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漁船の遭難救助に関する質問主意書

衆議院 第24回 第5号

提出者
衆議院
提出日
1956年2月21日
内閣転送 1956年2月24日
答弁書受領日
1956年2月28日
提出から7日
答弁の項目数
0
質問 1,774字/答弁 1,958字

質問本文

衆議院議長 ※(注)谷秀次 殿

漁船の遭難救助に関する質問主意書

一 徳島県海部郡日和佐漁業協同組合所属のマグロ漁船第一栄光丸六十九トンは、昭和三十年十二月十六日午後六時硫黄島南西七百キロの海上において風速六十メートルの台風第二十八号に遭遇、ただちに小松島及び高知海上保安部に無電して救助を求めた後乗組員二十名は必死の努力で乗り切ろうとしたが、間もなく巨浪に打たれて船は横倒しとなり、うち八名は波にさらわれて行方不明となり、残り十二名は沈没にひんした船上に一切の食糧、飲料、通信手段を失つて漂流した。高知海上保安部は、巡視船あわじ丸を救助に差し向け、同船は同月十九日夕刻遭難海域に到着し二十四日までの六日間にわたつて捜索したが発見するに至らず、ついにこれを打切り、乗組員二十名の生命は天命にゆだねて放置することとなつた。

一方、遭難船第一栄光丸乗組員二十名中、遭難と同時に波にのまれた八名を除き、残りの十二名はわずかに海面上に浮んだ船橋に集り、救助の手ののばされるのを待つたが、同月三十日に至り、うち二名は飢渇と過労のためついに餓死(遭難後十四日目)した。こえて本年一月三日朝に至り、フイリツピン南方海上において附近航行中の神戸市隆昌海運所属の貨物船那岐山丸に発見救助せられた。しかし、その時十名全員ひん死の状態にあり、うち一名はその日のうちに死亡、生命を全うしたのは最初の二十名中わずかに九名であつた。

右の事実は国民に諸般の疑問を起させるものがある。過去においては、板子一枚下は地獄と称して漁業は命を的に行うものと自他ともに許した時代があつたが、科学技術の進歩した現代に許さるべきはずはない。国家は国民の生命を保護することをもつとも初歩的な任務とするかぎり、そして生命は何物にも増して敬重されなければならないことを認めるかぎり、海上漂流十八日間、ついに国家の手によつては発見してもらえず、救つてもらえず、その間三つの生命は永久に失われ、危うく救われた八つの生命もまつたく遇然の幸運によるものであつた事実は、遭難者及びその遺族のみならず、一般国民をして不安ならしめるものがある。よつて、一般に漁船の遭難救助に関し、またとくに第一栄光丸の事件に関して、左の諸点を質問する。

一 政府は、平素から漁民をして万一の場合は国が救つてくれるという安心感をもつて業務にいそしむことを可能ならしめるにたる救助態勢をととのえているか。その機関、施設とくに飛行機、ヘリコプター等をもつてする捜索、救助の用意の有無等の詳細。

一 政府は、国民の生命保護のための活動については予算の限度等にしばられることなく、予備費を支出するに、ちゆうちよしない覚悟があるかどうか。

一 漁民が業務上死亡又は負傷した場合につき、昨年労働者災害補償保険法を改正して乗組員五名以上の漁船に強制適用されることになつたが、その実施状態はどうか。乗組員五名以下の場合は船主はさらに小資本であつて支払能力もさらに乏しく、これに雇われる漁民の不安と危険は、一層深刻であるが、これに対してはいかなる処置をとる考えであるか。

一 国家は、国民の生命を保護する義務を負うているかぎり、海難救助の施設に不備があるか、あるいはその運用適切を欠いたがために、国民に損害をこうむらせることになつた場合は、義務不履行(不完全履行)の責を負い、被害者に賠償すべきではないか。それとも救助は政府の国民に対する恩恵であると思つているか。

一 第一栄光丸の場合捜索に飛行機を使わず、巡視船の捜索を六日間で打ち切つたことから、政府各機関には日本的生命軽視の思想の残存を疑わせるものがあるがどうか。

一 次に第一栄光丸事件に関して、仮りに捜索用飛行機の準備がなかつたとしても自衛隊には沢山あるのであるから、捜索に飛行機を使わなかつた理由は何か。また捜査を六日間で打ち切つた理由は何か。

