ことばで探す › 衆議院 第165回
北方領土・貝殻島近海における日本漁船銃撃事件の初動対応に関する質問主意書
衆議院 第165回 第49号
質問本文
一 二〇〇六年八月十六日、北方領土・貝殻島近海で日本漁船「第三十一吉進丸」が銃撃・拿捕された事件(以下、「吉進丸事件」という。)の情報を外務省は、いつ、どのような経路によって知ったか。
二 外務大臣に「吉進丸事件」の第一報が報告された時刻を明らかにされたい。
三 二〇〇六年八月十六日午前に原田親仁外務省欧州局長が、同日午後に麻生太郎外務大臣が、ガルージン在京ロシア臨時代理大使を外務省に招致し、抗議を伝えたと承知するが、それぞれの時刻、抗議内容を明らかにされたい。
四 三について同一日に同一人物に二回抗議を行った外務省の真意を明らかにされたい。
五 外務省が内閣総理大臣官邸に「吉進丸事件」の第一報を報告した時刻を明らかにされたい。
六 外務省から「吉進丸事件」で留守宅に盛田光広氏の死亡について連絡した時刻を明らかにされたい。また、右連絡を行った外務省職員が課長補佐以上であったか否かについても明らかにされたい。
七 外務省欧州局の幹部で、日露外交を担当する責任者である原田親仁欧州局長、松田邦紀ロシア課長が盛田氏の留守宅に電話し、弔意を伝えた事実があるか。
八 外務本省は在ロシア日本国大使館に「吉進丸事件」について抗議するようにとの訓令を発したか。発したならば、その時刻と、それに基づき斎藤泰雄在ロシア日本大使がとった行動を明らかにされたい。
九 「吉進丸事件」の外務省における主管課は欧州局ロシア課か。
十 二〇〇六年八月十六日に松田邦紀ロシア課長は在京ロシア大使館に対して直接抗議を申し入れたか。
十一 外務省は「吉進丸事件」に対する二〇〇六年八月十六日の対応を適切であったと認識しているか。
右質問する。
政府答弁書
一、二及び五について
本年八月十六日日本時間午前八時頃、在ユジノサハリンスク日本国総領事館が、サハリン関係当局から最初の連絡を受け、直ちに外務本省に一報した。同連絡の内容には不明瞭な点が多かったため、引き続き、在ユジノサハリンスク日本国総領事館が、サハリン関係当局に照会を行った。その結果、ロシア側において、「第三十一吉進丸」の乗組員のうちの一名が、少なくとも瀕死の重傷を負い、死亡した可能性もあるとの情報を有していることが判明し、同日午前九時二十分頃、在ユジノサハリンスク総領事館が、外務本省にその旨連絡を行った。これを受け、外務大臣及び内閣総理大臣官邸に、同日午前九時三十分から午前十時の間に報告を行った。
三、四及び十について
本年八月十六日午前十一時三十分、原田親仁欧州局長が、ガルージン在日本国ロシア連邦臨時代理大使に対し、日本漁船「第三十一吉進丸」の銃撃・だ捕事件(以下「事件」という。)について、乗組員の安否を含め、事実関係を大至急確認し、通報するよう求めるとともに、事件が事実であるとすれば、領土問題に関する我が国の立場から到底容認し得ない等の抗議の申入れを行った。その後、ロシア側から、外交経路を通じて、盛田光広氏が死亡した旨の連絡があったことを受け、同日午後五時、麻生太郎外務大臣がガルージン在日本国ロシア連邦臨時代理大使に対し、日本人一名の生命が失われるという極めて由々しき事態が生じたこと等について厳重に抗議するとともに、再発防止等を要求する申入れを行った。
六及び七について
本年八月十六日午後四時頃、ロシア側から盛田光広氏が死亡した旨の連絡があったことを御家族に連絡したのは、課長補佐未満の外務省職員である。
同月十九日、山中�Y子外務大臣政務官(当時)が、盛田光広氏の死亡を確認し御遺体を引き取った後、御家族と直接お会いした際、弔意を伝えた。また、同月二十二日に行われた盛田光広氏の葬儀に、麻生太郎外務大臣、塩崎恭久外務副大臣(当時)及び山中�Y子外務大臣政務官(当時)より供花し及び弔電を発出した。
八について
本年八月十六日日本時間午後十時三十分、齋藤泰雄ロシア連邦駐箚特命全権大使は、アレクセーエフ外務次官に対し、麻生太郎外務大臣がガルージン在日本国ロシア連邦臨時代理大使に行ったものと同様の申入れを行った。申入れに関する訓令は、日本時間同日午後二時十四分に発出されている。
九について
お尋ねのとおりである。
十一について
外務省としては、事件に対する本年八月十六日の外務省の対応は適切なものであったと考えている。
似た質問主意書
件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。