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外国為替管理委員会に関する質問主意書

衆議院 第9回 第146号

提出者
衆議院
提出日
1950年12月1日
内閣転送 1950年12月2日
答弁書受領日
1950年12月8日
提出から7日
答弁の項目数
0
質問 126字/答弁 4,547字

質問本文

衆議院議長 ※(注)原喜重※(注) 殿

外国為替管理委員会に関する質問主意書

一 外国為替管理委員会の役員の氏名、役員の経歴、委員会の運営に関する最近の詳細な状況等を示されたい。

二 又総司令部との関係局、部、課の担当者の氏名経歴は如何。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一 外国為替管理委員会の役員氏名、並びに経歴については左の通りである。

委員長 木 ※(注) 信 胤

大正十一年文官高等試験合格、同十二年東京帝国大学法学部卒業、同十四年横浜正金銀行へ入行、同行頭取席東京上海、漢堡各支店詰、ロンドン支店支配人代理、上海、南京各支店副支配人、本店総務部次長、東京支店副支配人を経て同二十年総務部長(調査部長兼務)となる。昭和二十年大蔵省企画室参與、同年横浜正金銀行退職、同年大蔵省参事官、同終戰連絡部長、昭和二十一年同省退官、同年日本経済復興協会事務理事、同二十四年外国為替管理委員会委員長となり今日にいたる。

昭和二十三年資格審査済(第AR、一三二号)

委 員 奧 村 竹 之 助

大正十四年文官高等試験に合格、同十五年京都帝国大学法学部卒業、合資会社三菱本社へ入社、昭和三年三菱商事株式会社へ転入、同六年サンフランシスコ支店長代理、以後本店水産部長代理、ロンドン、ニユーヨーク各支店長代理を経て、同十七年本店業務部長代理、同十九年大阪支店次長、同二十一年終戰連絡地方事務局参與、同二十二年同社を退社、同二十四年外国為替管理委員会委員となり今日にいたる。

昭和二十四年資格審査済(一二六、四五八号)

委 員 大久保太三※(注)

大正十三年東京帝国大学経済学部卒業、同大学大学院を経て日本銀行へ入行、昭和十年同行ロンドン代理店監督役付、同十二年帰朝、以後、営業局勤務、調査役大阪支店次長、審査部次長、人事部次長、(文書局次長兼務)を経て、同十七年海外駐在参事として上海駐在、同二十年本店勤務参事、同二十四年同行理事となり、同年外国為替管理委員会委員となり今日にいたる。

昭和二十三年資格審査済(第九〇〇七号)

委 員 杉 原 雄 吉

大正十二年東京帝国大学経済学部卒業、同十四年横浜正金銀行へ入行、同十五年東京支店詰、以後上海、ニユーヨーク、天津、大連各支店詰、奉天、新京各支店副支配人、哈爾浜支店支配人となり、同二十一年同行閉鎖に伴い退職、同二十三年証券処理調整協議会総務室長、更に事務局長を経て、同二十四年外国為替管理委員会委員となり今日にいたる。

昭和二十二年資格審査済(第一〇七四二五号)

二 外国為替管理委員会の運営状況は次の通りである。

1 外国為替管理委員会の任務及び構成

外国為替管理委員会は、昭和二十四年二月二日附連合軍総司令部覚書に基き、ポツダム政令をもつて同年三月設置されたが、同年十二月、右ポツダム政令に代る「外国為替管理委員会設置法」が制定された。委員会は総理府の外局として外国為替資金の適正、且つ、正当な使用を確保することをその目的とし、これがため外国為替特別会計を運用し、又「外国為替及び外国貿易管理法」に基く管理の行政事務の一部を実施する権限が與えられている。

委員会は、右の任務を遂行するため、内閣総理大臣が国会の同意を得て任命する委員長及び四名の委員(現員三名)から構成される。また委員会には委員会の事務を処理するため事務局が置かれ、且つ、委員会は日本銀行をしてその事務の一部を取り扱わせている。

