Kurage 質問主意書アシスト

ことばで探す › 衆議院 第5回

農地改革についての質問主意書

衆議院 第5回 第2号

提出者
衆議院
提出日
1949年3月31日
内閣転送 1949年4月5日
答弁書受領日
1949年4月8日
提出から7日
答弁の項目数
0
質問 811字/答弁 789字

質問本文

衆議院議長 ※(注)原喜重※(注) 殿

農地改革についての質問主意書

農地改革は、嚴重に遂行すべきものである。政府は、この完遂について、終了まで必要な処置と正しい指導を行うべきであると思う。ついては次の事柄を質問するものである。

一、山林使用権の設定は、現在いかなる程度まで進行しているか。私はこの設定が殆どなされておらず、農村民主化の阻害と農業経営を不安定ならしめる重大要因になつていると考える。

これについて政府は、これまで如何なる具体的指導をなし、今後如何なる見透しと計画をもつているのか。

一、未墾地開放に関連して、茨城縣に町村開拓協議会なるものがつくられている。

この協議会は、開拓用地の取得、開拓者の募集、詮衡、営農指導などを目的にかかげている。しかし、この協議会には、農地改革の趣旨に反すると思われる幾多の活動が見うけられる。

この協議会には、多く山林所有者又はその縁故者が参加している。したがつて、未墾地開放に対する農民の要望あるいは農地委員会の計画を圧殺する役目を果しているのが通例である。かかる状態でよろしいのか。また、未墾地開放に反対する山林所有者は、その主張が敗れると、この協議会を拠点として、開放された未墾地をその配分の際自己の一党のみをもつて独占し、一般農民への配分を阻んでいる。

この著しい例は茨城縣行方郡大生原村に見られる。さらに、東茨城郡上野合村、竹原村にもその例がある。町村開拓協議会は、地方事務所長の指導のもとに町村長がつくることになつている。

かやうな指導は直ちに是正さるべきものと考える。

開拓協議会の委員に、未墾地開放反対者を加えることは、その目的から見ても誤りであり、それらの委員は当然除外されなくてはならない。

大生原村の場合は、協議会の大半が、猛烈な未墾地開放反対者で構成されており、極めて反動的役割を果している。この場合は、当然解散させるべきと思うが如何。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一、山林使用権の設定は根拠法律もないし、從つて政府は何ら指導等は行つていない。

この事業は、從來市町村農地委員会が農地開放事務に忙殺されていたことと、薪炭林等の使用権に関する慣行の調査が不充分であつたことと、これらの使用料が全國区々で適正使用料の認定が極めて困難であつたことの三つの理由から政府は余り強くは指導して來なかつた。

昨年末より右に関する調査に着手、目下進行中で、これが完了次第、近く具体的指導を開始する。

二、開拓に関する調査審議の機関は、現在では各都道府縣に開拓委員会、更にその下部機構として地方事務所毎に未墾地買收予定地審査会を設けている。開拓地の取得については、農地委員会が未墾地として買收せんとする地区は、予め縣開拓委員会適地調査部又は未墾地買收予定地審査会が政府の定めた「開拓適地選定の基準」に準拠して、技術的に見てその地区の開拓が妥当であるかどうかを審査し、農地委員会はその結果に基いて買收計画を樹てるような指導措置をとつている。しかも右適地調査部及び審査会は、開拓適否に関し、技術的に公正な判断を下すに必要な公務員及び專門技術者のみをもつて構成させてあるから、その決議が地方の個人的若しくは階級的利害に左右されることはない。

開拓者の選衡については縣開拓委員会に入植者選衡部会を設置せしめ、開拓者の選衡について縣知事に協力せしめる方針で指導している。開拓地における営農指導の方法についても縣開拓委員会において審議することとなつている。

地方において、これら開拓委員会及び未墾地買收予定地審査会の下部機構として町村開拓協議会を設置し、開拓事業の推進に当らしめるのは縣知事の自発的な権限であるが、若しその運用が農地改革の趣旨に反し、反民主的活動を行つている事実があるとするならば当然是正措置をとる必要があるから、縣当局と打合せの上善処したい。

右答弁する。

衆議院の原文

似た質問主意書

件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。

提出 1950年2月25日 山口武秀 答弁 1950年3月10日
衆議院 第7回 第58号
提出 1949年12月20日 木村榮 答弁 1950年1月10日
衆議院 第7回 第10号
提出 1950年3月4日 山口武秀 答弁 1950年3月14日
衆議院 第7回 第71号
提出 1949年11月14日 竹村奈良一 答弁 1949年11月22日
衆議院 第6回 第31号
提出 1950年4月12日 山口武秀 答弁 1950年4月22日
衆議院 第7回 第126号
提出 1950年12月2日 高田弥市 答弁 1950年12月9日
衆議院 第9回 第154号
提出 1950年12月2日 高田富之 答弁 1950年12月9日
衆議院 第9回 第165号

件名の語が重なる質問主意書

提出 2009年1月29日 大河原 雅子 答弁 2009年2月6日
参議院 第171回 第20号
提出 1987年4月24日 滝沢幸助 答弁 1987年5月15日
衆議院 第108回 第35号
提出 1971年2月12日 河田 賢治 答弁 1971年3月6日
参議院 第65回 第2号
提出 1969年7月29日 河田 賢治 答弁 1969年8月5日
参議院 第61回 第7号
提出 1957年1月29日 古島義英 答弁 1957年2月8日
衆議院 第26回 第1号
提出 1950年11月30日 竹村奈良一 答弁 1950年12月8日
衆議院 第9回 第124号

この論点で次の質問を書くなら

アシストで並べる