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旧ポルトガル領東チモールに関する再質問主意書

衆議院 第104回 第22号

提出者
衆議院
提出日
1986年5月9日
内閣転送 1986年5月14日
答弁書受領日
1986年5月27日
提出から18日
答弁の項目数
6
質問 1,314字/答弁 1,539字

質問本文

衆議院議長 坂田道太 殿

旧ポルトガル領東チモールに関する再質問主意書

一 四月九日の衆議院外務委員会における私の質問に対して、政府は「東チモールの帰属については、インドネシアとポルトガルの間で現在行われている話しあいを静かに見守りたい」と述べているが、十年にわたる戦争の当事者たる東チモール人の代表、特に併合反対派の東チモール独立革命戦線がこの話しあいに参加していない事実について、政府はどう判断するか。

またこの答弁は、一九七五年十二月に、日本政府がそのとりまとめに努力したという安全保障理事会の決議である「すべての関係当時国が国連の努力に協力するよう要請する」という内容に矛盾するのではないか。

二 インドネシア軍の東チモール全面侵攻以降から現在に至るまでに、日本政府代表が行つたすべての東チモール視察に関して、以下の項目についてその内容を明らかにされたい。

1 日時

2 日程

3 訪問地

4 聞き取り対象者、聞き取り内容

5 聞き取りの同行者

6 日程作成者

7 東チモール独立革命戦線との接触の有無

三 前回の質問主意書(三月七日、質問第八号)に対する回答では、「我が国在インドネシア大使館館員の現地視察の結果及び同地域で活動している赤十字国際委員会の説明からは、人権状況が悪いとの報告は受けていない」となつている。しかし、アムネスティー・インターナショナルの報告等によれば、明らかな人権侵害の事実が示されている。とりわけ、併合反対派勢力並びにその家族に対する人権侵害は、はなはだしいものがある。

これに関連して、�@日本大使館員が行つた人権状況に関する視察の内容について具体的に述べられたい。�A上記の質問主意書の回答にあつた赤十字国際委員会の調査とは何をさすのか、その内容を提示されたい。

また、東チモールに対して、一九七五年から現在に至る期間に赤十字国際委員会が行つた活動の内容について、日本政府が入手した資料は何か。それらすべてを明らかにされたい。

四 四月九日の衆議院外務委員会で安倍外務大臣は、「東チモールにおいて人権状況が悪いという事を、私はきいておりません」と述べたが、大臣は東チモールの人権状況について、日本国内において、また国際的に活動している非政府系組織、または個人から報告を受けとつてはいないか。もし受けとつているなら、それらの内容を提示されたい。

五 一九七六年の「住民代表者会議」で東チモールのインドネシア合併が決議されたとインドネシア政府は主張しているが、この会議の内容はいかなるものであるか、どういう住民代表が何人集まつたのか、どこの国の大使が何人参加したのか。

また、日本政府もこの会議への参加を求められたにもかかわらず、参加することを拒否したのはなぜか。

六 前回の質問主意書(三月七日、質問第八号)の回答で、日本政府がとりまとめに努力したと述べ、かつ日本政府がそれに賛成した一九七五年十二月の国連安全保障理事会の決議は、東チモールの領土保全、自決権の尊重及びインドネシア軍の即時撤退を要請するものであるが、この要請を日本政府の基本的態度であると認識してよろしいか。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一について

東チモールの帰属等に係る問題については、国連事務総長の仲介により関係当事国としてのインドネシアとポルトガルとの間で話合いが進められている。我が国としては、一貫して同事務総長のこのイニシアティヴを評価してきており、この話合いを見守つているところである。

二について

(1) 千九百七十五年八月の東チモールにおける武力衝突発生以降の第一回目の視察は、千九百七十八年九月六日から八日まで行われ、ディリー市のほか東チモール本島の東部及び西部を訪れ、これらの地域の官民と面会し、治安、経済、食糧及び衛生事情につき聴取した。

(2) 第二回目の視察は、千九百八十五年四月八日から十一日まで行われ、ディリー市のほか東チモール本島東部、西部及びアタウロ島を訪れ、これらの地域の官民と面会し、治安、経済、食糧、衛生、開発及び人権状況につき聴取した。

(3) 第三回目の視察は、千九百八十六年四月二十九日から五月一日まで行われ、ディリー市及び東チモール本島西部を訪れ、これらの地域の官民と面会し、治安、経済、食糧、衛生、開発及び人権状況につき聴取した。

(4) 右三回の視察に際しての面会には、おおむねインドネシア政府関係者が同行した。視察の日程は、第一回目についてはインドネシア側が作成し、第二回目及び第三回目については視察者側がインドネシア側と協議の上作成した。いずれの視察においても、「東チモール独立革命戦線」と接触した事実はない。

三について

(1) 千九百八十五年の訪問の際、アタウロ島における避難民の状況、ディリー市コマルカ刑務所等を視察した。

千九百八十六年の訪問の際、ディリー市ベコラ刑務所及び元アタウロ島収容者の一部が移住しているカイラコ移住地等の状況を視察した。

(2) 東チモール地域で活動している赤十字国際委員会の説明によれば、同地域での人権状況が悪いと判断すべき具体的情報はない。

(3) 赤十字国際委員会は、千九百七十九年以来、現在まで十六回にわたり東チモール地域における同委員会の活動に関する報告書を作成しており、我が国もこれを入手している。

四について

昭和六十一年三月十一日の参議院予算委員会において、安倍外務大臣より「東チモールをインドネシアが実効的に支配しておるということは承知しておりますが、人権抑圧等についての事実については私はまだ承知しておりません。」と述べた経緯はある。

我が国内外の非政府系組織及び個人から東チモールの人権状況に問題があるとの趣旨の文書を受け取つたことがある。

五について

(1)千九百七十六年当時の報道によると、同年五月三十一日ディリーで開催された「東チモール住民代表会議」(以下「会議」という。)の模様は、次のとおりである。

(イ)東チモール全域十三地区の代表二十八名の出席を得て、インドネシアとの合併問題を審議し、全会一致で合併支持を決定した。

(ロ)「東チモール暫定政府」主席大臣は、「会議」の閉会に当たり、代表団をジャカルタに派遣し、インドネシアとの合併のための請願を行う等と述べた。

(ハ)「東チモール暫定政府」の招待に応じて、インド、サウディ・アラビア、イラン、ナイジェリアの駐インドネシア大使又は臨時代理大使並びにマレイシア、タイ及びニュー・ジーランドの在インドネシア大使館館員が「会議」にオブザーバーとして参加した。

(2)我が国としては、東チモール問題に関する国連の活動を慎重に見極める必要があるとの立場から参加を差し控えた。

六について

我が国の東チモール地域に関する基本的な態度は、同地域の帰属等につき国連事務総長の仲介により行われている関係当事国間の話合いを見守るというものである。

右答弁する。

衆議院の原文

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