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広浦干拓地開放に関する質問主意書

衆議院 第7回 第126号

提出者
衆議院
提出日
1950年4月12日
内閣転送 1950年4月17日
答弁書受領日
1950年4月22日
提出から10日
答弁の項目数
0
質問 548字/答弁 82字

質問本文

衆議院議長 ※(注)原喜重※(注) 殿

広浦干拓地開放に関する質問主意書

茨城県鹿島郡夏海村地先の広浦干拓耕地整理地区は、同県大貫町岡崎惣太※(注)が代表者として、昭和五年工事に着手、昭和七年より耕作をはじめ、昭和十二年にはほとんど工事が完成したもので、現在は耕作水田百余町歩、耕作者三百名を数えている。

その水田の小作料は昭和二十年まではかり分け小作であり、その後は既成田と同様に扱い、反当り七十五円、他に水利費約一五〇円を納めていたものである。

ところが、前記岡崎並びに茨城県耕地課は、右工事は未だ完成せずと称しているがため、同干拓の耕作者への開放がなされないままでいる。

しかも、岡崎は堤防の保全、農道、水路の改修、災害復旧等に熱意を持たず、ことある場合の耕地の危險が増大している。

一方、耕作者側では、広浦干拓管理組合及び広浦干拓農業協同組合を結成して、同干拓地の管理その他をなしうる態勢を整えている。同干拓地が耕作者に開放されないままでいるということは、農地改革の観点からみても不合理であり、急速に解決すべき問題である。

このまま放置しておけることではない筈である。一体、この問題の障害はどこにあるのか。政府は、その障害をいかに解決して、開放に向うため指導せんとするのか。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

本件は具体的事情が不明であるため、今明確な処置を決定することはできないが、自作農創設特別措置法によつて開放する方針の下に詳細調査の上適当に措置したい。

右答弁する。

衆議院の原文

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