一 政府は、第一栄光丸の所有者たる日和佐漁業協同組合が漁船をふたたび建造して漁業を営むにつき、資金面その他の便宜を与えることができるか。

一 第一栄光丸乗組員は、船員保険による補償を受けるものであるが、とくに漂流中に餓死したる三名は政府の捜索活動の不充分に基くものであるから、その遺族を慰めるなんらかの処置をとる考えはないか。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一 現在、政府は海上保安庁に、巡視船九十五隻(うち遠洋の救難行動に従事できる二百七十トン型以上五十四隻)、港内艇二百九隻、ヘリコプター六機を有し、船艇の基地として全国主要港八十八箇所にわたりまして、海上保安部署(海上保安監部一、海上保安部五十、海上保安署三十七)を設け、その他の主要地域に五航空基地(函館、館山、大村、舞鶴、新潟)を設置し、巡視船艇は、海上保安部署に、ヘリコプターは航空基地に、それぞれ配置し、何時いかなる海難救助にも対処できますよう、常時、船艇、航空機を待機せしめまして、現有勢力をもつて最大効果を挙げるよう海難救助態勢の確立を図つております。

なお、本年三月には、遠距離行動の可能なビーチクラフト二機が館山に配属される予定でありまして、救助態勢の向上を期待することができるのであります。

このように政府は、従来、救助施設の整備充実に努めてきたのでありますが、なお、一層整備強化する必要が認められますので、今後ともこれに努力する所存であります。

二 海難が頻発し、あるいは大規模な海難が発生したため救助活動に要する船舶運航費、その他経費に不足を生じました場合には、既定経費を差し繰り万全の措置をとる所存でありますが、なお不足の場合には、予備費支出の手段を講じましても救助活動に当る所存であります。

三 昨年九月労働者災害補償保険法を改正してからの漁船に対する同法の適用状況は、法律改正直前の八月末における適用労働者数六万四千九百人に対し、昭和三十年末における適用労働者数は十一万八千四百三十九人となり約二倍の増加率を示しております。

また、これに対する補償費の支払状況は、改正前においては毎月平均して件数において約六百二十件、金額において約八百八十三万円でありましたが、改正後においては毎月件数において約八百十五件、金額において約二千三百万円となり、いずれも著しく増加しております。

次に総トン数五トン以上の漁船を強制適用とし、それ以下の漁船を強制としなかった理由は、

第一に、五トン未満の漁船は一般に陸地に近接した場所で操業しておる関係上、災害の発生が比較的少なくなつていること。

第二には、一般に漁船に乗り組む労働者数は、五トン程度の船においては大体平均五人位となるのが実態であつて、他の一般の製造工業等においては常時五人以上使用している場合に労災保険の強制適用事業としている関係上これとの調整を考慮したことに因るものであること。

第三に、総トン数五トン未満の漁船による事業は、近代的保険関係に入る態勢がきわめて不備であること。

等によりますが、しかし一方においてはこれらの船主に対しましても努めてその態勢を整備せしめて任意加入するよう積極的に指導勧奨し、労働者の不安の除去と保護に遺憾なきを期したい所存であります。

四 国民の生命を保護するための措置を講ずることが国の基本的な任務でありますから政府が海難救助を実施する任務を有することは明らかでありますが、このことの結果として、個々の国民が法律上国に対して具体的な救助の請求権を有することになるとは思われません。従つて国による債務不履行が成立する余地はないのでありますから、国は、当該国民に対しその損害を賠償すべき法律上の義務を有しないものと存じます。

しかしながら、国民の生命を保護することが国家の本質的な使命であつて、個々の国民に対し恩恵として与えられるものでないことは申すまでもないところと存じます。

五 第一栄光丸の捜索については、該船の遭難地点が本邦南方洋上七百五十浬の遠距離であつたため米軍航空機の出動を要請いたしまして海空よりする一週間にわたる捜索を行つたのでありますが、諸般の状況を勘案して、同船の生存の見込がほとんどないものと判断致し、かつ、たまたま該船船主からその労苦を深謝せられ、捜索を打ち切られたいとの連絡を受けましたので捜索を打ち切ることにしたものであります。

なお、政府におきましては、人の生命が至高の価値を有することを常時念頭に置いて万難を排して海難救助の業務遂行に当つているものであります。

六 政府は、本船の代船の取得のため、必要がありますれば、融資のあつせんにつき努力する所存であります。

七 船員保険は、被保険者たる船員及び被保険者を使用する船舶所有者が拠出する保険料を財源として、船員の相互救済及び船舶所有者の船員に対する災害補償責任を保険することを目的として運営されるものでありますから、法定の給付を行うことのほかに、本件のごとき場合において特別に見舞金その他の金品を支給することは、その性質上行うことができず、又、別途遺族に対して見舞金等を支給する処置をとることは、考えておりません。

右答弁する。

衆議院の原文

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