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KSD問題と監督官庁に関する質問主意書

衆議院 第150回 第74号承知していない ×4

提出者
社会民主党・市民連合
提出日
2000年12月1日
内閣転送 2000年12月1日
答弁書受領日
2001年1月12日
提出から42日
答弁の項目数
27
質問 3,243字/答弁 4,041字

質問本文

KSD問題と監督官庁に関する質問主意書

財団法人ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団(KSD)は中小企業経営者の共済事業を行う全国の会員数(二〇〇〇年十月現在)百七万名、年間共済保険掛金約二百五十億円という巨大公益法人である。このトップを十二年間続けてきた古関忠男前KSD理事長が業務上横領及び背任容疑で逮捕された。このKSD問題は全国KSD会員である中小企業経営者百七万名の怒りの声のみならず国民全体が注目している問題であり、真摯な答弁を求めるものである。

一 監督官庁労働省とKSD、その他KSD問題

(1) 古関前KSD理事長が逮捕される事態を招いたのは何が原因か。

(2) 九三年からの五回に及ぶ労働省の各指導・勧告に対して、KSD側はそれぞれどう受け入れてきたのか。指導の無視や改善がなかったのかどうか。KSDをめぐる事態は監督官庁としての役割を果たせていないと考えるがいかがか。

(3) 古関前KSD理事長は労働省をはじめとした官界OBの天下りを受け入れていることや「オレは豊明議連の百人の政治家を動かせる」と豪語するなど自民党の有力政治家と懇意にしていることをKSDの内外で明言していたか。KSD関係の出版物や雑誌・新聞などの記録を精査し答えられたい。

(4) 官界や政界とのつながりを誇示する古関前KSD理事長の姿勢に労働省の指導が及び腰となり形式的なものに終わったとの反省はあるか。

(5) 労働省の幹部はKSD、KSD豊明会、中小企業国際人材育成事業団、国際技能振興財団ならびに古関忠男氏(前KSD理事長、KSD豊明会会長、中小企業国際人材育成事業団理事長、国際技能振興財団会長)の主催するパーティーや宴席に過去参加したか。日時と氏名、当時の役職を明らかにされたい。

(6) 伊藤庄平労働省事務次官は一九九一年のKSDによるお歳暮攻勢でもリストに名前があがっているが事実か。また同氏は古関前KSD理事長にも労働基準局長時代から直接口頭指導も行ってきたとのことだが、今までの古関前KSD理事長とのやりとりをできるだけ詳細に述べられたい。

(7) 伊藤次官は労働大臣経験者である村上正邦豊明議連会長にKSDについてどのような報告、または相談をしてきたか、日時、ならびにその内容を明らかにされたい。

(8) KSDには労働省の天下り役職員が現在十七名在籍している。役員では元東京労働基準局長の小野良二KSD理事、元東京労働基準局労災業務課長補佐の七井国雄KSD理事が在籍しているが彼らの担当は何か。労働省OBとしてその経験を生かし財団運営が公益法人として社会的に許される範囲の中で偏ることのないよう職務をまっとうしてきたかどうか。また出身官庁である労働省からの指導に対してどう対応していたのか。

(9) KSDは自民党広報紙『自由新報(自由民主)』へ広告を掲載してきたというが事実か。事実であればその時期、回数、広告費の総額はいくらだったか。

(10) KSDの事業報告書、決算書にはこの『自由新報(自由民主)』に対する記述がない、なぜか。また公益法人がたびたび特定政党の機関紙に広告を載せるという行為は許されるのか。問題があったとしたら何か。

(11) KSDはコンサルタント企業中小企業総合研究所(東京都中央区)と取り引きの事実はあったか。どのような調査結果レポートを委託していたのか、すべて示されたい。そして委託事業金額はそれぞれいくらか。また古関前KSD理事長がこの企業の株主だったということだが事実か。

(12) KSD会員である多くの中小企業経営者は、「日々の労働の中から払う大事な掛金が公益法人のトップによって私的に流用された」「裏切られた」「掛金は大丈夫か」との怒りや不安の声をあげている。これらの声にどう答えるか。

二 金融機関とKSD

(1) KSDは一九六四年の設立以来、会員の拡大に努力してきたが、各信用金庫協会や各信用組合協会、都銀、地銀、第二地銀などと業務提携を行うことによって会員を急拡大した。これらの業務提携内容を示されたい。

