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農政における減反政策の終了年次の明示を求める質問主意書

衆議院 第116回 第10号お答えすることは困難 ×1

提出者
衆議院
提出日
1989年11月20日
内閣転送 1989年11月22日
答弁書受領日
1989年12月5日
提出から15日
答弁の項目数
3
質問 953字/答弁 376字

質問本文

衆議院議長 田村 元 殿

農政における減反政策の終了年次の明示を求める質問主意書

國家安泰の基礎は、その國民の主食の長期的安定的自給にある。之は古今東西を貫く鐵則である。

然るに我國は戰中戰後における食糧缺乏の體驗から、強制的食糧増産政策を執り農民また死力を盡して是に協力した成果に加へ、急足なる經濟成長もあづかって、米の生産過剩・國民の食生活の多樣化を招き、遂には米の生産調整の止むなきに至り、減反政策に轉じて實に二十年に及んでゐる。

然もその前途には何らの展望もなく、爲めに若者は農を繼がず村に留まらず、人口の過疎は愈〃進み、農民の苦惱と農村の荒廢は甚だしいものがある。

即ち、今にして政府が之に適切なる對策を講じ國家百年の大計を樹てる必要正に切々たるものがある。

仍って之が見解を求めるため質問する。

記

一 減反政策の終了時はいつか

減反とは本來耕作し生産すべき耕地の生産を廢止し、又は希望する從前の適作より希望せざる不適當な作物に轉じしめて之が慰謝のため補助金を支拂ふ、誠に不自然且つ後向きな手法であるが、農民は戰中戰後、増産に協力した、それと全く同じ從順な誠意を以て之に協力服從し、すでに二十年に及んだが、いつ果てるとも知れぬこの無明の旅に、漸く疲勞し、不安動搖して來た。

一體あと何年減反に協力すれば自己の所有する水田に百パーセント米を作ることが許されるのか?雑論を加へることなく、減反終了の目標年次を、單純明確に示されよ。

二 基盤整備・土地改良事業と減反の關係

基盤整備事業・土地改良事業が完成した曉に、その整備された水田に減反を強制し、然も、減反面積にかかはる分も貸付金の返濟をせしめることは非道である。本來的耕作の見込なき面積は事業計畫から除くか、然らずば、その分の負擔は免除すべきである。少くとも減反解除まで返濟は元利とも停止すべきである。

政府の意見を明示されたい。

三 制度資金等の金利引下げについて

公定金利については經濟諸般の事情により、幾度かの引下げを見た。然るに、農地の改良事業をはじめ、對農家への制度資金等については、事實上その恩澤に浴してゐない。さなきだに苦しい農家農民の實情を考慮し、速かに舊債についても計算替へして新金利の適用を計られよ。見解如何。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一について

米は、消費の減少、単収の増加等により、生産力と需要の間に大きなかい離が存在している。このようなかい離が存在している下では、米の需給の安定を確保するため、今後とも需要に応じた米の計画的生産を図っていくことが必要であると考えている。

二について

土地改良事業に係る負担金については、転作が行われる水田であっても、当該土地改良事業によって利益を受けることとなるので、これを徴収している。

なお、最近の厳しい農業情勢を踏まえ、土地改良事業に係る負担金の軽減のため、各般の施策を講じてきているところである。

三について

農家の既借入金について、現在における新規借入金に係る金利を適用することは困難であるが、既借入金の償還が困難となっている農家については、個々の農家の実情に応じて、償還条件の緩和や自作農維持資金の融通等の対策を講じているところである。

衆議院の原文

この答弁書に出てくる定型句

お答えすることは困難 ×1

語の一致で数えたものです。答弁の評価ではありません。同じ型の答弁が過去にどれだけあるかは、型を押すと出ます。

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