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米軍宿舎設置に関する質問主意書

衆議院 第15回 第2号

提出者
衆議院
提出日
1952年11月4日
内閣転送 1952年11月5日
答弁書受領日
1952年11月11日
提出から7日
答弁の項目数
0
質問 748字/答弁 850字

質問本文

衆議院議長 大野※(注)睦 殿

米軍宿舎設置に関する質問主意書

政府は、武蔵野市旧中島飛行機の工場跡に米軍の宿舎を設置せんとしているが、左の諸点につき答えられたい。

一 右は米軍の要請に基くものか、行政協定に基く要求か、あるいは日本政府に協力を求められたものか。

二 宿舎の場所の選定は、米軍がなしたものか、日本政府に依頼されたものか。

三 立川及び府中の航空隊の宿舎と伝えられるが、立川及び府中の両地の便宜な場所は他にいくらもあると思うが、なにゆえ武蔵野市を選択されたるや。

四 日本政府は風教に関して責任ある取締ができうるや。

家族持ちを収容するというが、その取扱いについて、日本政府は関与しうるや。

五 武蔵野市から立川及び府中に通ずる道路は、自動車道路として不適当であるが、交通量の増加の予定並びに道路計画等ありや。

交通事故の防止につきいかなる成算ありや。

六 予算二十五億円というが事実なりや。

七 転用せんとする工場は、工場用としての建築物であつて、宿舎に改造するには不適当な建物が多いが、多額の予算を使用する以上は新たに建築する方が得策であり、建築もよくできると思うが如何。

八 建築は建設省の直営工事か、民間請負業者に請け負わせるものか。又、入札はいつごろの予定なりや。

九 中島飛行機会社は内部取りかたづけの責任を負うものか、又、工場の所有権は、現在、中島か、政府か。

一〇 中島工場を宿舎に転用することについては、日米合同委員会の承認を得たものか、建築してからその使用の際日米合同委員会にかけるものなりや。

一一 住民特に武蔵野市議会、附近町議会並びに地元P・T・Aの反対決議があるが、これを無視しても決行するつもりなりや。

一二 右計画を中止する意思なきや。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一 行政協定第二条に基き米軍の要請があり、提供するものである。

二 米軍の要求する条件を考慮の上、日本政府において選定した。

三 民有の土地、施設をできる限り避けること、既存施設を利用して経費の節減を計ること等の点につき、関係官庁と協議の上、選択を行つた。

四 従来の経験に徴し、集団的家族住宅地区周辺には、いわゆる風紀問題は起つていないが、本件については、米軍当局ともすでに協議中であり、今後弊害防止のため努力を払う方針であり、満足すべき結果をうるものと信じている。

本件宿舎の使途については、家族宿舎として以外使用せしめない。

五 交通問題については、日米専門家で研究中であるが、本件宿舎の新設により増加を予定される車輛台数は比較的少い。宿舎附近の速度制限及び道路の一部改善については、目下研究中である。

六 予算は二十五億七千五百六十万円を予定している。

七 当該建物は工場用として建設されたものであるが、新築するとすれば、現在の予算額より相当多額の費用を要することとなるので、既存建物を利用することとしたものである。

なお、宿舎として不適当とは考えられない。

八 建設省が設計監督を行い、施工については民間業者に請負わせるものである。

なお、入札については十二月初旬の予定である。

九 現在建物の内部にある機械等の内、中島飛行機株式会社の所有に係るものは当然会社において取り片付けるべきものである。

なお、建物は戦時補償特別税の納付に当てるため、物納されたもので国有財産である。

一〇 本件計画については合同委員会において事前に協議済であるが補修工事は純然たる日本政府の事業として完了し、完了後、あらためて正式に合同委員会にかけ米軍に提供する予定である。

一一 武蔵野市議会及び地元諸団体代表には屡次本件についての諸事情を説明しているが、客観的に見て武蔵野市民にとつて容認し得ない程の困難な事態が生ずるとは判断出来ないので、計画は実行する方針である。

一二 中止する意思はない。

右答弁する。

衆議院の原文

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