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第17回日米安保運用協議会に関する質問

参議院 第76回 第5号

提出者
参議院
提出日
1975年10月2日
内閣転送 1975年10月4日
答弁書受領日
1975年10月9日
提出から7日
答弁の項目数
6
質問 518字/答弁 639字

質問本文

第十七回日米安保運用協議会に関する質問主意書

一、去る六月二十一日、第十七回の安保運用協議会が開かれた事実があるか。

二、当日の出席者を日米双方にわたつて明らかにされたい。

三、その席上、日本側からいわゆる防衛分担のアウトラインやかなり精細な任務分担についてメモを提出したものと仄聞しているが、その内容を提示されたい。

四、又その日本側試案に対するアメリカサイドの反応についても同時に明らかにされたい。

五、日米安保条約第五条、発動時の憲法解釈をめぐつて意見が交わされたものと思われるが、その際の日米双方の主な論点を提示されたい。

六、関連して在日米軍基地、特に岩国、嘉手納、横田、横須賀等の有事に於ける運用についてアメリカ側の積極的な要望が述べられたものと思うがその間の応酬を明らかにしてもらいたい。

七、いわゆる日米間の防衛分担構想はすべて日米安保運用協議会の場で煮つめるのか。

それとも最終的な仕上げや確認は改めてより高度な政治的場を設定することによつて行うのか、方向と方針は如何か。

八、更に“防衛分担構想”は少くとも今年内に一応の成案を得べく作業中ではないのか。

メドをどの辺りにおいているのか明らかにされたい。

右質問する。

参議院の原文・経過

政府答弁書

一、について

第十七回安保条約運用協議会は、昭和五十年六月二十一日に開催された。

二、について

同協議会には、日本側から、有田外務審議官、山崎アメリカ局長、久保防衛施設庁長官、丸山防衛局長及び白川統幕議長が出席し、米側からは、シュースミス在京米国大使館公使、ピートリー同大使館参事官、ガリガン在日米軍司令官及びスノーデン同参謀長が出席した。

三、及び四、について

同協議会において、丸山防衛局長より、最近の国会における防衛論議について説明した際、防衛協力の問題についての防衛庁の考え方、国会論議の模様、新聞報道等についても言及したが、「メモ」あるいは「日本側試案」が提示されたことはない。

五、及び六、について

質問のような事実はない。

七、について

防衛協力に係る諸問題は、我が方としては、安全保障協議委員会の枠内に新たに設けることを予定している研究、協議の場において、同協議委員会の指示の下に検討してゆくことを考えている。

将来、この研究、協議の場における検討の結果、何らかの結論が得られた際には、同協議委員会に報告の上、それぞれの政府において処理されることとなろう。

八、について

さきの坂田・シュレシンジャー会談において、昭和五十年八月六日の日米共同新聞発表第四項の趣旨を踏まえ、防衛協力に係る諸問題について研究、協議するための場を、安全保障協議委員会の枠内に設けることが了解されたところであり、まずその場を設けることが必要であつて、実際の協議はそれ以降のこととなろう。

参議院の原文

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