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沖縄の米軍基地にかかわる「代理署名」とわが国「憲法」に関する質問主意書
衆議院 第134回 第23号
質問本文
戦後五十年という節目の年である。無謀な戦争は、アジア太平洋地域の戦争に全く関与していない多くの人々の生命財産を奪った。日本国民もまた主要都市への空爆、広島、長崎への原爆投下、沖縄での地上戦において、多大な犠牲を被った。言うまでもなく交戦国間の兵士の死傷者は、はかり知れない数に及んでいる。本当の意味の「未来指向」とは、この五十年の節目の年に「戦争と平和」について根本的に考えることによって導き出される。よって、次の各項目についてお尋ねしたい。
一 日本の政界は与野党を問わず、いまや米ソ間における「冷戦構造の終焉」に異論をはさむものはいない。米国もまた「冷戦構造は終焉」したとの認識に立っていると解する。このような時期こそ、日米安保条約に基づく米軍基地の縮小を思い切って、日米両国の外交課題とすべきものと思うが、「安保再定義」なる言葉で、「安保堅持=安保固定化」となるのではないか、との疑念をいだく。「安保再定義」なる取り組みと、「安保堅持」という外交政策は、軍縮、基地縮小などの国民の願うところと逆行するのではないか。政府の見解を質したい。
二 日本国憲法第二十九条は、「財産権は、これを侵してはならない」としている。今回の「代理署名」問題は、自己の所有する財産の活用、処分など、通常「財産権」と言われるものを公権力が侵すものとなっており、憲法違反の疑いがある。政府はこれを合憲としているのであろうが、その法理を尋ねたい。
三 もし、この法理の説明に、憲法第二十九条の後段の「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」とし、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」を根拠とするならば、米ソの「冷戦構造の終焉」後も、これまで同様、米軍の軍事基地に兵器と兵員が配備されることが、国民の生命財産を守るということで、「公共の福祉」たりうるのかということになる。日米両国政府はロシア、中国を脅威と考えていないと思うが、いったいどの国のどのような軍事力が脅威なのか、その見解を聞きたい。
四 前記第二十九条第二項は、「財産権の内容」を「公共の福祉に適合」するように「法律で定める」としているが、本質問主意書の「三」において質問しているように、そのときの政権の有権解釈で恣意的となる可能性が心配される。つまり、第二項による法律が定めた内容だと形式的に認めてしまうことは、第一項の「財産権は、これを侵してはならない」とする憲法的原則が、そのときどきの立法行為に対して、憲法的効果を失い、憲法規範としての意義が失われることになる。
今回の「代理署名」問題は、沖縄県民の激しい怒りをかっていることは政府も深刻に受け止めていることと思うが、村山内閣の説得力ある見解を聞きたい。
五 直接的には「日米安保を堅持する」との建前から、沖縄県民の「財産権」を「代理署名」なる法的手続きによって奪うことになる。その手続きは「日米安保条約」の履行ということにかかわる。主権国家の憲法と国際条約とが矛盾するとき、どちらに優先順位をおくべきか。
もし日米安保条約への現実的考慮をもって、条約優位説に立たれる場合は、憲法の授権によって条約の締結が行われた意味が失われる。「憲法の最高法規性」はどうなるのかの疑念がわいてくる。このことを考えると、憲法の条文をもって、その条約が憲法以上の国内法的効力を与えることを明示していなければならないなどの解釈に立つが、その点についてもこの際、見解を聞きたい。
すぐる大戦において、わが国における唯一の地上戦が行われたのは沖縄県であった。多大の沖縄県民たる非戦闘員が生命を奪われたことをも考慮に入れ、わが国憲法の前文の「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」、及び第二章「戦争放棄」の「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」の明文にかかわって、日米安保条約との関係において矛盾しないとの政府見解はいかなる法理論展開によるものかお尋ねしたい。
その一つは、前文の文意からして、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」というのは、日米安保条約の「仮想敵国」を前提とする考え方と合致するところがない。その点の政府見解を質したい。
その二つめは、日米安保条約による軍事力行使は、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」ということにならないのか。そのとき、「自衛のため」とか「防衛のため」とかの文言で「国際紛争を解決する手段」ではないとの憲法制定時の芦田均氏(憲法改正委・委員長)の論法を援用されることと思うが、そうであるなら、ときの吉田首相の「自衛のため」との口実のつかなかった「武力行使」はなかったとの見解をも考慮に入れなければならない。整合性のある見解を聞きたい。
右質問する。
政府答弁書
一について
冷戦の終結後も国際社会が依然不安定要因を内包している中で、我が国が引き続き安全を確保していくためには日米安全保障条約が必要である。
また、日米安全保障体制は、国際社会における広範な日米協力関係の政治的基盤となっており、更に、アジア太平洋地域における安定要因としての米国の存在を確保し、この地域の平和と安定を確保するために不可欠と認識している。
政府としては、今後も日米の安全保障面での対話を促進し、協力関係を深めるとともに、日米安全保障体制が国際情勢の変化等に応じてその時々の状況において最も有効に機能するよう絶えず努力していく所存である。
政府としては、日米安全保障体制の信頼性の向上を図り、これを有効に機能させていくため、他の諸施策と併せ、沖縄における米軍の施設・区域の整理、統合、縮小をはじめとする諸問題について誠実に対処することが極めて重要であると考えており、日米安全保障条約の目的達成との調和を図りつつ真剣に努力していきたい。
二及び四について
米軍は、日米安全保障条約に基づき、我が国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、我が国に駐留しているものであり、このような目的を有する米軍の駐留は、我が国の生存と安全の維持という国益を確保する上で重要であり高度の公共性を有するものである。したがって、政府としては、米軍の駐留の用に供するため土地を使用することは、憲法第二十九条第三項の「公共のために用ひる」ことに該当することは明らかであるとの見解を従来から述べてきたところであり、この考え方に変更はない。
三について
政府としては、現在、我が国に対して差し迫った脅威があるとは考えていない。
また、米国が、御指摘の点についてどのような認識を有しているかについて、政府としては、答える立場にない。
五について
憲法と条約との関係については、憲法の尊重擁護義務を負っている国務大臣で構成される内閣が憲法に違反する条約を締結することができるとすることは背理であること、また、条約締結手続が憲法改正手続よりも簡易であること等からして、一般には憲法が条約に優位すると解される。
いずれにせよ、日米安全保障条約に基づき我が国の負っている義務はあくまでも憲法の範囲内のものであり、このことについては、これまでも政府として国会等において累次説明してきたところである。
なお、憲法第九条第一項は、独立国家に固有の自衛権までも否定する趣旨のものではなく、自衛のための必要最小限度の武力を行使することは認められているところであると解しており、政府としては、このような見解を従来から一貫して採ってきているところである。
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件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。