Kurage 質問主意書アシスト

ことばで探す › 衆議院 第24回

抑留漁船の損失補償に関する質問主意書

衆議院 第24回 第4号

提出者
衆議院
提出日
1956年2月16日
内閣転送 1956年2月18日
答弁書受領日
1956年2月24日
提出から8日
答弁の項目数
0
質問 803字/答弁 661字

質問本文

衆議院議長 ※(注)谷秀次 殿

抑留漁船の損失補償に関する質問主意書

高知県安藝郡室戸町代表者上田喜次郎氏の所有に係る中型まぐろ、かつお漁船第三繁栄丸(九十九トン七十六)は、昭和三十年七月二十四日サンギ諸島、シアウ島附近を航行中インドネシア国所属の小船(約三トン)の遭難船を発見し、男六名、女一名を救助し、航行途次にもかかわらずインドネシア国のウル港に寄港し、遭難者全員七名を無事関係者に引渡した。しかるに、インドネシア国は、不法入港の嫌疑をもつて第三繁栄丸を昭和三十年七月二十五日より同年八月二十三日まで約一箇月間にわたり不法抑留をなした。この間における乗組員をはじめ、その家族及び船主等の心情は察するに余りあるものがあり、その被つた物心両面の損害は多大なものがある。

現在のかつお、まぐろ漁業は、水爆被災以来魚価の低落等諸般の状勢から経営は種々困難をきわめており、特に当該船のごとく百トン以下の漁業者についてはその傾向はいちじるしい。

かかる実情下において今回のごとく約一箇月間にわたり不法抑留せられたことは漁業経営に重大な脅威を与える結果となり、かつ、ひるがえつて国際法上からしても今回の当漁船のとつた手段は合法的であり、海難救助という道義上当然である措置に対してはなんら制約を受けるべきものでないと信ずる。

以上の事由により昭和三十年十一月二日第三繁栄丸代表者上田喜次郎外二名の名をもつて農林省、外務省を経由しインドネシア国に対し賠償請求をなした。しかるに本日に至るもなんらの回答に接せず、乗組員をはじめ船主の窮乏は一日たりとも猶予せられない事態になつているが、外務省とインドネシア国との間の交渉経過はいかになつているか。また交渉が長引く場合、政府はこの乗組員、船主一同の窮乏をいかなる方法をもつて救済する所存であるか。かつまた政府において代済する意思はないか。政府の見解を伺いたい。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一 本件に関する交渉経過を述べれば、政府は船主側の提出した損失補償請求を昭和三十年十一月受領したのであるが、政府としても右請求は正当と認められたので、同年十二月九日付をもつて、在本邦インドネシア総領事館を通じ同国政府に右請求の善処方を申し入れるとともに、事件経緯を在ジャカルタ本邦総領事にも通報し本件解決のため側面的に協力するよう指示した。

しかしてインドネシア総領事館よりは、直ちに右申し入れを本国政府に回付するとともに、何分の回報があれば政府に連絡すべき旨返答があつたが、その後現在にいたるまでなんら同国政府よりの回報の連絡に接していない。政府としても、当事者の困窮状態にもかんがみ、昭和三十一年一月末、更に、在ジャカルタ本邦総領事に訓令し、インドネシア政府当局者に直接接触させ、交渉の促進方を努力させているが、この筋からもいまだ見るべき反応に接していない次第である。政府としては、更にわが方出先をしてインドネシア側を督促させるとともに、在京インドネシア総領事館に対しても、改めて申し入れを行い、本件に対するインドネシア側の早期処置を要請する所存である。

二 なお、船主、乗組員一同に対する日本政府の救済措置については、事情に応じ検討することとしたいが、具体的方法の決定は、インドネシア側の出方如何にもよるところであるので(政府による代済は、現在の段階では考慮し難い)、政府としては差し当り更に前述の外交交渉を進めて、それに対するインドネシア側の出方に応じ適当な対策を考慮、善処に努めることといたしたい。

右答弁する。

衆議院の原文

似た質問主意書

件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。

提出 1956年2月21日 阿部五郎 答弁 1956年2月28日
衆議院 第24回 第5号
提出 1974年5月7日 米内山義一郎 答弁 1974年5月14日
衆議院 第72回 第25号
提出 1950年12月22日 横田甚太郎 答弁 1951年1月22日
衆議院 第10回 第57号
提出 1956年5月21日 佐々木良作 答弁 1956年5月29日
衆議院 第24回 第10号
提出 1977年3月22日 小川国彦 答弁 1977年4月12日
衆議院 第80回 第12号承知していない ×2
提出 1955年7月6日 森本靖 答弁 1955年7月15日
衆議院 第22回 第23号
提出 1950年3月18日 大澤嘉平治 答弁 1950年3月31日
衆議院 第7回 第93号

この論点で次の質問を書くなら

アシストで並べる