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国鉄高架線下の賃借に関する質問主意書

衆議院 第48回 第2号

提出者
衆議院
提出日
1965年1月25日
内閣転送 1965年1月27日
答弁書受領日
1965年2月9日
提出から15日
答弁の項目数
0
質問 693字/答弁 1,057字

質問本文

衆議院議長 ※(注)田 中 殿

国鉄高架線下の賃借に関する質問主意書

一 東京都千代田区神田仲町一丁目五番地国鉄線御茶の水秋葉原間神田旅籠町第十三号高架下二〇坪三合六勺につき、昭和三十九年十二月十八日附答弁書によれば『(1)戦前の使用経過については国鉄の書類焼失のため詳らかではないが、丸二青果荷受配給株式会社取締役社長松井繁夫氏及び日産機械工業株式会社(後の日米産業株式会社)取締役社長石井明氏の両名に使用承認していた模様である……』とあるが、貸付台帳が管理部管理課長より、昭和三十七年十二月十日、東京地方裁判所昭和三十三年(7)第五二四号建物所有権移転登記抹消等事件につき、同裁判所民事第三十二部に提出され、同月十二日、同裁判所書記官松尾貢氏が複写している。右貸付台帳には、丸二青果荷受配給株式会社及び日産機械工業株式会社に共同使用承認していた旨の記載があるがいかん。

二 日米産業株式会社に戦後はじめて使用承認した年月日及び渡辺吉男氏との共同名義に変更した年月日はいつか。

また前記丸二青果荷受配給株式会社を除外して日米産業株式会社にのみ使用承認した理由並びにもと国鉄職員であつたといわれている渡辺吉男氏との共同名義に変更を承認した理由。

三 前記答弁書によれば『戦災により建物が焼失したため国鉄は他の使用承認者と同様に昭和二十年八月七日に使用承認を取り消したもので、これにより使用関係は消滅したものと解している』とあるが、取消は関係者に通知をなしたか。なしたとすれば、いかなる方法でしたのか。

国鉄は、当時の高架下の使用関係の法律的性質をどのように解しているのか。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一 貸付台帳の記載からみて、(1)当初から共同使用承認をしていた。(2)両者に区分して別個に使用承認した。(3)記入順からみて丸二青果荷受配給株式会社に承認した後、日産機械工業株式会社を追加して共同使用承認した。と三通りに解釈できるが、原議が焼失しておるので明確は期し得ないため、「両名に使用承認していた模様」としたものである。

二 日米産業株式会社取締役石井明に使用承認したのは昭和三十一年十一月二十六日付け東営事第一一六二六号であり、日米産業株式会社取締役社長石井明と北区中十条二の十九渡辺吉男の共同使用承認としたのは昭和三十三年二月三日付け東財管第七九号である。

また、日米産業株式会社取締役社長石井明に使用承認した理由は、東京地方裁判所において訴訟事件の結果、昭和三十一年十月二十九日調停が成立し、同調停条項第三項の「国鉄は日米産業株式会社に使用承認を考慮すること」に基づき、日米産業株式会社取締役社長石井明に使用承認したものである。

なお、当時丸二青果荷受配給株式会社からは東京地方裁判所及び国有鉄道に対し何ら意思表示がなされておらず、使用承認にあたつて特に、丸二青果荷受配給株式会社を除外したものではない。

日米産業株式会社と渡辺吉男の共同使用承認に変更したことについては、日米産業株式会社に使用承認した後、昭和三十二年三月衆議院決算委員会において、国鉄の高架下管理についての決議もあり、国鉄としては、とりあえず高架下使用の正常化をはかるため、「高架下使用に関する暫定措置要綱」を定め、高架下使用名義人と高架下建物所有者とを一致させる等の実態に即した処理をすることとなり、本件高架下についても、日米産業株式会社と渡辺吉男の両名が建物所有を証する登記簿抄本を添附のうえ出願があり、前記処理方針にもそうので、共同使用承認をしたものである。

三 貸付原議が焼失しているため、いかなる方法により通知したかについては明確を期し得ないが、貸付台帳に昭和二十年八月七日東施総二〇第四二六号をもつて使用承認取消しのむねの記載があるので、通常の通知方法によつて戦前の使用承認は取消してあるものと解している。

なお、隣接者の台帳記入事項も同一のものであるが、他地区については取消したことについて問題なく処理されており、東京地方裁判所における調停に際しても、同様の判断が下されたものと考えている。

また、当時の高架下は国有財産であり、国有財産法第一八条(旧法第四条)に基づく行政行為による使用収益と解している。

右答弁する。

衆議院の原文

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