委員会の最近における外貨資金の保管並びに外国為替及び外国貿易管理業務の状況は次の通りである。

2 委員会の運営状況

一 外国為替資金の管理運営

昭和二十四年十二月連合国軍総司令部が管理していた商業勘定が日本政府に移管され、委員会は同勘定に属する外国為替資金を総司令部に代り、「外国為替特別会計法」に基いて管理運営することとなつた。委員会は右の外国為替資金を総司令部の管理当時に引きつずき在日外国銀行に預金したが、その後本邦為替銀行と米国諸銀行との間にコルレス契約が締結されるに及び、ドル資金の一部をこれら海外のコルレス先諸銀行にも預金した。これらの勘定はいずれも「総司令部のための委員会勘定」(FECB Accounts for Account of SCAP)となつているが、委員会は日本銀行及び外国為替銀行に対し委任状(パワー・オブ・アツトーニー)を発行し、委員会の外貨勘定を運用する権能を與えている。これにより外国為替銀行は自ら外貨を有せずして輸出手形の買取及び輸入信用状の発行等の為替取引をなしうるのである。

外国為替特別会計法によれば、委員会は、外国為替の売買のほか、外国為替の預入、貸付、借入、保証等をなすことができる。これに基き委員会は、外国為替の売買を行うほか、外国為替及び貿易取引の必要に応じ、預入、借入、保証等を行つている。外国為替特別会計は、外国為替買取費(輸出等の場合)等を歳出とし、同売却費(輸入等の場合)等を歳入とする予算によつて運用される。最近の輸出振興の結果、特別会計の円資金は不足勝で、日本銀行よりの借入、及び外国為替資金証券の発行等によりこれを補つてきたが、補正予算案が成立すれば、一般会計及び貿易特別会計よりの繰入により皆済する予定である。

本邦の外国為替銀行は、昨年十二月一日より委員会の外貨勘定を引当として輸出手形を買取ることをみとめられ、本年一月一日よりは更に輸入信用状を発行しうることとなつた。委員会は、外国為替銀行の正当な取引にもとずく為替予約に応じ、もつて為替相場変動のリスクを負担する。

輸入における期限附(ユーザンス)手形の利用は、本年五月在日米国系銀行の自己資金による信用供與により始められたが、委員会は、日本銀行より外国為替銀行に外国為替資金を貸付ける外貨貸付制度を樹立し、本年九月二十五日から実施した。

本年六月「外国為替管理令」及びこれに基く「外国為替等集中規則」の制定により、外国為替銀行は米ドルに関する限り、国際取引の便宜を計るため必要がある範囲内で、これを委員会に集中せず自ら保持(但し、委員会勘定のサブ・アカウントとして)できることになつた。但し、委員会は、いつでもこれを集中しうる権能を留保している。

二 外国為替及び外国貿易の管理事務

昭和二十四年十二月「外国為替及び外国貿易管理法」の制定に伴い、委員会は、これに基いて外国為替売買相場、輸出入等の決済條件、並びに外貨予算の使用確認手続に関する規則を定め、大蔵省、通産省とともに新管理制度の運用を担当することになつた。

更に本年六月外貨資金の集中及び貿易外の取引に関する「外国為替管理令」が制定されたが、委員会はこれに基き外国為替等の集中手続を定めた。又、特別預金勘定の制度が実施され、国内における外貨取引が原則的に禁止されることとなり、委員会は同勘定の交換性(Convertibility)を確保するため外国為替銀行による特別預金勘定の経理手続を定めた。

本年八月、従来の輸入先着順承認制が一部自働承認制に改められたので、委員会はこれに関し外貨予算の使用確認手続を改正実施した。

対外取引の決済條件は、従来輸出入及び貿易外取引について別個の規則により定められていたが、委員会は、十一月一日正常な対外取引に対する制限を緩和し、貿易の促進を図るため、「標準決済方法に関する規則」により各種取引に関する標準決済方法を定めた。

以上で明らかなように、外国為替及び外国貿易管理法上の委員会の主な職務は、外国為替の売買相場を定めること、外貨資金の外国為替特別会計への正当な集中を確保すること、外貨予算制度の運用を監視すること、及び銀行手続を定めることにある。又短期の外貨資金の借入を許可する機能は委員会に属している。