(2) 「融資が受けられないと困るので、金融機関からの勧誘を断れない」として、中小企業経営者に対して強い立場にある金融機関がKSDの代理で会員を獲得しているという証言がある。信用金庫に出向くと加入申込用紙兼会費預金口座振替届出書を手渡される。この勧誘行為は銀行法、信用金庫法、中小企業等協同組合法に触れないのか。

(3) KSDは金融機関に対して企業を新規紹介をすることと引き換えに、KSDの任意団体であるKSD豊明会に対して金融機関の集会所を貸してくれるように要請していた。他にも金融機関へは接待費(渉外費)や保有維持協力金、新規会員勧誘手数料などを提供していた。公益法人として、また金融機関として問題点はないのか。

(4) 大蔵省や金融庁は十月六日の東京地検特捜部による家宅捜索の前に長期にわたる金融機関とKSDの関係をどう理解していたか。

(5) 元大蔵省大臣官房審議官の土居信良KSD理事の担当は何か。土居理事は金融機関との関係に対してどのような役割をはたしていたのか。

(6) 今後、KSDと金融機関の関係に関してどのような指導をおこなっていくのか。

三 叙勲褒章とKSD

(1) 元総理府賞勲局審査官の森泉清五KSD理事の担当は何か。前歴を生かした中小企業経営者への叙勲方法の指導だったのか。

(2) 古関忠男前KSD理事長は藍綬褒章を一九九三年十一月受章しているが、推薦者は誰か。

(3) 勲章は褒章受章後五年以上経過していなくてはならない。古関前KSD理事長は労働省大臣官房秘書課を通じて総理府賞勲局に叙勲の推薦がなされていたか。

(4) 叙勲褒章は「カネも地位も得た者が欲しがる最後の名誉」である。「今後の豊明会は感謝状だけでなく、叙勲の推薦団体とならねばならない。そのためにも豊明会は一層力をつけ、推薦団体となるためのステップを作らなくてはならない」。これは一九九八年九月二十八日第二回KSD豊明会本部理事会での古関KSD豊明会会長(KSD理事長)の発言である。古関前KSD理事長とKSD豊明会はどのような動きを展開したか。

(5) またKSDやKSD豊明会は叙勲の推薦を行ったか。これらの団体に推薦を受けて授章した者がいるならば氏名、叙勲褒章の種類をすべて示されたい。

四 KSD豊明会とKSD

(1) KSDの役員(非常勤含む)はKSD豊明会の役員を兼務していた者が多いと聞く。兼務をしていたものの氏名、その兼務時期、役職をすべて示されたい。

(2) KSDの福利厚生部はKSD豊明会事務局と組織、職員及び場所について同一だったというが、事実か。それは、いつからいつまでか。現在はどうか。

(3) KSD役員でKSD豊明会担当は誰か。過去にさかのぼり、それぞれの時期を示して一括して明らかにされたい。

(4) KSDから支出されたKSD豊明会への補助金の使途について国会における労働省の答弁がくいちがってきた。会費負担金はイベントやコンサートの経費支払いに充てられるために残らない。この場合、KSDからの補助金が自民党豊明支部への寄付金にならざるを得ないのではないか。この公益法人KSDからの資金の流れが事実とすれば、何が問題か。

(5) 「KSD豊明会会長は、KSD理事長をもってする」「会長は、本会を代表し、会務を総理する」とのKSD豊明会会則各条文がある。公益法人が、設立した任意団体を使用して監督外の活動を行ってきた実態をふまえ、教訓となるべき点は何か。

(6) 過去にKSDのように公益法人が任意団体をつくることによって、監督官庁の指導が行き届かないということがあったか。

(7) 今後、公益法人と任意団体との間にKSD事件をふまえたルールをつくるべきではないか。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一の(1)について

財団法人ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団(以下「KSD」という。)の管理運営体制に問題があったことが、御指摘のような事態を招いたものと認識している。

