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大豆及び雑穀に関する質問主意書

衆議院 第10回 第79号

提出者
衆議院
提出日
1951年5月23日
内閣転送 1951年5月23日
答弁書受領日
1951年5月29日
提出から6日
答弁の項目数
0
質問 152字/答弁 1,428字

質問本文

衆議院議長 林 讓治 殿

大豆及び雑穀に関する質問主意書

左記事項につき質問致しますから急ぎ御回答願います。

一 今日の緊迫せる国際情勢下にあつて大豆及び大豆粕の国内需給関係と今後における輸入の見透し如何。

二 国産の菜豆類及び青えんどう、でん粉等の輸出状況と今後における輸出の見透し如何。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一 大豆

1 大豆の本年度有効需要量は約五〇〇、〇〇〇トンであり、これに必要なランニング、ストツク五〇、〇〇〇トンを加えると五五〇、〇〇〇となる。これに対し供給見透しは、前年度からの持越五〇、〇〇〇トン国産大豆出まわり見込一五〇、〇〇〇トン(以上計二〇〇、〇〇〇トン)であつて、差引輸入を必要とする数量は三五〇、〇〇〇トンとなる。

2 最近の国内生産は次の通り逐年かい復し、本年産大豆は戰前の生産三五〇、〇〇〇トン程度に達する見込であり、出まわりも一五〇、〇〇〇トンは確実とみられる。

トン

昭和十一、十二、十三年平均

三五二、〇〇〇

同 二十一年

二〇二、〇〇〇

同 二十二年

一七四、〇〇〇

同 二十三年

二一四、〇〇〇

昭和二十四年

二一六、〇〇〇

同 二十五年

三二三、〇〇〇

3 輸入も次の通り順次かい復し、本年度の輸入見透はすでに米国から輸入されたがリオア大豆の政府買入七七、〇〇〇トンがあり、民間貿易による輸入は、一 ― 三月で米国大豆二八〇、〇〇〇トンの大量を買付けている現状であるが、このうち、現在まで約五〇、〇〇〇トン程度入港済で、今後確実に入港が期待されるものは十月ごろまでに一〇〇、〇〇〇トン(計一五〇、〇〇〇トン)程度と考えられる。この外米国から大豆粕の輸入が六〇、〇〇〇トン程期待される。このように現在輸入ものは丸大豆換算約三〇〇、〇〇〇トンがほぼ確保される見透しである。

この数量は年間要輸入量三五〇、〇〇〇トンに対し、大部分が確保され、むしろ時期的には相当の過剩になる見込となるので、大豆及び大豆製品の需給及び価格の安定を期し得るというよりは、むしろ正常な価格を時期的に維持し難い状況に立至るおそれがある。

歴 年 度

米   国

中   国

そ の 他

計

トン

昭和

二十一年

一、六〇〇

―

―

一、六〇〇

二十二〃

一〇、五〇〇

四、八〇〇

―

一五、三〇〇

二十三〃

三〇、五〇〇

一三、八〇〇

一、三〇〇

四五、六〇〇

二十四〃

一五七、九〇〇

三〇、六〇〇

一、七〇〇

一九〇、二〇〇

二十五〃

八九、〇〇〇

一〇〇、四〇〇

―

一八九、四〇〇

二 雑穀の輸出状況

昭和二十五年七月から現在までの間に次の通り輸出向として大部分北海道産のものを売却した。

原   穀

加 工 品

特   需

計

トン

トン

トン

トン

小     豆

二八二

一九八

―

四八〇

手  ぼ  う

二、四八六

―

―

二、四八六

中     長

九八九

八七六

―

一、八六五

長 う づ ら

一〇九

四九

―

一五八

え  ん  豆

七六

二三四

一七四

四八四

大     豆

―

二三二

―

二三二

黒  大  豆

四五

一二

―

五七

そ     ば

三、五〇〇

―

―

三、五〇〇

計

七、四八七

一、六〇一

一七四

九、二六二

右の外朝鮮向として、原穀のまま豆類二、一二五トンのものが、第八軍を通じ輸出された。

手ぼう、中長は欧洲が主な需要地であり、そばと共に大部分ドイツ向に出荷された。

小豆、黒大豆は、アメリカ方面の邦人向であり少量にすぎない。加工品は、さらしあん、甘納豆等黄粉、凍豆腐、味そ等であり、やはりアメリカ向である。

本年三月の統制撤廃により輸出者は国内自由市場から買付をしなければならず、現在価格はなお強調なので海外の需要は相当大きいにかかわらず今後の輸出は、現在のところ困難と思われる。

右答弁する。

衆議院の原文

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