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荒川電話局舎設置に関する質問主意書

衆議院 第16回 第13号

提出者
衆議院
提出日
1953年6月10日
内閣転送 1953年6月10日
答弁書受領日
1953年6月16日
提出から6日
答弁の項目数
0
質問 783字/答弁 102字

質問本文

衆議院議長 堤 康次※(注) 殿

荒川電話局舎設置に関する質問主意書

東京都荒川区は東京都の東北部に位し、人口二十三万五千名、面積千五十七平方キロである。本区は昭和十八年三十五万の人口を有していたが、戦災のため昭和二十年十月には八万四千名に激減するという大戦災を受けたが、じ来復興の一途をたどり今日に至つている。

本区の特徴は大工場はもとよりであるが、中小商工業者が非常に多いということであつて、一例をあげれば、荒川区及び東京都内工場数は左のごとくなつている。(三月三十一日現在)

従業者千人以上

従業者千人以下

計

荒 川 区

一、五〇六

二、三六一

三、八六七

東 京 都

二〇、五一三

一七、〇三五

三七、五四八

商店は五千四百、店舗総計は一万二百もある。かくのごとく非常な発展をみているが、激しい戦災による痛手のうち電話設備の回復が一番遅れている。電話は国全体の神経であつて、文化社会には欠くことのできないものである。特に本荒川区のごとき商工業によつてたつているところにおいては、電話なくして区の発展は考えられない。しかるに本区電話は根岸、浅草、下谷、駒込の四局に分れ、しかもその開通、積滞の状況は左表の通りである。(三月三十一日現在)

開   通

積   滞

南 千 住

九〇一

六四五

日 暮 里

一、二八七

一、〇六〇

三 河 島

一、〇二一

八一三

尾   久

七六〇

八五九

町   屋

一九五

三八一

計

四、一六四

三、七五八

かかる状況であるから、先般電々公社が荒川局の敷地を買収されたことは区民ひとしく喜びとするところである。従つて是非とも今後は昭和二十八年度予算に荒川区の局舎建設の予算を計上し、すみやかに荒川電話局を整備されたいのである。かかる事由により荒川電話局建設に関する計画、及び予算的措置についての政府の見解如何。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

荒川電話局舎の建設については、御質問の御趣旨のように計画を進めており、現在提出中の昭和二十八年度予算によつて年度内に建設に着手する予定である。

荒川電話局局舎計画坪数      一、二九六坪

右答弁する。

衆議院の原文

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