一の(2)について

平成五年三月に立入検査を行うとともに、災害補償共済事業の事務処理の一層の適正化等について指導し、これについては一定の改善が得られたところである。

その後、平成六年ごろ、古関忠男KSD前理事長(以下「古関前理事長」という。)によるKSDに係る公私混同に関する問題について指導し、平成八年ないし平成九年ごろ、後にKSD会館と呼ばれる施設について、古関前理事長がその所有する部分を超えて私用に供さないこと並びにKSDからケーエスデー豊明会(以下「豊明会」という。)への補助金の使途の明確化及びその区分経理に関する問題について指導してきたところである。

また、平成十年七月には、役職員数及び組織の肥大化の抑制並びに評議員及び評議員会の設置について、同年十一月には、KSDから豊明会への補助金の使途の明確化やその区分経理について指導したところであるが、その是正が確認されなかったこともあり、平成十二年五月に立入検査を行い、同年八月十日には、

�@ 評議員及び評議員会の設置等寄附行為についての所要の改正

�A 豊明会との関係における審査及び検査の実施に係る体制の確立、KSDから豊明会への補助金の使途の明確化及びその区分経理

�B KSDの福利厚生部と豊明会の事務局の組織、職員及び場所についての明確な区分

�C KSD会館を古関前理事長がその所有する部分を超えて私用に供していることについての是正

�D KSDの実施する事業の適正化

について改善勧告を行ったところ、同年九月八日にKSDから、当該改善勧告により指摘した事項について改善の意向が示されたところである。

これまでKSDに対し繰り返し指導を行ってきたところであるが、このような事態となったことは、結果としてこれらの指導が十分に徹底していなかったものであり、遺憾であると考えている。

一の(3)について

雑誌及び新聞において、把握できる限りでは、御指摘のような発言をしていたとは承知していない。また、KSDからの説明によれば、KSDの出版物において、古関前理事長が御指摘のような発言をしていた旨の記載はないとのことであった。

一の(4)について

これまでKSDに対し、労働省において必要な指導を行ってきたところであるが、結果としてこのような事態となったことは、遺憾であると考えている。

一の(5)について

平成九年から平成十二年にかけて五回、財団法人中小企業国際人材育成事業団評議員会後の立食形式の懇談会に、労働省の当時の職業能力開発局担当審議官一名がそれぞれ参加したことを把握している。

一の(6)について

御指摘の歳暮リストが、雑誌に掲載されたことについては承知しているが、本人に確認したところ、KSDからの歳暮については記憶がないとのことであった。

また、古関前理事長への指導については、本人に確認したところ、平成六年ごろ、KSDに係る公私混同に関する問題について指導し、平成八年ないし平成九年ごろ、後にKSD会館と呼ばれる施設について、古関前理事長がその所有する部分を超えて私用に供さないこと並びにKSDから豊明会への補助金の使途の明確化及びその区分経理について指導したが、その時のやりとりの詳細については記憶がないとのことであった。

一の(7)について

本人に確認したところ、日時については特定できないが、御指摘の国会議員に会った際に、KSDに対し厳正に対処している旨の話をしたところ、当該国会議員からは特段の発言がなかったとのことであった。

一の(8)について

小野良二理事は災害防止部、福祉部及び補償部の担当、七井國雄理事は福利厚生部の担当であり、いずれも労働省における勤務を通じて培った知識及び経験をいかし、その職務に従事しているものと承知している。なお、労働省の指導はKSDに組織としての対応を求めたものであり、その個々の役員がどのような対応をしたかということについては承知していない。

一の(9)について

KSDからの説明によれば、「自由民主」に広告を掲載していたことは事実であるが、その時期、回数及び広告費の総額については確認できないとのことであった。

一の(10)について

KSDからの説明によれば、「自由民主」に係る広告費は、企画広報事業費の中から支出されていたとのことであった。なお、公益法人が、どのような広報活動を行うかについては、原則として当該公益法人自身が判断すべきものと考える。

一の(11)について

KSDからの説明によれば、KSDは株式会社中小企業総合研究所に、中小企業全般に関する現況についての調査及び研究並びにその情報の収集、分析及び提供の業務を委託し、月額五百二十六万円の業務委託費を支払っていたとのことであり、また、古関前理事長は当該株式会社の株主であったとのことである。

