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政府の親米政策に関する質問主意書

衆議院 第9回 第14号

提出者
衆議院
提出日
1950年11月21日
内閣転送 1950年11月26日
答弁書受領日
1950年12月2日
提出から11日
答弁の項目数
0
質問 344字/答弁 137字

質問本文

衆議院議長 ※(注)原喜重※(注) 殿

政府の親米政策に関する質問主意書

日本国民はどうして親米的のみでなくてはならないのか。米国にも惡いことは随分あるではないか。これは共産党員の私のみがいうのではなく、アメリカのフイリピン調査団が発表したベル報告書によると、フイリピン政府のとく職行為をばくろしているが、それに対して、キリノ大統領は「この破産と腐敗と墮落はアメリカのお手本に習つているのである。うんぬん。」とのべていると、ロンドン三十日発テレプレスは記している。従つて親米的と云うのが日本を発展させるとは限らない。余りにも親米的な日本の吉田自由党政府に対して、親米の内容と実践、そうしてその行為のみが日本に貢献し、日本人としての最良の生がいを終る理由を明示してもらいたい。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

日本国民が親米的でありとすれば、それは国民全般が自然にそうなつたのであつて、だれに勧誘されたのでも又は強制されたのでもない。

政府は、現在降伏文書に基く義務を忠実に履行しているのであつて、これは、当然のことであり、又、これ以外に日本の行くべき道はないと信ずる。

右答弁する。

衆議院の原文

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件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。

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