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内閣の施政発表方式に関する質問主意書

衆議院 第1回 第1号

提出者
衆議院
提出日
1947年6月28日
内閣転送 1947年7月1日
答弁書受領日
1947年7月4日
提出から6日
答弁の項目数
0
質問 745字/答弁 243字

質問本文

政府は六月十二日経済緊急対策を発表し、同日各界の協力を求め、六月十九日労組代表の協力を要請し、六月十二日より十五日まで関西の財界及び労組に協力を懇請し、六月二十一日には新日本建設國民運動の要領を発表し、六月二十七日には各界代表と懇談するとか、更に食糧緊急対策を決定し、これを政令によつて発表せられる意図を持たれている等、組閣以來政府の施政方針を逐次迅速に明確にされつつある。

一方、國会は政府の希望を容れて六月四日より二十二日まで休会し、二十四日よりは自然休会となつているが、政府の重要なる施政の方針は、残念ながら國会全般には説明されないで、各界代表に優先的にされている実情にあることは、卒直に申して國会の立場を輕視するものではないかと思はない訳にはいかない。この点について新憲法下の内閣として愼重なる考慮を促したいと思う。

此のことは内閣の行政上の措置であつて、違法ではないと考えられるが、経済緊急対策は法律によつて実行されるものが多いので、立法府に対してこそまず第一に説明せられることが妥当であると信ずる。特に食糧緊急対策の一部が政令によつて実行されるようなことは、誠に遺憾にたえない次第である。

國会議員は自他ともに許す國民の代表であるが、休会中各地において演説会を開催して、國民に中央政界の報告をする際、政府の重要なる施政の一端を單に新聞や早耳の範囲で説明しなければならないことは、民主政治のため残念に思うのである。國会開会当初における内閣総理大臣の施政方針演説は、從來の慣行であるが、今後はこのような形式を打破して刻々の施政方針をできるだけ多くの機会に、書面により又は、会合を利用して、國会全般に明瞭にされることを要望すると同時に、これについて内閣の所見を伺いたい。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

政府は組閣以來鋭意政策の立案整備に努め來つたのであるが、当面の危機突破のためには、全國民一丸となつての協力を必要とし、且つ又、危機の重大性に鑑み極めて迅速に、政府の政策を各界に徹底させる必要上、休会中全國会議員の参集を得ることは困難であつたので、緊急止むを得ず衆参両院正副議長、常任委員会委員長、各政党の幹部をはじめとし、諸團体の代表と懇談し、その協力を求めた次第である。

尚質問の趣旨には、政府も賛成であるので、今後とも政策の発表に当つては出き得る限りこの趣旨に副つて行く所存である。

衆議院の原文

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