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北海道の黒蝕米対策に関する質問主意書

衆議院 第68回 第4号お答えすることは困難 ×1

提出者
衆議院
提出日
1972年3月6日
内閣転送 1972年3月8日
答弁書受領日
1972年3月14日
提出から8日
答弁の項目数
0
質問 825字/答弁 742字

質問本文

衆議院議長 ※(注)田 中 殿

北海道の黒蝕米対策に関する質問主意書

北海道の米の主産地である旭川市を中心とする上川地方に近年黒蝕米が発生しはじめ、昨年は、これが上川地方全域から空知地方にも拡大して異常発生を見、冷害の被害を一層深刻なものにした。

黒蝕粒の混じつた米は政府買上げとならず、今なお約四十万俵が買手のないまま農家に眠つており(売れても一俵四千円程度)、しかもその黒蝕米の発生原因はまだ明らかでないだけに、米作そのものがいま重大な転機にあることも手伝い、春耕期を前にした北海道米作農民の動揺はきわめて大きい。

よつて、政府がすみやかに農民を安心させる措置を講ずることを要求し、次の諸点につき質問する。

一 政府は黒蝕米発生の実態を、いかに把握しているか。

二 政府は黒蝕米発生の原因究明と防除対策のため、これまでどのように努力したか。また、今後いかなる予算措置をもつてどのように対策に当たるつもりか。北海道及び関係市町村でもそれぞれ担当の予算を計上し対策を講ずることとしているが、政府の措置はこれと十分協力して進めるべきだと思うがどうか。

三 原因も対策も明らかでないまま本年の水稲作付をしなければならないため、農民の不安はおおいがたいが、政府は本年の作付についても有効な措置を講じ農民の指導に当たるべきであると思うがどうか。

四 農業所得に対する課税について、青色申告の場合は所得の実態がおおむね現われるが、白色申告の場合は基準所得による課税となるため、黒蝕米のように収穫はあつても手取額が少ないという実態が現われにくいので、被害の実情を十分に反映した課税措置を講ずべきであると思うがどうか。

五 農業災害補償法による共済金の支払いについては、たんに機械的に収穫総量を計算するだけでは実情にそえないので、黒蝕米の被害粒は収穫からおとすとともに、収穫の量とともに質についても損害補償を行なうよう現行制度を改善すべきではないか。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一 質問主意書一については、北海道の昭和四十六年産米のうち、買入対象とならなかつた規格外玄米で主として黒蝕米が原因となつているものが、約二四、五〇〇トンある。

二 質問主意書二および三については、これまで、北海道立上川農業試験場、農林省農業技術研究所等において黒蝕米の試験研究を実施してきており、今後さらに、農林省および北海道の試験研究機関との共同研究体制を一段と強化することとしている。また、北海道庁においては、試験研究機関、行政機関等をもつて構成する北海道黒蝕米対策協議会を近日中に発足させ、黒蝕米に関する対策について調査検討を急ぐこととしている。

当面の対策としては、病害虫防除を徹底して行なつた水田、適期刈取りおよび過乾燥の防止に努めた地区等では黒蝕米の発生が少なかつたという事実にかんがみ、昭和四十七年における稲作の指導に当たり、普及事業等において現地の実態に即し、きめの細かい指導を行ない、黒蝕米の発生防止に努めてまいる方針である。

三 質問主意書四については、黒蝕米の発生した白色申告者の農業所得金額の計算については、黒蝕米の発生を加味しないで算定した米価を基として計算した所得金額から、当該農家の黒蝕米による所得の減少額として計算した額を控除する方法によることとし、各農家の被害実態が、農業所得の計算に反映するよう措置している。

四 質問主意書五については、現行農業災害補償制度における農作物の損害評価において、被害の実態を勘案し、特例措置として黒蝕粒を含む被害粒を控除して収穫量を決定するほか、精白歩留りの低下分を収穫量から控除しうるみちを開いているところである。

なお、損害評価において質の低下を一般的に加味することは、技術的に難点が多く困難である。

右答弁する。

衆議院の原文

この答弁書に出てくる定型句

お答えすることは困難 ×1

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