内容は、質問に対する実質的な答弁となっていないことから、以下に再度質問する。
「我が闘争」はナチス・ドイツの独裁者であったアドルフ・ヒトラーの著作であり、その内容に反ユダヤ主義や日本人への蔑視など人種差別的な記述があることなどから、国際的に批判の対象となってきた経緯がある。
学校教育の教材に、同書の一部を人種差別を助長させる形で使うことが不適切であることは当然である。また、基本的人権の重要性について考えるための公民の教材で否定的に引用したり、世界史の教材で歴史的事実の一つとして引用すること等が適切な使用法といえることは明らかであり、現に使用されている。これらは過去の国会答弁や答弁書においても明確である。
ただし、同書にはその一部のみを切り出せば問題のない一文も当然存在することから、『我が闘争』のうち部分的には問題がない一文を抜粋し、道徳の教材として肯定的に掲載し、学校の児童・生徒に暗唱させる行為は、上記の適切・不適切どちらのケースにも該当しないことになる。
学校教育において、同書のうち部分的には問題がない一文を抜粋し、道徳の教材として肯定的に掲載し、学校の児童・生徒に暗唱させる行為は、同書の歴史的背景や社会的評価を考えれば学校教育法の趣旨に反し不適切と考えざるを得ない。同書を教材として適切に使用する場合には、同書の歴史的背景や社会的評価をあわせて教えることが当然求められるものであり、これは四月十二日の衆議院地方創生に関する特別委員会の質疑でも、義家弘介副大臣が答弁において同趣旨の見解を示しているところである。
以上を踏まえて、次の質問に答えられたい。
『我が闘争』の歴史的背景や社会的評価を教えずして、同書のうち部分的には問題がない一文を抜粋し、道徳の教材として肯定的に掲載し、学校の児童・生徒に暗唱させる行為は、教育基本法の趣旨に反し不適切ではないか。
右質問する。
政府答弁書
お尋ねの「同書のうち部分的には問題がない一文を抜粋し、道徳の教材として肯定的に掲載し」の意味するところが必ずしも明らかではないため、お答えすることは困難であるが、政府としては、文部科学省のホームページにおいて「我が国においては、憲法に定める基本的人権の尊重や差別の禁止といった基本原則や、教育基本法に基づいて、人種に基づく差別等は絶対にあってはならないとの理念の下で教育活動を一貫して行っております。」「我が国の学校教育においてはナチス支配を批判的に評価することを通じて二度と悲惨な戦争を引き起こさないための学習の一環として「わが闘争」の一部を引用する場合には、あくまで否定的に引用した授業が行われており、こうした教育は、まさに憲法や教育基本法等の趣旨に合致し、基本的人権の尊重といった憲法に定める基本原則の実現のために行われるものであります。」と述べているとおりであると考えている。
その上で、学校での教科等の指導における教科用図書以外の教材の使用については、先の答弁書(平成二十九年四月十四日内閣衆質一九三第二〇七号)においてお答えしたとおりであり、仮に人種に基づく差別を助長させるといった形で「わが闘争」を使用するのであれば、憲法や教育基本法(平成十八年法律第百二十号)等の趣旨に合致せず許されないことは明らかであり、万一このような指導がされた場合には、所轄庁や学校の設置者において厳正に対処すべきものである。
いずれにしても、政府としては、引き続き、人種に基づく差別等は絶対に許さないという意識をしっかりと定着させるための教育の充実を図ってまいりたい。
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件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。