一の(12)について

KSDが公益法人として適切な運営を行うよう厳正に指導をしていく必要があると考えている。

二の(1)について

KSDは、御指摘の金融機関等に対して、会費の収納事務を委託していると承知している。

二の(2)、(3)及び(6)について

御指摘の金融機関の行為が銀行法(昭和五十六年法律第五十九号)等に違反するものであるか否かについては、具体的な事実関係を踏まえて個別に判断する必要があるため、現在、関係する金融機関を調査しているところであり、その結果を踏まえて適切に対処することとしている。

また、御指摘のKSDの行為が公益法人として問題があるか否かについては、具体的な事実関係を踏まえて個別に判断する必要があるため、当該行為に関する事実関係が明確になった時点で適切に対処することとしている。

二の(4)について

金融機関とKSDの取引については、一般には、各金融機関の経営判断に基づくものであると理解している。

二の(5)について

土居信良理事は金融担当統括本部の担当であり、KSDからの説明によれば、金融機関との折衝等の役割を果たしているとのことであった。

三の(1)について

森泉清五理事は人事部の担当であると承知している。

三の(2)について

古関前理事長に係る藍綬褒章の受章については、労働省が推薦したものである。

三の(3)について

古関前理事長に係る叙勲の推薦は行われていない。

三の(4)について

古関前理事長及び豊明会の叙勲の推薦団体となるための活動については承知していない。

三の(5)について

KSDからの推薦を受けて、労働省が推薦した勲章の受章者は、勲五等双光旭日章が一名、勲五等瑞宝章が四名であり、褒章の受章者は、藍綬褒章が古関前理事長一名である。

なお、叙勲者の氏名については、個人のプライバシーにかかわることでもあり、答弁を差し控えたい。

四の(1)について

労働省による平成十二年五月の立入検査の際に、KSDの古関前理事長外九名の役員について、豊明会の役員を兼務していたことが認められたが、これらの者の氏名及びKSDの役職並びにKSDからの説明による兼務の開始時期については、別紙のとおりである。

なお、KSDからの説明によれば、山田博資、高橋邦朋、七井國雄及び鈴木忠榮については同年七月三十一日に、古関公康については同年九月三十日に、豊明会の役員を辞任したとのことであった。

また、古関前理事長は同年十月七日にKSDの理事長及び理事並びに豊明会の会長を辞任したものと承知している。

四の(2)について

労働省による平成十二年五月の立入検査の際に、KSDの福利厚生部と豊明会の事務局の組織、職員及び場所は同一であったことが認められている。

KSDからの説明によれば、このような状況は平成三年四月一日から生じていたとのことであったが、労働省の指導を受けて、平成十二年十月一日からは、両者の組織、職員及び場所は区分されているものと承知している。

四の(3)について

KSDからの説明によれば、平成十二年十月一日以降、KSDの役員であって豊明会を担当しているものはいないが、KSDの役員であって豊明会を担当していたものは、平成八年六月一日から平成九年八月三十一日までの間は佐々木進理事、平成八年六月一日から平成九年四月一日までの間及び平成九年九月一日から平成十二年九月三十日までの間は七井國雄理事とのことであった。

四の(4)について

KSDからの説明によれば、豊明会から自由民主党東京都豊明支部への寄附に関する支出には、KSDからの補助金は充当しておらず、それ以外の収入を充当しているとのことであった。

四の(5)について

公益法人の指導監督に当たっては、公益法人と当該公益法人が深い関係を有する任意団体とのかかわりにも関心を払っていく必要があると考えている。

四の(6)について

御指摘のような事実は承知していない。

四の(7)について

御指摘の点については、KSDに対する捜査の推移等を見守りつつ、適切に対処していく必要があると考えている。

別紙

氏名    KSDの役職  兼務の開始時期

古関忠男  理事長     昭和五十九年十月一日

小山方和  副理事長    昭和六十一年十月一日

古関公康  専務理事    平成八年三月一日

山田博資  常務理事    平成八年三月一日

高橋邦朋  常務理事    平成元年十一月一日

七井國雄  理事      平成八年三月二十六日

鈴木忠榮  理事      平成十一年五月一日

永井政一  理事      平成元年四月一日

杉本儀一  理事      平成十年四月一日

遠藤保   理事      平成十二年四月一日

衆議院の原文

この答弁書に出てくる定型句

承知していない ×4

語の一致で数えたものです。答弁の評価ではありません。同じ型の答弁が過去にどれだけあるかは、型を押すと出ます。

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