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利根川及荒川堤防決壊に関しての質問主意書

参議院 第1回 第59号

提出者
参議院
提出日
1947年9月19日
内閣転送 1947年9月22日
答弁書受領日
1947年9月26日
提出から7日
答弁の項目数
0
質問 617字/答弁 497字

質問本文

一、利根川筋右岸栗橋町上流四粁原道村地先の今回の堤防決壊箇所は、測定水準下にあるを以て、十数年前より、地方関係町村は、毎年内務省に之が補強工事の促進を執拗に、申請し来りたるも、更に当局においては、之に応ずる色無く、遂に今次の災害を惹起するに至つたのは、当然の帰結に過ぎなかつたのである。その怠慢も甚だしく、依つて本決壊により生ずる凡ての責任は、当然国家が負うべきものたるは、論を俟たず。復旧工事一切の支弁、及びこれによつて生じた損害は、国庫より支出すべきものと確信する。

なお本川担当責任者に対しては、如何に責任を追求する考えで居られるか。

二、利根川河川改修工事完了後、その維持費として、毎年一千五百万円計上支出されている。これは如何なる工事に充当せられたのか。最近十箇年間にわたる支出明細書を提出せられたい。

三、荒川筋左岸決壊箇所田間宮村地先も、利根川同様、地元関係町村より、これまた毎年内務省に、堤防補強工事を陳情し来つたにも拘らず、当局は放慢、今日に及び遂に決壊するに至つたのは、総て国家の責任たるは申すまでも無く、依つて利根川同様、一切の損害及びその復旧等の支弁は、国家においてなすべきものと認める。

以上三件につき文書を以て御回答願いたい。

〒100-0014 東京都千代田区永田町1-7-1

電話:03-3581-3111(大代表)

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参議院の原文・経過

政府答弁書

一、今回の台風に因る異常の大出水に因り利根川堤防の決壊を見、大惨害を齎らしましたることは実に痛恨に堪えない次第であります。

利根川は昭和十年及び昭和十三年の大洪水に鑑みまして増補計画を樹立し、先ずその第一期として昭和十四年より十五ケ年計画工費約五百三十八万円を以て工事に着手して今日に至つたのでありますが、着工後幾何もなく戦時に突入し、工事の施工は極度の圧縮を受けましたる為、克く緩急順序を比較致しまして真に急を要する箇所より漸次着工致して来たのでありますが、今回の決壊箇所に至らぬ中に事ここに至りましたることは実に痛恨に堪えない次第であります。

これが復旧につきましては、国及び関係県相協力してその完了の一日も速かならんことを期する次第であります。

尚事ここに至りましたる以上現在は差当り一日も速かに復旧を完了することが責任を完うする所以と信じ関係者一同懸命の努力を致して居る次第であります。

二、最近十ケ年間の利根川維持費の支出状況は左の通りであります。

利根川筋維持費支出額調

三、荒川堤防の決壊についても利根川同様国及び関係県相協力して復旧の一日も速かならんことを期する次第であります。

参議院の原文

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件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。

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