三 総司令部との関係局、部、課の担当者の氏名、経歴は次の如くである。

事務局長 牛 場 信 ※(注)

昭和七年東京帝国大学法学部卒業、同年高等試験合格、外務書記生独国在勤、同十二年外務省條約局勤務、同十四年大使館三等書記官英国及び独国在勤、同十九年外務省政務局勤務、同二十年終戰連絡中央事務局第四部第一課長、同二十一年依願免本官、同二十四年外国為替管理委員会事務局長となり今日にいたる。昭和二十四年資格審査済(第一二七、七四一号)

事務局為替課長 渡 ※(注)  誠

昭和十二年高等試験合格、同十三年東京帝国大学法学部卒業、大蔵属となり、大蔵省理財局、為替局、貿易局勤務、興亜院事務官、大東亜省調査官、支那事務局、総務局、金融局、銀行局、特殊財務部及び内閣官房審議室勤務を経て同二十一年経済安定本部部員、同二十二年商工事務官、貿易庁経理局資金課長、同二十三年大蔵省理財局為替課長、同二十四年外国為替管理委員会事務局為替課長となり今日にいたる。

同貿易課長 村 上 公 孝

昭和十三年高等試験合格、同十四年東京帝国大学法学部卒業商工属となる。以後貿易局勤務、大東亜事務官、上海在勤、同二十一年貿易庁勤務、更に商工省輸出局、官房秘書課勤務貿易庁輸入局化学課長となり、同二十四年外国為替管理委員会事務局貿易課長となり今日にいたる。

同調査審議室 替 地 大 三

昭和九年上海東亜同文書院卒業、日本銀行へ入行以後、文書局、営業局、松本支店、調査局、外国為替局、外事局勤務等を経て同二十二年門司支店営業課長となる。同二十四年外国為替管理委員会事務局調査統計課長、同年十二月委員会事務局局員となり今日にいたる。昭和二十四年資格審査済(第一二八、一五三号)

同調査審議室 林  実 香

昭和十年高等試験合格、同十一年東京帝国大学法学部卒業、日本銀行へ入行以後文書局、国庫局、外国為替局、外事局、調査部勤務を経て、同二十年調査役門司支店次長以後副参事、秘書室調査役、外事局総務課長、同二十四年総理庁事務官、外国為替管理委員会事務局資金課長、同年十二月委員会事務局局員となり今日にいたる。

同検査課長 影 山 衞 司

昭和十四年高等試験合格、同十五年東京帝国大学法学部卒業、商工省に入り同年海軍主計中尉、同二十年商工事務官、燃料局石炭庁勤務以後経済安定本部部員、商工省総務局勤務、通商産業省通商振興局通商監査課長、同二十五年外国為替管理委員会事務局検査課長となり今日にいたる。

同管理部長 ※(注) ※(注)  ※(注)

昭和五年東京帝国大学法学部卒業、横浜正金銀行へ入行以後上海、ロンドン、天津、南京、新京各支店詰を経て本店総務部次長、同業務部次長となり退職、同二十五年外国為替管理委員会事務局管理部長となり今日にいたる。昭和二十五年資格審査済(第一四五、二九三号)

同管理部管理課長 小 島 要 太※(注)

昭和十三年高等試験合格、同十五年東京帝国大学法学部卒業、大蔵省に入り営繕管理局、主計局勤務、独国、伊国在勤を経て同十九年外資局勤務、同二十年瑞西国駐在、同二十一年理財局勤務、近畿地方物価事務局第一部総務課長、下京税務署長、賠償庁監査課長となり、同二十五年外国為替管理委員会事務局管理部管理課長となり今日にいたる。

同管理部外国為替予算課長 広 田 ※(注) 四 ※(注)

昭和五年東京商科大学卒業、横浜正金銀行へ入行以後奉天、盂買、東京支店詰、総務部長代理、総務部次長となり同二十二年同行退職、東京銀行本店勤務、同二十五年外国為替管理委員会事務局管理部外国為替予算課長となり今日にいたる。

右答弁する。

衆議院の原文

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