ことばで探す › 衆議院 第198回
幼児教育無償化と待機児童解消の政府の取組の整合性等に関する質問主意書
衆議院 第198回 第108号趣旨が明らかではない ×1
質問本文
政府は、「子育て安心プラン」(二〇一七年六月二日公表)の中で、「待機児童解消に必要な受け皿約二十二万人分の予算を平成三十年度から平成三十一年度末までの二年間で確保。(遅くとも平成三十二年度末までの三年間で全国の待機児童を解消)」としており、また「平成三十年度から平成三十四年度末までの五年間で女性就業率八十パーセントに対応できる約三十二万人分の受け皿整備。」も明言しています。
一方、幼児教育無償化について、宮腰大臣は、二〇一九年三月二十日の衆議院内閣委員会で、「幼児教育、保育の無償化による保育の潜在ニーズへの影響につきましては、基本的に、既にほとんどの子供が認可施設を利用できている三歳から五歳児を対象としていること、ゼロ歳から二歳児については住民税非課税世帯に限定していることから、限定的であるというふうに考えております。」「無償化により待機児童がふえるとの御指摘は当たらないのではないかというふうに考えております。」と答弁しています。
そこで以下の通り、質問します。
一 「子育て安心プラン」により、二〇二一年三月末までには、希望する全ての子どもが待機児童となることなく、質が確保された保育サービスを受けられると理解していますが、それならば、政府資料「子ども・子育て支援法の一部を改正する法律案の概要」にある、無償化の対象となる認可外保育施設について、「五年間は届出のみで足りる経過措置を設ける」とありますが、この「五年間」は長すぎるのではありませんか。
二 一について、この「五年間」を定めた根拠を示して下さい。
三 「幼児教育無償化の制度の具体化に向けた方針の概要」(平成三十年十二月二十八日関係閣僚合意)では、「幼児教育の無償化の趣旨」として、「生涯にわたる人格形成の基礎を培う幼児教育の重要性」が示されています。今回の幼児教育の無償化により、「生涯にわたる人格形成の基礎を培う幼児教育」が行われることは、どのような政策により担保されていますか。また、そのことは、どのような政策により検証されますか。
右質問する。
政府答弁書
一及び二について
お尋ねの認可外保育施設に係る「五年間」の経過措置については、平成三十年五月三十一日に「幼稚園、保育所、認定こども園以外の無償化措置の対象範囲等に関する検討会」が取りまとめた報告書において、「認可外保育サービスは、認可保育所と比べ、例えば保育士の数が少ないなど質の面が十分でない場合がある。無償化が単に利用者負担を軽減するのみならず、これを契機として認可外保育サービスの質の向上につなげていくことが重要」であることを基本的な考え方として、「利用者の公平性の確保及び質の向上を促進する観点から、五年間の経過措置として、指導監督の基準を満たしていない場合でも無償化の対象とする猶予期間を設けることが適当である」とされたこと等を踏まえ、今国会に提出している子ども・子育て支援法の一部を改正する法律案(以下「法案」という。)による改正後の子ども・子育て支援法(平成二十四年法律第六十五号)第七条第十項第四号の内閣府令で定める基準に関する経過措置として、法案に盛り込んだものである。
また、待機児童の解消については、「経済財政運営と改革の基本方針二〇一八」(平成三十年六月十五日閣議決定)において、「待機児童問題が最優先の課題である」としており、引き続き、平成二十九年六月二日に公表した「子育て安心プラン」に基づき、平成三十二年度末までに約三十二万人分の保育の受皿を整備してまいりたい。
三について
お尋ねの趣旨が必ずしも明らかではないが、御指摘の「幼児教育無償化の制度の具体化に向けた方針の概要」における「生涯にわたる人格形成の基礎を培う幼児教育の重要性」との記載は、平成三十年十二月二十八日の幼児教育・高等教育無償化の制度の具体化に向けた関係閣僚会合で合意した「幼児教育・高等教育無償化の制度の具体化に向けた方針」(以下「方針」という。)において、「幼児教育は生涯にわたる人格形成の基礎を培うものであり、子供たちに質の高い幼児教育の機会を保障することは極めて重要である」とされていることを踏まえたものである。今般の幼児教育・保育の無償化は、方針にあるとおり、「法律により、幼児教育の質が制度的に担保された施設であり、広く国民が利用している幼稚園、保育所、認定こども園及び地域型保育を利用する三歳から五歳までの子供たちの利用料を無償化する」ものであり、質の高い幼児教育の機会を保障することに資するものと考えている。
似た質問主意書
件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。