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モノレール大船線の早期再開等に関する質問主意書

衆議院 第108回 第26号

提出者
衆議院
提出日
1987年3月30日
内閣転送 1987年4月1日
答弁書受領日
1987年4月7日
提出から8日
答弁の項目数
2
質問 1,402字/答弁 297字

質問本文

衆議院議長 原 健三郎 殿

モノレール大船線の早期再開等に関する質問主意書

モノレール大船線は、国鉄大船駅と横浜ドリームランド間五・二キロメートルを結んで昭和四十一年五月に日本ドリーム交通(株)によつて営業開始されたが、車両の過重量による軌道桁の亀裂発生により、四十二年九月以来二十年近く休止状態が続いている。

この間、モノレール大船線の営業再開を条件に、神奈川県及び横浜市によつて、ドリームランド隣接地に二千二百七十戸の分譲住宅(ドリームハイツ)が建設されるなど、周辺の人口は増加し、いまでは駅勢人口は中途沿線を含めると約一万四千世帯、四万六千人と推定されるに至つている。そのため通勤・通学用としてのモノレール営業再開の必要性はますます高くなり、周辺住民はたびたび神奈川県議会、横浜市議会に「早期再開」を求める陳情を出している。

このような現状を打開していくうえで、運輸省の果たす役割と責任は極めて重要となつている。運輸省は昭和三十九年六月に、日本ドリーム交通(株)〔現在の営業免許保有者ドリーム開発(株)の親会社〕に、モノレール大船線の営業免許を付与。三十九年十二月には、日本ドリーム交通(株)は、工事施工認可を申請、この申請を運輸省が四十一年一月に認可。営業開始一ヵ月前の四十一年四月には、竣工検査を運輸省が実施している。

にもかかわらず営業開始後、車両の過重による軌道桁の亀裂の発生のため運行が不可能となり、日本ドリーム交通(株)から二十年近くの間に十五回もの営業休止申請が出され、運輸省はこれをすべて認可してきた。

モノレール再開の最大の責任は、再開を何度も約束してきたドリーム開発(株)にあるが、この十五回もの申請を認可してきた運輸省にもそれとしての責任があることは明らかである。営業休止申請の度重なる認可は周辺住民の営業再開への期待をつなぐものではあつたが、「早期再開」という周辺住民の切実な要求に何らの対策もなく引き延ばしてきただけでなく、モノレールの営業を再開するための諸費用を増大させるなど、営業再開に新たな障害をつくりだしていることも否定できない。

こうした経過からいつて、運輸省は責任をもつて、モノレール再開について積極的に対処をすべきであり、以下の点について政府の見解を求めるものである。

一 政府は一日も早くモノレールの営業を再開するための条件を整えるために、モノレールの営業再開を条件として宅地開発を進めてきた横浜市、神奈川県、モノレールの営業主体であるドリーム開発(株)、再開計画を調査、検討している相模鉄道(株)の四者が、モノレールの営業再開のために必要な協議を行うよう、可能なイニシアチブを発揮すべきである。この場合、神奈川県が協議に加わることが特別に重要であると考えるがどうか。

二 現在、モノレールの営業免許を保有しているドリーム開発(株)の依頼によつて相模鉄道(株)が、営業再開についての調査・検討を行つているが、その内容がどのようになつているか、運輸省としても掌握し、営業再開の可能性と展望について運輸省としての独自の検討を加えるべきではないのか。

三 あわせてドリームランドなど大正地区住民の通勤、通学難解消の緊急対策として、国道一号線原宿交差点の改善が強く望まれているが、建設省はこの問題をどのように検討しているのか計画等を明らかにされたい。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一及び二について

御指摘のモノレールについては、ドリーム開発株式会社及び同会社から協力の申出を受けた相模鉄道株式会社において事業の再開に関する調査が行われているところであるが、最終的な結論を得るにはなお時日を要すると聞いている。

運輸省としては、当該調査の進ちよく状況、神奈川県、横浜市等関係地方公共団体の意見等を踏まえつつ、事業の再開の可能性について検討を行つてまいりたい。

三について

一般国道一号原宿交差点の改善については、昭和六十年度から調査を進めてきたところであるが、同交差点における交通渋滞を抜本的に解消するため、昭和六十二年度から立体化事業に着手したいと考えている。

右答弁する。

衆議院の原文

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