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青少年教育部存続に関する質問主意書

衆議院 第15回 第15号

提出者
衆議院
提出日
1952年12月18日
内閣転送 1952年12月20日
答弁書受領日
1952年12月26日
提出から8日
答弁の項目数
0
質問 401字/答弁 227字

質問本文

衆議院議長 大野※(注)睦 殿

青少年教育部存続に関する質問主意書

昭和二十七年四月より文部省所轄の教育研究所に、青少年教育部が昭和二十七年三月二十二日文部大臣裁定により設置され、地方研究員が各県に三名駐在し、青少年教育のために尽力してきており、これが費用は見返資金にて充当していたので、昭和二十七年度をもつて打切りとなる恐れあるを考え、青少年教育のブランクが憂慮せられる。

青少年団体に対する指導、資料調査、配布等この制度の存続がなされなければ、青少年団体の動きにサーヴイス・センターとしての機関がなくなり、その活動が渋滞することは必定である。

文部省は昭和二十八年度予算として計上してあるが、新期予算としては、一応考慮されている現状であり、青少年団体の前途ははなはだ憂慮されているが、かかる憂慮は速やかに一掃し、従前通り存続せしめるべきであると信ずるが、政府の確固たる方針を承りたい。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

青少年団体の健全な活動が、青少年の成長に及ぼすところはきわめて大であるが、青少年団体運営上の最大の支障となつているのは、技術的、専門的指導者の不足であつて、これのために期待されるような健全な活動が、活発に行われていない状況にある。国立教育研究所に設置した青少年教育部の職員である地方研究員は、青少年団体のこの支障を除く上に、有効な働きをしている点にもかんがみ、政府は質問の主意に沿つて、明年以降も引き続きこれを存置しうるよう努力いたしたい。

右答弁する。

衆議院の原文

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