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人事院の体質に関する質問主意書

衆議院 第99回 第3号承知していない ×1

提出者
衆議院
提出日
1983年7月21日
内閣転送 1983年7月23日
答弁書受領日
1983年7月29日
提出から8日
答弁の項目数
5
質問 722字/答弁 866字

質問本文

衆議院議長 福田 一 殿

人事院の体質に関する質問主意書

人事院及びその関連団体の運営に関して、その実体を確認するため、次の事項について質問する。

一 国家公務員研修教材について

1 人事院と社団法人日本人事管理協会との間の「覚書きに基づく取決め」による教材発行価格の一割の編集費は、過去三年間において各年度いくらになつているか。

2 KET(財団法人公務研修協議会方式公務員倫理研修)教材の著作権法上の著作権はどこにあるのか。また、その法的根拠はどこにあるのか。

二 財団法人公務研修協議会について

財団法人としての設立に関して、人事院が関与した理由は何か。

三 人事関係法人協議会について

1 設立年月日、事務所の所在地及び責任者について明らかにされたい。

2 社団法人日本人事管理協会の昭和五十七年度決算書によると、昭和五十七年十一月から人事関係法人協議会に月額十五万円の会費が支出されているが、徴収方法及び徴収責任者を明らかにされたい。

四 昭和五十八年五月二十四日付「社団法人日本人事管理協会と財団法人公務研修協議会との連携協力に関する覚書」について

1 財団法人公務研修協議会の昭和五十八年度予算書によると、繰入金収入として千万円が計上されている。

社団法人日本人事管理協会の公研協特別会計からの繰入金の性格は何か。

2 人事院管理局は、この千万円の公研協特別会計からの繰入金の使用目的を、どの様に理解して、覚書に関与したのか。

五 人事院の顧問制度について

1 制度が始まつたのはいつで、その法的根拠は何か。

2 人事院顧問尾崎朝夷氏が六月二十九日辞表を提出されたとのことであるが、その後の経緯はどうなつているのか。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一について

1 人事院と社団法人日本人事管理協会(以下「人事管理協会」という。)との間の「覚書に基づく取決め」は、人事院に対してではなく、財団法人公務研修協議会(以下「公研協」という。)に対して編集費の支払を予定する趣旨のものであつたが、発効することなく関係条項が削除されている。このため、人事管理協会から編集費が支払われた事実はないと承知している。

2 KET(財団法人公務研修協議会方式公務員倫理研修)教材は、公研協発足前の任意団体段階における公務研修協議会において研究・開発されたものであると聞いており、その著作権は公研協にあると理解している。

二について

人事院は、国家公務員の研修について所管しており、公研協の設立趣旨にかんがみ、その設立に当たつて指導・助言を行つたものと承知している。

三について

人事管理協会の昭和五十七年度決算書には会費支出が計上されているが、関係者に事情を聴取したところによれば、一時、関係者間において親ぼく会をつくろうという考えがあつたものの、その運営等について意見の一致がみられなかつたため親ぼく会は発足せず、当該会費については人事管理協会に返戻されたと聞いている。なお、その徴収方法、徴収責任者については承知していない。

四について

1 公研協発足前の公務研修協議会の事務は、同協議会が公的機関における研修の推進等を目的として活動していたこともあつて、すべて人事管理協会が行つていたという従前の経緯に

かんがみ、公研協の設立に際して人事管理協会が援助を行う趣旨で予算書に計上されているものと理解している。

2 人事管理協会から公研協への繰入金は、一般的支出に充てられるものと人事院は理解し、指導・助言する立場から「覚書」の作成に立ち会つたと承知している。

五について

1 人事院の顧問制度は、昭和四十九年四月十一日に発足しており、人事院規則二 ― 八(人事院の顧問及び参与)に根拠を有している。

2 尾崎朝夷氏は、七月十一日付けをもつて人事院顧問の委嘱を解かれたと承知している。

右答弁する。

衆議院の原文

この答弁書に出てくる定型句

承知していない ×1

語の一致で数えたものです。答弁の評価ではありません。同じ型の答弁が過去にどれだけあるかは、型を押すと出ます。

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