Kurage 質問主意書アシスト

ことばで探す › 衆議院 第7回

農地委員会書記の身分に関する再質問主意書

衆議院 第7回 第102号

提出者
衆議院
提出日
1950年3月28日
内閣転送 1950年4月1日
答弁書受領日
1950年4月7日
提出から10日
答弁の項目数
0
質問 1,324字/答弁 301字

質問本文

衆議院議長 ※(注)原喜重※(注) 殿

農地委員会書記の身分に関する再質問主意書

政府は、さきの答弁により市町村農地委員会は国家機関ではなく、又それに勤務する書記も国家公務員でないことを明らかにしているが、しからば農地委員会書記は地方公務員であり、従つて市町村吏員としての身分の保障が與えられなければならない。

しかるに政府は、これらの点を明確にすることを回避し、その責任は政府に無しと卑怯きわまる態度をとつている。

今回の一万二千名の首切りも、農地委員会書記がその勤務上においてなんらかく首される理由がないのにもかかわらず、單なる政府の財政難を理由としているのみで、一方的に行うものである。これは労働者の基本的人権を無視する前代未聞の罪惡行為であり、断じて許すべからざるものである。よつて政府は、農地委員会書記の身分に関する次の諸点に対し、その法的根拠を明確に挙げて答弁されたい。

一 農地委員会は、地方公共団体に設置された機関であり、その経費は地方公共団体によつて賄われているのであるから、農地委員会書記は市町村吏員である。これにつき政府の見解如何。

二 さきの答弁では、農地委員会書記は市町村の職員たる身分を有するものといつているが、かかるあいまいな取扱によつて市町村職員としての取扱を受けていると考えるか。これについて政府の見解如何。

三 政府は、農地改革事業創設以来今日まで、なにが故に農地委員会書記の身分を市町村職員たる身分を有するものというあいまいなものにして、今日までに至つたのであるか。かかる存在を今日まで放置しておいたその理由如何。

四 農林省責任編集、農地委員必携(農地委員会全国協議会発行)第一三九頁第一行に「農地委員会の職員は中間的な性格を持つている。」と記されているが、中間的存在というものは存在し得るのか、又そのような存在はいかなる身分上の保障を與えられるものであるか。これにつき政府の見解如何。

五 市町村職員たる身分を有するものとは、あらゆる点において市町村吏員と同一であると解するが、これについての見解如何。

六 現在農地委員会書記は、市町村長がこれを雇ようし、市町村長より俸給を受けている。従つて書記の身分保障についての責任者は市町村長であると解するが、これにつき政府の見解如何。

七 農地委員会書記が、従来の業務より地方公共団体の業務につく場合は、今日まで同一職場内の配置転換として取り扱い、従つて退職金も給與せず、退職、新規採用等の手続もせず継続勤務として処置してきているが、この慣例から推察するに、市町村吏員として身分上の待遇をしていることになる。故に今後も市町村長は農地委員会書記の増減如何にかかわらず、農地委員会書記の身分を他吏員と同一に取り扱う責任と義務があると解するが、これについて政府の見解如何。

八 本年三月末をもつて農地委員会書記は予算上より一名かく首されることになるが、このかく首の当事者は、政府か市町村長かを明確にされたい。

九 農地委員会書記が、労働基準法に基く災害補償を受ける場合、その責任者は市町村長であり、支拂責任者も市町村長と解するが、これにつき政府の見解如何。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一乃至四、農地委員会は、地方公共団体に設置された機関であり、その経費は地方公共団体によつて賄われており、農地委員会書記は市町村の職員であるが、市町村吏員とは異る。かくの如き身分関係の職員は他にも例があり何等あいまいなものでないと存ずる。

五、六及び八、市町村農地委員会書記の任免権者は市町村長でなく、市町村農地委員会である。

七 市町村農地委員会書記は、市町村の公務員としての身分を有する点で市町村吏員と同じであるが、その身分取扱に関しては農地調整法及び当該市町村の條例の定めるところによるのであつて、地方自治法上の吏員と当然には同一の取扱をうけるとは限らない。

九 貴見の通りと存ずる。

右答弁する。

衆議院の原文

似た質問主意書

件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。

提出 1950年3月9日 土橋一吉 答弁 1950年3月22日
衆議院 第7回 第82号
提出 1960年5月10日 森本靖 答弁 1960年5月17日
衆議院 第34回 第7号
提出 1950年3月8日 松澤兼人 答弁 1950年3月22日
衆議院 第7回 第79号
提出 1950年7月28日 小平久雄 答弁 1950年7月31日
衆議院 第8回 第63号お答えすることは困難 ×1
提出 1950年11月30日 竹村奈良一 答弁 1950年12月8日
衆議院 第9回 第124号
提出 1948年12月4日 齋藤晃 答弁 1948年12月14日
衆議院 第4回 第1号
提出 1948年6月10日 山口武秀 答弁 1948年6月22日
衆議院 第2回 第13号
提出 1950年7月13日 横田甚太郎 答弁 1950年7月25日
衆議院 第8回 第11号

この論点で次の質問を書くなら

アシストで並べる